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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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天の楽園 2

『……感じる……感じるぞ……ロザリア。論理……理性……信条……約定。そのようなものでは、遠く及ばない……熱情……強き結びつき…………』


 何処かの暗闇に覆われた世界。ロザリアと呼ばれた女は、その言葉に振り向く。タロットカード大アルカナ二番目、『女司祭』そのものの姿をしたロザリアは、その場で跪き、首を軽く垂れる。


 この暗闇の世界の中心で、煌々と輝く黄金の女神は言葉を続けた。


『これが、其方の申した『アガペー』だというのか?』


 <アマテラス>、<イワクラ>の目の前に現れた虚像と、全く同じ姿をしたその黄金の女神像を、ロザリアは恭しく見上げ、口を開く。


「そのとおりにございます。我が主、ワールド」


『おっ、やってる、やってる』暗闇に浮かび上がる、タロットカードが一つ。その表象は、大アルカナ一番目『魔術師』。


『こっちの狙い。アイツらには、ばれてないみたいね。ふふ……『黄金の女神像』。良い目眩しになったでしょ?』魔術師の声は、飄々と浮ついている。


「無礼者! 言葉を慎みなさい! 恐れ多くも、ワールド様を目眩し呼ばわりとは!」


 魔術師のカードは、クルクルと回り舞いながら、次第にそのカードの人物そのままの形を作り出す。


「もぅ、こっわっ……我は魔術師。人の目を欺くのが仕事ゆえ……ワールド様。言葉が過ぎましたこと……お赦しください」


『……なれど、いささか『派手』過ぎたのでないかな?』次に現れた大アルカナ十八番目『月』のカードが囁く。魔術師は、人差し指を立て、左右に振りながら言う。


『波動収束フィールド。お忘れかい? アイツらに近づけば、どっちみち、アレで炙り出されちゃうからねぇ。いっそ逆手にとって、大見え切った方が』そう言いながら、魔術師は鮮やかな手捌きで、ささやかなボールマジックを演じてみせる。


「騒々しい! 両名とも、ワールド様の御前であるぞ。して、『月』よ、肝心の首尾は?」


『ご案じなさいますな。想定通り、事は運んでおりますゆえ』


 月は、カードのままクルリと回ると、無数に枝分かれした、ブロッコリーのような塊のホログラムを浮かび上がらせる。どうやらそれは、脳神経のネットワークのようだ。そのネットワークの一本一本が、仄かに赤く色づいて次第に全体を染め上げつつある。


『人とは面白いものだ……排斥と破壊を生む衝動……それがあればこそ、人々は結びつく…………ロザリアよ。其方の申したとおりだ』「ワールド様……」


『其方の望みどおり。この『世界』の中心で、私がこの、人の強き思いを繋ぐものとなろう』黄金の女神、ワールドは、抑揚の無い声で告げた。


 魔術師は、脳神経ネットワークのホログラムを見上げる。


『<イシュタル>のミッションデータは回収完了ね……けど……』


 脳神経回路のフォログラムは、ほぼ赤く染め上がっている。その中で、一点、右脳に当たる中心域で、青白く灯り続ける輝きがある。それは、<イシュタル>のみならず、<アマテラス>のPSI-Linkシステムにまで、女神の干渉が及んでいることを示していた。<アマテラス>……本来であれば、<イシュタル>の攻撃で、インナースペースの藻屑と化しているはずであったのだが……。


『……もう、欲張りなんだから……』魔術師は、その青白い光点に目を細めながら、呟いていた。


 ****


「転移座標! 本部帰還ポート! 直ちに時空転移する!」アランは言いながら、通信モニター向こうのアディルに視線を投げる。


『こっちも座標はセット済みだ! 先に行け!』アランの視線に気づいたアディルが叫ぶ。アランは頷いて、体力が尽きかけているカミラに変わって声を張る。


「転移開始! 帰投するぞ‼︎」


 <イワクラ>から投射された光の柱(誘導ビーコン)の中で、<アマテラス>のPSIバリアが玉虫色の色彩を放ち始める。その下方で<イシュタル>のPSIバリアも同様に色とりどりの色彩を紡ぎ出す。活動限界まで残り、わずか二分。


「うぅ‼︎」副長席で蹲っていた亜夢が呻く。PSIバリアの偏向でできた隙が、女神のPSI-Linkシステムへの干渉をより強くする——



 ——青緑に輝き、常に流動する場が見える。


 ……そうか……これは水……果てしなき水の世界……


 ……人が『海』と呼ぶ世界……


 ……<アマテラス>……大海を抱きし船か……面白い……


 水泡の中に、人、また人。インナーノーツと呼ばれるこの船の乗り手たち。その水泡がさざめいている。


 その『目』は、何かを感じ、その海の底を覗きこむ。暗闇の中で何かが一際、強い光を放っているのが見えた。


 ……なんだ? ……


 ……生きる! 生きる! 絶対に! 生きて帰るんだから‼︎ ……


 光の中に声が聞こえる。深き水の底に輝くそれは、炎。水の中にゆらめく炎だ。


 ……水の中で燃え盛る火……だと? ……なぜ、そのようなことが……


 ……お前は…………誰だ? ……


 炎は人のような形をとり、手を伸ばす。それに応えるように、あたりの水流が、蛇、あるいは魚のような形を作り、その先端にもう一つの人影を生む。


 二つ水と炎の相反する人影は、互いに手を伸ばして取り合う。まるで、お互いを助け合うかのように。


 ……炎と水……互いに打ち消し合うことなく……


 ……どういうことだ? ……


 ……知りたい……もっと……私は知りたい……お前を……この世界を……もっと‼︎ ……


 すると、突然、目の前の光景は渦を巻き、引き伸ばされ、そして弾け飛ぶ——



『……<アマテラス>、次元跳躍。続いて<イシュタル>も……ここまでだね。データは?』魔術師が問う。充分ですと、くるくる回る『月』のカードが答えている。


『我が主……ワールドよ。全て滞りなく……』再び跪いた女司祭が、こちらを見上げている。しかし、黄金の女神は、何も答えない。


『ワールド?』女司祭は、訝しんで、もう一度呼びかけた。しばらくの()の後、黄金の女神は、眩く輝きだす。


『…………其方の言う『アガペー』……しかと学んだ。この『アガペー』……世界の隅々まで届けようぞ』


 男とも女とも判別のつかない、黄金の女神の平坦な声音が、いつになく浮き立っているかのように、女司祭には聞こえていた。


『今、この『ネクサス・アルカディア』起動のため、世界中の叡智を集め、一つとしつつある。その最後の仕上げのため……私は、しばしの眠りに就く……ロザリアよ、その間、ドミヌスを導け』


「万事、心得ております」女司祭は、恭しく首を垂れる。


『アガペー知り、そして全ての叡智を束ねた時こそ、私は全能なる神となろう。我がドミヌスらよ。世界を一つに!』


 黄金の女神の檄を受け、女司祭は立ち上がり、魔術師、そして月の方へと向き直る。それに呼応するかのように、『戦車』『星』『皇帝』……十数枚のタロットカードが、ふっと浮き上がってくる。女司祭は、彼らを見渡すと、高らかに宣言した。


「世界に新たなる秩序を! ノヴス・ドミヌス‼︎」

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