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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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女神の愛 7

「……地震の……実行犯……匿っている……」直人の呟きに皆、ハッとなる。


 世界同時多発地震——二十年前に発生した、日本フォッサマグナ帯域大地震が、そのトリガーとなったと言われている。当時、PSIテクノロジー推進の最先端であったIN-PSIDの前身、水織川研究所が引き起こした事故による、PSID|(PSI特性災害)である。


 事故当時、四歳の直人は、母に連れられ研究所職員の父親、風間直哉を訪ねていたのだが不幸はそこで起こってしまった。


 事故の原因は、わずかな間、人目を離れていた直人と、研究所のPSI精製水の感応——この二十年、誰も知り得なかった真相が、数ヶ月前のミッションで明らかになり、直人はその罪の意識を抱えたまま、数々のミッションに臨んできた。


 ミッションで救われぬ魂を救済する——それは、直人にとっては贖罪であったのかもしれない。


 直人は、顔を俯けたまま押し黙る。斜め向かいに座る亜夢は、不思議そうに彼を見つめながら、同時にもう一人の自分(・・・・・・・)が、打ち震えているかのような感覚を覚えていた。


「サ、サニ! お前、余計なもんを!」直人の様子に、ティムは眉を吊り上げて言う。


「わ、わかってるわよ! センパイ、ごめん……でも、この記事……引っかからない?」


「そうね……私たちを引き合いに出してるのも……だけど」「私たちしか知らないような話を匂わせてる……」アイリーン、そしてカミラは頷き合う。


「荒唐無稽な作り話……って見過ごすわけにはいかないかも。念の為、所長には私から報告しておくわ」「ええ、お願いします、隊長」サニは、そう言ってホログラムをたたむ。


「おい、気にする事ないって!」ティムは、軽く直人の背を叩いて励ます。直人は小さく頷く。


 その時、テーブルの上に置かれたままの、直人の手に、亜夢が唐突に手を乗せて、グッと顔を寄せたので、直人は思わず、目を丸めた。


「なおと! 元気出して! 亜夢が一緒だから! 大丈夫!」と、亜夢はにっこり微笑む。


「う、うん……ありがとう……亜夢」伝わってくる亜夢の熱量に、直人の凍りついたような顔が、幾らか綻ぶ。そんな直人を、皆、励ますように見つめる中、真世は、ただ一人、俯いてカップの底に残った、僅かなコーヒーの液面に視線を落とす。窓から入り込む日差しが、影を長く伸ばし始めていた。



 ****


 入り口の来客を告げるドアチャイムが、軽やかな音を立てる。ドアにはまだ、『準備中』を表示していたはずなのに。こんな時間に、無遠慮に入ってくるのは一人しかいない。


「困るよ、みっちゃん。開店はまだだよ」


 カウンター席に座り、タブレット型端末に視線を落としたまま、その小さなレストランのオーナーは、来客の姿も確認せずに言った。


「固いこと言いっこなしさ。こんな田舎、日曜の夕方に来る客は俺くらいなもんだろーよ」


 みっちゃんと呼ばれた客は、そのままオーナーの座る席の隣に腰掛け、タブレットを覗き見る。


『PSID|(PSI特性災害)は地底爬虫類人の地上侵略だった⁉︎ 既に始まっているPSI戦争最前線‼︎』


 わざとらしいくらい大きな見出しが、目に飛び込んできて、男は満足そうに口角を上げた。


「どうだい? 今回のは。なかなかの力作だろう?」


 オーナーは顔を上げる。白髪の前髪を切り揃え、古めかしい丸眼鏡をかけた柔和な顔で、隣に座った背の高い男の顔を見上げた。


 来店した男は、歳の頃は、六十前後。無精髭の面長の顔に、年に似合わない鋭い眼光が宿る。白髪混じりの長めの髪を無造作にかきあげ、服装は、白のオープンシャツを第二ボタンまで開けて着崩している。粗野な印象だが、容姿に恵まれたのか、年の割には若く見え、それなりに整えれば……とオーナーはいつも思う。


