女神の愛 2
『クリムゾン・ギャラクシー‼︎』
女魔法使いの詠唱が呼び出した暴れ狂う紅炎が、黒き禍々しい巨躯の異形に渦巻いて巻きつき、星々のような煌めきを弾かせて、連鎖爆発していく。たまらず苦悶の雄叫びを上げる、この世界では『魔王』と呼ばれる異形。
『今よ!』『とどめだぁあああ! ホーリーブレード‼︎』
鍛え上げた両腕に聖なる力が漲る。『勇者』は、万感の想いを込めて、大剣を異形に振り下ろす。
一刀両断‼︎ 異形は断末魔と共に、次第に消滅していく。
『や……やったぁ……』『ようやく……倒せたんだ……』『うん……』いかにも僧侶、戦士、女武闘家らしきパーティーメンバー達の、感無量と言わんばかりの声。崩れゆく異形の影に、走馬灯のように蘇ってくる冒険の日々……。
勇者は、振り返って彼の仲間を見渡す。
『た、楽しかった……よな。……お、俺、みんなに会えて……』ボソボソとパーティーメンバーに勇者が語り始めた時。
『ちょ! おい、待てよ!』『倒したんじゃなかったの⁉︎』勇者の語りを遮り、僧侶と女武闘家が口を開く。
『そう、魔王は倒したから。これからエンディング、見終わったらさ……』『うるせえ! なんかくるぞ、構えろ‼︎』目頭を熱くする勇者を押し退けて、戦士の男が前に出る。
『だ……もう! アイツは俺がこの手で倒し……』言いながら振り返る勇者。
『えぇえええ⁉︎』
倒したはずの魔王。その影が蠢いている。妖しい黄金の光を伴って……
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『……運命の時が近づいています。この世界の運命……』
目の前の女占い師が突然、内側から発光し出す。その頭部を飲み込んだ光が、無表情の黄金の顔に変わって一方的に語りかけていた。
『はぁあ? い……いやいや、世界の運命とか、どーでもいいし……彼氏のこと、聞きたいだけだし……』対面に座る若い女性客は身をのけ反らせ、顔をひきつらせた。
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『……私を信じなさい。……世界を混沌と破壊に導く悪が蠢いています……』
ヴァーチャル空間でのデートにようやくこぎつけた、憧れだった目の前の女が、突然、金ピカの置物に変わり、何やら説法めいた事を口にする。男は顔を白くして、地べたにへたり込む。
『しゅ……宗教勧誘だったの……リ、リナしゃぁん……そんなぁ……』
ここまで来るのに、どれだけ課金投入したことか……絶望で空っぽになった男の頭に、『黄金の女神像』の言葉が、なんの抵抗も許さず、流れ込んでくる——
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『……ヴァーチャルネットのメタバース空間。無限のインナースペースに作られた、この広大な世界は、今や第二の生活の場として世界中と繋がり、趣味や遊びだけではなく、ビジネスにも非常に重要な位置付けとなっております。そのメタバース空間で、ここ最近、奇妙な現象が、世界中、至る所で発生し、混乱を呼んでいます。現象遭遇者は、皆同じように『黄金の女神を見た』『神の声を聞いた』などと証言しており……』
昼食時が終わったIN-PSID本部、長期療養棟の食堂には、まだまだ夏を終わらせまいとする、強い日差しが差し込んでいる。食事時間からつけっぱなしのテレビは、午後の時事ニュースに変わり、ここ数日の新鮮な話題を次々と垂れ流していた。亜夢は、テレビの放送をぼんやり見つめながら、食堂の一席で、このところハマっている、ドリンクサーバーのリンゴの炭酸飲料をストローで掻き回し、それからゆっくりとすすっていた。
すると、ほの甘く、香ばしい匂いが漂ってきて、亜夢の鼻腔をくすぐり、膝を立たせる。薄っすら白い粉のついたエプロンをひらひらさせながら、亜夢は匂い元の厨房へと駆け寄り、カウンター越しに声をかけた。
「カミラ! できたぁ⁉︎」
