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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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女神の愛 5

「そういえば、アランは?」飲み物にお菓子もひと段落し、会話が弾み出した頃、アイリーンが何気に訊く。


「山に行くって」カミラは、そう言って、コーヒーカップを置いた。


「山? あぁ、そういえば彼、登山家だったね」ピエルニキをすでに食べ切ったアイリーンは、他の菓子に手をつけ始める。


「え、でも。せっかくの隊長のお茶会なのに?」とサニ。「見舞いとかは?」齋藤も会話に混ざってきた。


「うん、一回」カミラは、残っていたピエルニキをつまみ口に入れる。


「え、たった一回って。マジかよ、あのむっつり副長。酷くね?」呆れ顔を作ってティムが言う。うん、うんと揃って頷く、真世、齋藤、サニ、アイリーンの女子四人。既に女子会の様相を呈してきた雰囲気に、直人は口をつぐみ、その様子をじっと窺いながら、ゆっくりと残ったコーヒーを啜る。


「いいのよ。<アマテラス>も、私もドッグ入り。アランだって、一人で休暇、楽しみたいわよ」とカミラは気にする風もなく言った。


「ふ〜〜ん」アイリーンは目を細めてカミラを見る。あとの女子三人も、ニヤニヤが隠せない。すると厨房の方でキッチンタイマーが鳴る。


「カミラぁ! もう、出していい?」厨房の方から、亜夢が声をかけてきた。亜夢は、さっきから冷蔵庫の前で待ち構えている。二回目に焼き上げたピエルニキを冷やしていたのが、気になって仕方なかったようだ。カミラは、そそくさと席を立つ。


「はぁ、いいな、もう! どっかにいい人、いないかなぁ〜〜」とボヤく齋藤。「あら? あの鬼瓦じゃないの?」「んなわけ、ないでしょ!」「鬼瓦?」怪訝げに訊くサニ。

「あ、ほらIMS(うち)の隊長。こんな顔してるでしょ」「ちょっと、舞! 上手いんだけど! うける〜」「え、それ最悪〜〜。あ、鬼瓦って言えば、この間……」たわいもない会話が連想ゲームのように連なっていく。そこに難なく混ざり込んでいくティムは、まるで、言葉の波に乗るサーファーのように、直人には見えていた。


 直人が厨房の方へ目をやれば、冷蔵庫から取り出したピエルニキを味見しつつ、固まり具合を確認しているカミラと亜夢。カミラの療養中、すっかり亜夢は懐いたようだ。


 厨房にあったバスケットにピエルニキを移し替えていると、カミラは指輪型通信端末の着信を知らせる振動を感じ、掌に光形成ディスプレイを展開した。


「みんなに、あげてくる!」


 移し終えたバスケットを持ち、トングを手にした亜夢に頷いて、カミラは掌のディスプレイに視線を落とす。アランからのメッセージのようだ。


 話に花を咲かせる女子会に背を向けて、厨房の隅の方でカミラは、『月山登頂Now』と簡素なタイトルのついたメッセージを開封した。


 晴れた山頂から、日本海側を望む清々しい写真に、思わず感嘆のため息が溢れたが、添えられたメッセージにぷっと、笑いを吹き出さずにはいられない。


『山上高く、谷深く、私はあなたにあいさつを贈る』


 バッハ、ベートーヴェンと並び、ドイツ音楽三大Bとも言われる大作曲家、ブラームスが交響曲第一番、第四楽章のアルペンホルンの旋律に託したと言われる一節だ。ブラームスは、師であるシューマンの妻、クララと、シューマンの死後も生涯に渡って深い親交があった。これは、そんなブラームスが、クララへ送った言葉とされる。カミラは以前、研究の合間に、二人でアランが好むブラームスの一番を鑑賞したときのアランとの雑談で、そのことを話題にしたことを思い出す。


「ブラームスは、クララを愛していたのかしら?」と、何気に聞いたカミラに、「たとえそうだとしても……互いにそうだとわかっていても……。愛には色々な形があってもいいはずだ」と答えたアランの無骨な横顔が、妙に印象に残っていた。


「亜夢!」直人らのテーブルにピエルニキを配り始めた亜夢は、カミラに呼ばれて振り向いた。


「なぁに?」と、亜夢は戻ってくる。


「何個か、ちょうだい」とカミラは、適当な皿に、亜夢のバスケットからいくつかピエルニキをとりわけると、嬉しそうに微笑む。


「どうしたの? カミラ?」亜夢は不思議そうにカミラの顔を見つめる。


「ん? なんでもない。さ、いいわよ」と、亜夢をピエルニキ配りに戻した。


「なおと!」すっかり機嫌を取り戻した亜夢が、直人の皿に丸っとしたものを置く。再び、あの異形の猫が降臨したのは言うまでもない。


 直人がふと、亜夢のバスケットを見れば、大量の異形の顔が覗いている。何も臆することがなくなった亜夢は、次々と皆の皿に、その顔を並べていく。上向きにずらりと並んだ、歪んだ猫たちに、女子会トークもぴたりとやむ。


「……なんでこんな……猫? ばっかり……」


「あの子が、理想の猫を追い求めた結果よ……」と、ティムの疑問に、呆れ気味にカミラは答える。亜夢は上手くいかないと、練り直そうとするから、それを避けるために、何個作ってもいいから、と諭したらしい。よく見れば、微妙に表情が違うようだ。彼女が一番可愛いと思える猫の表情を求め、あーでもない、こーでもないとしたのだろう。そう思うと、この不格好な猫も急に愛らしく見えてくるから不思議だ。


「何これぇ?」「お化け? こわい!」「怪獣だぁ〜〜」子供達の笑い声が聞こえる。亜夢は、あっけらかんと、猫だよ〜、と笑っている。


「亜夢、あの、ソフィアさんの猫見てから、ずいぶん猫にハマってて」と真世。


「ソフィア……」カミラ、そしてインナーノーツの皆は顔を曇らせる。インナーミッションで還らぬ人となった彼女の存在は、皆の心にしっかりと焼き付いていた。


「あ、ごめんなさい……」重くなる空気を察し、真世は俯く。


「ううんん……ソフィアは生きてる。そんな気がする……何より、あの子のなかで。猫の記憶と一緒に。きっと……」カミラは、子供達と笑い合う亜夢に、あの屈託のないソフィアの面影を重ねる。直人、サニ、ティムも、亜夢を見つめながら、その言葉に頷いていた。


「おや、これは亜夢さん。ずいぶん楽しそうですね」食堂の入り口の方から、落ち着いた口調の、どこか冷ややかな声がして、直人は、ハッとなって視線を向けた。

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