変わりゆく世界 1
日本、IN-PSID本部——
窓から臨む空が紅碧に色づいてくる頃合いになっても、IN-PSID拠点間会議は、続いていた。
主だった支部のインナーミッション立ち上げ第一段階が終わり、その後の状況報告と、続くユーラシア連邦、インド、エジプト他、十数拠点も、PSIクラフトの立ち上げ、およびインナーノーツの育成が完了し、各支部でのインナーミッションスタートの目処が立ったことを確認し合う。第一段階のミッションフィードバックもあり、日本本部支援を必要としなくても、各拠点で近日中に活動を開始できる見通しだ。
定例の拠点間会議は、三〇近い当該地域主幹支部とのヴァーチャルネット・オンライン連絡会議であるが、可能な限り拠点間の情報交換のため、スケジュールを調整したところ、この日曜日くらいしか、各拠点支部代表の予定が合わなかった。時差を考慮し、サンフランシスコに拠点を置くNUSA(新アメリカ合衆国)支部とは午前中に協議を終え、以降は休憩を挟みつつ、各支部の都合と合わせながら、午後はチャイナ、ユーラシア、インド、バビロニア、オセアニアなどの各支部が順次参加、今しがたEU支部も会議に加わってきたところであった。
『……このように海洋におけるPSI現象化事象は、今の段階では確認できていません』
ホログラム投影されたオセアニアの女性支部長モーガンは、ここ数ヶ月で収集したデータを示しながら説明する。
『しかし、次元解析の結果は異なります。変動の兆候とされるPSIパルス輻射は、依然として現象境界ではっきりと検出されており、予断を許さない状況です』
モーガンは資料を切り替え、輻射現象化する確率を図表化したマップを映し出した。モーガン同様、会議にホログラム出席している、各拠点代表らはざわめき出す。
「……きっかけと、条件さえ揃えば、いつ現象化してもおかしくない……か」東は、眉を顰めて呟いた。
モーガンの示したマップは、太平洋一帯の現象化確率分布を青から赤の色分布で示していたが、危険率の高い黄から赤が広範囲にマダラ模様を描く。特に日本付近のプレート境界は、真っ赤だ。
「……やはり、二〇年前のような広域地震の可能性が?」「その可能性もあれば、……はたまたそれ以上か……」東の呟きに、藤川は答える。
『……現象化の可能性は、インナースペースで刻々と変化します。我々オセアニアチームは、<クナピピ>を使って太平洋余剰次元に現れる輻射パルスを辿り、ガイアソウル次元であるLV6へのアクセスを試み、その一端のビジュアル化に成功しました。ご覧ください』
モーガンのフォログラムが一旦消えると、そこに光点が現れる。次第に光点は、燃え盛る炎に変わっていった。
「あっ⁉︎」東は思わず声を上げた。不鮮明だが、それは、火元から一斉に燃え広がる火災のように見えた。だが、その炎を取り囲むように、流れ、渦巻く力が炎を取り囲む。清らかな水流の渦だ。この渦は、蛇かあるいは龍のように、炎に巻き付いている。次第に炎と水の相剋のエネルギーが均衡し、次第に深い海底のような様相に変わっていく。
『おお……』『なんと……』
「これが……ガイアソウル……」
『<クナピピ>が感知した集合無意識相当次元の情報を、当機の基幹システム、『シドレア※』で、我々が理解できるイメージに再構築し、補正したものです』とモーガンは補足した。
深い海の底に沈んだ太陽のような光。その光が燦々と燃え盛っている。まるで、『生きる』とうったえるかのように。
「深き水の中……燃え盛る炎……か」
藤川は、そのビジョンに強い既視感を覚えていた。藤川は静かに立ち上がると、ホログラムの各拠点代表らを見渡す。
「水と炎……これが何を意味するのか……今の段階でははっきりしたことは言えない。だが、地球はガイアソウルの、この二面的な均衡の上に保たれている……そのことは想像に難くない。この均衡が崩れた時……ガイアソウルの変動の現象化が始まる」
代表らは深く頷く。
「モーガン支部長、このPSIパルスパターンを各支部に提供してくれ。今後は、各支部でこれを基準に変動を推測しつつ、各地のインナーミッションに当たってほしい」代表らは、藤川の指示に同意した。
「オセアニアは、引き続き<クナピピ>による観測を続けてくれ」「はい」
『けど……』早速、モーガンから共有されたデータに目を通したチャイナ支部代表、容麗が声を上げた。
『これ、かなり漠然としてるわね。もう少し、なんとかならないの?』『そうですね。我々のような、対人ミッションがメインの拠点は、この変動が、人の集合無意識にどう影響するのか、PSIシンドロームを引き起こす可能性があるのか……その確度も知りたいところです』容に続いて、バビロニア支部代理、方も口を開く。
『雑なデータで悪かったね』と、苛立ちを露わに、オーシャンブルーのミッションスーツ姿の女が不意にホログラムに現れる。
『ライラ!』モーガンが眉を顰め、その女を諌める。
『LV6は常人には捉えきれない領域。こっちも限界いっぱいやってんのさ』啖呵をきる女は、<クナピピ>を預かるインナーノーツ・オセアニアチームの隊長、ライラ・ウォリッシュ 。ミッションあがりのまま、この会議に出席したようだ。啖呵を切ったまではいいが、そのまま、ぐったりと椅子にもたれる様子が見える。
『ライラ、もういい、あんたは休んで。すみません、今日の会議のため、彼女はギリギリまで無理をして……シドレアの解析には、ライラがシステムに深く同調する必要があります。限界いっぱいまで、やったと理解していただければ……』
モーガンのその言葉に皆、口を噤む。
『チッ……不甲斐ないねぇ。シドレアが求めてるのは、私じゃない。やっぱ『あの子』でなきゃ……』ライラは口惜しそうに言いながら、どこか淋しげな瞳で藤川と東をじっと見つめる。
「……サニ……か……」小さく呟いて、藤川は俯き、しばし押し黙る。東は硬く口を閉じ、ライラと藤川の顔を窺っていた。
「いずれ、その話も……負担をかけるが……現状で出来る限り、ガイアソウルの観測を続けてくれ」藤川は、顔を上げて、ライラとモーガンに告げた。
『ええ、もちろんです。また、報告します』「うむ、よろしく頼む」
オセアニア支部は報告を終え、最後、EU支部の報告に移ってゆく。
※シドレア(Ci・D・O・Re・A:the Circuit for Direct Observation and Reconstruction of Archeringa アルチェリンガ(ドリームタイム) ダイレクト観測再構成回路)




