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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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波打際の輝石 2

「<イシュタル>……」カミラは顔を強張らせる。


『そうです。先日のミッションで、<イシュタル>は、唐突に<アマテラス(あなた方)>に襲いかかりました。ミッションの後、クルーらに事情をヒアリングしたところ……カミラさん。きっかけは、確かに、かつて敵だった貴女への衝動ではあったのですが……なぜあそこまで憎悪を滾らせたのか……彼らにもよくわからなかったと』 


 先のミッションで<イシュタル>に襲われた<アマテラス>の一同は、方の話に聞き入る。


『ただ……声が聴こえたというのです。それは、心の中で響き、その声が聴こえるたびに、貴女への敵意が、増幅していったと……』


「心の中で響く声……」カミラは眉を顰めた。


「って、それって!」『そう、まさに『神の声』です』サニの直感に答える形で方は言い切った。


『どうやったかは、まだわかりませんが……我々バビロニア支部のインナーミッションシステムを通して、<イシュタル>に『神の声』を流し込む仕組みが組み込まれていたのだと思われます。<イシュタル>に残ったレコーダーと、インナーミッションシステムを全て洗い直し、その痕跡と、それが『サブリミナル・パルス』であることを我々は掴んでいました』


「じゃ……じゃあ……俺たちの前に現れた『黄金の女神』も……」ティムは眉を寄せる。ミッションの帰還フェーズで唐突に現れた『黄金の女神』に、<アマテラス>の操船を難儀させられ、文句の一つ、二つも言ってやりたいところだった。


『はい、無関係ではありません。あのタイミングで<イシュタル>のPSI-Linkシステムが、「女神』にスキャミングされていたようなのです』方は、<イシュタル>のミッションレコーダーを、時間軸を横にとり、<イシュタル>搭載のPSI-Linkシステムへのスキャミング干渉を縦軸にとってグラフ化した図を提示しながら説明する。


スキャミング(それ)が最も集中していたのは、ここ』


 ミッション開始から<イシュタル>船内時間で一時間前後のあたりに、グラフの波形ピークが切り立っている。<アマテラス>の一同は、その意味がはっきりとわかった。


『……そう、<イシュタル>が<アマテラス>に襲いかかった、あのタイミングです』


 方の言葉は、ラボの空気を薄気味悪く変える。


『……つまり、女神は、<イシュタル>に芽生えた憎悪、敵愾心の増幅をサンプリングしていた……そういうことになります。そして、今のこの現状……もうお気づきでしょう』


 憎悪、敵愾心……まさに今、世界中からIN-PSIDに向けられている感情そのものだ。<イシュタル>が<アマテラス>に対して攻撃を仕掛けたのと同じように、IN-PSIDが、そうした感情に突き動かされた世論に攻撃されている。


「……それじゃあ……あのミッションで見た『黄金の女神』と……」「ああ、ヴァーチャルネットに現れた『黄金の女神』は、やはり同じ……」カミラとアランは顔を見合わせる。


『そのとおりです』方は言い切った。


『黄金の女神』——その騒ぎが始まった頃から、その両者の関連を、先のミッションに関わった皆は、漠然と結びつけていたが、バビロニアの調査によってそれは裏付けられたのだ。バビロニア支部が、カウンターアルゴリズムを一晩で準備できたのも、元々、先のミッションに出現した『黄金の女神』解析と、その侵入を許したセキュリティの脆弱性への対策に動いていたからだったと方は言う。


「……そんな……我々IN-PSIDのネットワークでは、一度も『黄金の女神』は出現することはなかったと思っていたが」東は口惜しそうに唇を噛む。『残念ながら……むしろ我々が最初の遭遇者とも……そして、今日までの情勢を考えれば、『黄金の女神』は、元から我々、IN-PSIDをこのように貶める標的としていた可能性が非常に高い』


 方の結論に、皆、愕然となる。


「い……いったい……なぜ、そのようなことを?」

 東は狼狽して呟く。一同も気持ちは同じだ。確かに、IN-PSIDを快く思わない層は一定数いる。


 とはいえ、国連直属のPSI特性災害対策専門機関として国際的な承認も受けているIN-PSIDに対して、そこまで敵意を向ける者が、果たしているのだろうか? しかも、ヴァーチャルネットのハッキング、人心の掌握、インナースペースに関わるテクノロジーとその効果範囲……あまりにも高度な技術と、影響規模を『黄金の女神』は有する。とても素人や小集団の仕業とは思えない。


「くそっ! そこまで俺たちが憎いのかよ!」ティムは、右拳を左掌に打ち付け、舌打ちした。


「そうよ! 感謝こそされ、恨みを買うようなことなんか! ……」サニは息巻いて、ふと、何かに思い当たって息を飲む。


「あ……ミワ……ミツヒコ……」ふと呟いて、直人を見やれば、案の定、肩を落とし俯いている。


「ち、ち、違うの! センパイ‼︎ アタシは、そういうつもりじゃなくて‼︎」サニは慌てて直人の手をとり、うったえる。


「あの地震……確かに二〇年前の……地震の恨みを我々に向ける人々は、まだ大勢いる。動機の可能性としては、あり得る」藤川の言葉は、皆に重くのしかかる。


「だが……私は少し違うように思う……」藤川は、そう言いながら、片山のコンソールを借り、データサーバーにあるファイルを一つ、開く。


 大型モニターに、先のミッションで記録された『黄金の女神』のビジュアルデータが表示される。部屋中から、思わず感嘆の声が漏れる。忌々しい女神であるにも関わらず……それから、藤川はもう一つ別のフォルダーを開き、その中に保存された画像をスライドショーで展開した。


「こいつは……」ティムは、思わず笑みをこぼす。


 神々しく美麗に描かれた女神もあれば、コミカルに描かれた女神、可愛らしいメイド風の女神、動物や何かのキャラクターにアレンジされた女神……黄金の女神は、数多のイラストやグラフィックモデルとなって、すでにネットミーム化している。


 えっ、所長の趣味(コレクション)ですか、と眉を顰めるサニに、アルベルトに集めてもらったと真顔で返す藤川。茶化すことではなさそうだ……。


「神出鬼没なヴァーチャルネット上の女神のビジュアルは、実はまだはっきりと捉えられていない。にも関わらず、『黄金の女神』は多くの人を魅了する。女神は、人々の憧れとなって、ヴァーチャルネットという人工の集合無意識の中で、より確かな実在へと変貌しつつあるのだ」藤川は、モニターを見つめたまま、左手に持つ補助杖を固く握り締める。


「……所長……それでは……女神の目的は……」東は、恐る恐る答えを求める。その場の皆の視線が、藤川に注がれる。藤川は向き直り、皆の顔を見つめ、口を開いた。


「新たなる……『神』の創造だよ」


 話のスケールに、皆言葉が出ない。藤川は、構わず続けた。


「我々に向けられた悪意は、そのためにこそ、利用されているような気がしてならない。かつて、数多の神が、相対する悪しき存在を必要としたように」

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