カミラは、オーブンの前に立ち、タイマーを横目にそのガラス窓から加減を覗き込む。
「いい感じ。もうちょっとよ」
食事時間帯の後、食堂の厨房を借り切ったカミラは、亜夢と一緒に、故郷ポーランドの伝統的な焼き菓子、ピエルニキを作っていた。
IN-PSIDバビロニア支部との共同ミッションで、PSIシンドロームの兆候があったカミラは、ミッション後に検査入院となり、ここ長期療養棟で二週間近くを過ごしている。
カミラの体調回復は順調で、入院期限までまだ三日もあるが、もう通常とほぼ変わらない。入院を切り上げ、インナーノーツの業務への復帰も願い出たが、本部附属病院院長の貴美子から、ゆっくり休むのも大切、と諭され、カミラは療養棟の入居者らとの交流や、療養棟のプライベートガーデンの散策など、のんびりした時間を過ごしていた。
そうするうちに、十代の頃を過ごした修道院で学んだお菓子作りを思い出し、彼女が最も好んだピエルニキをもう一度作ってみようと思い立ったのである。療養棟に長期入居している亜夢は、カミラが入居仲間になったことを嬉しがって、彼女のもとにちょくちょく訪れていたわけだが、お菓子作りと聞いて、彼女が「やるー‼︎」と、言わないわけがなかった——
ピエルニキは、蜂蜜・小麦粉・バターにシナモン、クローブ、ジンジャー、カルダモンなどのスパイスを練り込んだ生地を型で抜いて焼き上げるクッキーだ。しかし、食堂にある型抜きは、星、ハート、丸といった定番のものしかない。最初こそ、型抜きを楽しんでいた亜夢だったが……
「つまんなーい」と頬を膨らませた。
「確かに、ちょっと味気ないわね……」と、カミラは少し思案する。そうだ、とカミラは型を抜いて余った生地をまとめ、ヘラで形を整えて十字架の形を作ってみせた。
「私のいた修道院では、余った生地はこうしてたのよ」それを見た亜夢は、パァッと笑顔を見せ、粘土遊びに興じる子供のように次々と色々な形を作っていったのだった——
その作ったクッキーが、オーブンの中でどうなっているのか、亜夢はカミラの隣に立ち興味津々に覗き込む。
「あっつぅ〜」オーブンの熱気に、顔まで焼けそうだ。思わず首をすくめる亜夢。
「ふふ、出来てからのお楽しみよ。さ、みんなが来る前にテーブルのセットしましょう」カミラは、亜夢を促して、二人でカウンターにほど近い、庭のよく見える窓際の、四人がけのテーブルを二つ合わせ、食堂にあったテーブルクロスをかける。
「遅くなってごめーん、カミラ」食堂に入ってきたのは、荷物を抱えたアイリーンだ。その後ろから真世とIMSの齋藤が続く。
「ここ、置かせてもらうよ」と荷物を置き、アイリーンは、すぐにテーブルにその中のものを広げ始める。コーヒー豆に紅茶、それと追加のお茶菓子が何点か。
「来てくれて、ありがとう。アイリーン、真世。それに齋藤さんも」齋藤は、『舞』でいいわよ、と微笑む。齋藤と面と向かって会うことは、初めてかもしれないと、カミラは思いつつ、微笑み返した。
「そりゃ、来るでしょ。あのカミラが、『お茶会』開くっていうんだから。ねー」とアイリーンは、真世と顔を見合わせ、二人揃って口をにんまりとさせている。
「どういう意味よ?」とカミラは、小さく唇を尖らす。
「ふふ、ようやく、憑きモノがとれたみたいで」
「……上手いこと言ってくれちゃって」と、アイリーンに返すカミラ。
アイリーンは、持ってきた菓子を、真世が食堂の適当な大皿に並べる。齋藤はそれを手伝う。<イワクラ>に出向していたアイリーンは、ここ数ヶ月ですっかりIMSの副長を務めるクールビューティー、齋藤と意気投合。菓子並べの作業も、阿吽の呼吸だ。
「イイ顔になったよ、カミラ」作業を終えたアイリーンは、カミラの美しい青緑の瞳をまっすぐ見つめて微笑む。カミラは、顔を俯けて、小声でぎこちなく、ありがとうと呟く。
アイリーンの視線から逃げるように、ふと、カミラが食堂の時計を見上げれば、時計の針は午後三時に差し掛かろうとしていた。