 男は、片手で拳を作って、口元に運ぶ仕草をしてみせた。


「はいはい」と、オーナーの男は席を立ち、カウンター向こうの厨房へと入っていった。慣れた手つきで、ビアジョッキにビールを注ぎ、冷蔵庫から小皿を取り出して、客の男の前に並べる。


「相変わらず……健康志向だねぇ」割り箸で小皿を突きながら、男は含み笑う。オリーブオイルとバルサミコ酢で漬け込んだ茄子のマリネを口に入れ、味わうのも中途半端に、ビールを流し込む。


 それから男が何気に店内を見回せば、夕陽が差し込み、橙に染まった壁面に、ショッキングな絵と共に『PSI農法反対!』『合成食材が脳を破壊する』『脱PSIプラント』などのキャッチコピーが踊るポスターが目に入る。その下の壁付けのテーブルには、いくつかの社会派団体のパンフレットが置かれている。男は苦笑して、カウンター向こうのオーナーに向き直り、彼をじっと見つめた。


「なぁ、腹減ってんよ。なんか、ガツンとくるもんを頼むよ。古屋さん」と呼びかける。


 この店のオーナーは、古屋拓斗という。客の男より幾分年配の、人の良さそうな老紳士だ。


「あぁ、待っててな。今朝、絞めてもらった鶏があるから。グリル焼きなんてどうだい?」「いいね、頼むよ。すぐ出るもんも適当に」「はいよ」


 そんな会話をしながら、オーナーは、冷蔵庫から食材を見繕って、きゅうりやキャベツの簡単なつまみを出す。が、どれもこれも、少量だ。


 男は空いたジョッキを差し出し、お代わりを要求しながら言う。


「原稿料入ったからさ。じゃんじゃん出してくれ」「そうしたいところだけど……」古屋は、新しくビールを注いだジョッキを差し出す。


「うちの食材、そんなに多くないの……みっちゃんも知ってるだろう?」「……ったくよ。頑固だなぁ、古屋さんは」そういって、男はビールを流し込み、ジョッキを半分ほど開けた。


「ぷはぁ……うんめ……なぁ、こだわりもいいけど、安い食材、少しは入れたらいいだろ? これじゃ、やってけねぇぜ」


「ダメダメ、市場に安く出回ってるのは、PSI合成食材か、混ぜ物かだから。こうやって、自分で信頼できる農家さん当たりながら、食材集めないと。お前さんだって、PSIの恐ろしさ、わかってるからこんな記事書いてるんだろぅ?」


 グッと顔を近づけた古屋の、眼鏡のレンズで拡大された、二つの黒い大きな瞳が男を覗き込む。


「ま、まぁ、そうなんだけどな。くくっ……で」男は、開きっぱなしのタブレットをとり、記事を眺め苦笑し、古屋の目の前に持ち上げ、彼の視線を遮った。


「どうよ、今回のは? 感想くらい、聞かせてくれよ」


 古屋は、目をぱちくりとさせ、料理の支度に戻りながら、口を開く。


「相変わらず、壮大なファンタジーだねぇ。『爬虫類人』は流石に盛り過ぎじゃあないかい?」


「いいんだよ! オカルト界隈はそのくらい極端な方がウケんのよ」と男は豪語し、ビールを飲み干す。古屋は、空になったジョッキを回収し、代わりに、白ワインを提供した。男は一口、ワインを口に含み、そして、グラスを軽く揺らす。


「まぁ、爬虫類人はでっち上げさ。けど……あながち、ぜんぶが嘘ってわけでもないさ」


 男はタブレットの、自分の記事に目を通しながら呟く。


「人は嘘だけじゃ食いつかねぇ。本当の話も混ぜ合わせてやらねぇと、すぐに嘘と見抜かれる。合成食材が、本物を少し混ぜ込むのと同じさ」


 古屋は、眉を顰め、小さくため息をつき、冷蔵庫から取り出した鶏を捌き始める。


「ふふ、もうじき世界が変わるさ」


 そう言うと男はニヤけた口に、ワインを一息で流し込み、グラスを置く音を立てる。


 カウンターテーブルに、男に投げ捨てられるように置かれたタブレット——表示されたままの記事。その最後には、筆者の名が小さく記されていた。


『三輪光彦』と。

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