天の楽園 3
「<イシュタル>、帰還ポートに実体化確認‼︎」「オーバーブーストのダメージが大きい! 医療班、クルー回収を急げ! 技術班は、機関冷却と安全確保を最優先!」
バビロニア支部IMCは、<イシュタル>の帰還で、俄かに慌ただしくなっている。ミッションチーフを務める方は、初めてのミッションで浮き足立つオペレーターらに、的確な指示を飛ばし、冷静に対応していた。
ミッションに立ち会っていた、支部長ムサーイドは、現場指揮を方に任せたまま、押し黙っていたが、頭を押さえながら徐に立ち上がる。
「支部長?」「方、すまないが、あとは頼む……少し頭痛が……ははっ、疲れたかな……」「わかりました。ご無理なさらず。付き添いを……」「いや、いい。自室にいる。何かあれば、連絡を……」
ムサーイドは静かに席を離れ、エレベーターに乗り込む。エレベーターのドアを閉めるなり、左目の瞼奥へと指を突っ込み、機械化した眼球を抉り出す。
「はぁ、はぁ……ふぅ……」呼吸を荒げながら、ズボンのポケットに忍ばせたケースから、もう一つの義眼を取り出し、慣れた手つきで空洞になった左眼窩へと押し込み、取り出した義眼をケースにしまってポケットに戻しかける。そのタイミングで、エレベーターのドアが開いた。
「そいつの装用限界は四時間ばかり。あんまり無理すっと、脳をやられるぞ」と、脂汗を滲ませるムサーイドに、エレベーターの到着先で待ち構えていた大柄な男が声をかけてきた。髪を逆立てた、小生意気そうな少年が、大男の隣でニタニタと見つめている。『火雀衆』と名乗る、日本から来た、招かれざる客。大男はたしか、焔凱、少年の方は、熾恩といったか。数時間前に初めて顔合わせした際に聞いた名前を思い出しながら、ムサーイドは、義眼のケースをポケットに入れる。
「ムサーイドさんよぉ〜。色々、聞きてぇことがあるんよ」熾恩と焔凱は、ムサーイドの両わきに並び立つ。
「……いいだろう。人目につく。私の部屋に来たまえ」ムサーイドは足早に歩き出す。熾恩と焔凱はその後に続いた。
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日本。IN-PSID本部、<アマテラス>格納庫——
「カミラ!」アランは、救護チームの担架に乗せられ、朦朧としているカミラの手を握りながら呼びかける。
ここまで、気力だけで保たせていたのだろう。カミラは、力なくアランの手を握り返す。酸素吸入マスクをつけられたカミラは、閉じかける瞳で、慈しむようにアランを見つめる。
私は大丈夫——そう、語るカミラの瞳に、アランは励ますべき自分の方が、力付けられていることに気づく。
「あとはこちらに任せて!」救護チームに声をかけられ、アランは握っていたカミラの手を離す。救護チームは、慣れた動作で担架を持ち上げ、素早く<アマテラス>にかけられたタラップを降りてゆく。
アランの後方で、<アマテラス>搭乗ハッチに上がる昇降機が、稼働終了作業を終えたインナーノーツのメンバーを乗せて昇ってくる。
「隊長……」「大丈夫、だよな……」サニ、ティムが呟く声にアランは無言で頷いていた。
<アマテラス>格納庫のエレベーターに搬入されていくカミラを、ずっと見つめたまま見送る直人。亜夢は、その直人の腕を無意識に掴んでいた。
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同刻、バビロニア支部、支部長執務室——
来客用のソファーに、火雀衆の焔凱、熾恩が腰掛けた頃合いで、がっしりとした体躯の中年男性、煌玲と、斜視の奇妙な顔立ちの小柄な男、飛煽が入室してくる。
二人は、ムサーイドの言葉を待つことなく、焔凱、熾恩の隣に腰掛けた。
「茶でも……飲むかね?」ムサーイドは、テーブルに置かれたままのティーポットを持ち上げながら、四人の顔を見渡す。四人のリーダー、煌玲が片手を上げて断ると、ティーポットをテーブルに戻し、ムサーイドは窓際の自席へと向かい、座った。
「ノヴス・ドミヌス」腕を組んで煌玲は、はっきりとした声で言う。
「あの黄金の女神は、そう名乗ったが……」ムサーイドの義眼を通して、火雀衆は、<アマテラス>と<イシュタル>のミッションを余すところなく見ていた。その四人の視線が、一度にムサーイドに注がれる。ムサーイドは眉ひとつ動かすことなく、四人を見つめ返していた。
「率直に聞こう。ノヴス・ドミヌス……我ら『御所』とも、因縁浅からぬ連中だが。そのノヴス・ドミヌスが、なぜ、ここバビロニア支部のミッションに?」煌玲は正対せず、鋭い眼差しだけをムサーイドに向ける。ムサーイドはその問いには答えない。
「おいおい! 黙ってんじゃねぇよ! ムサーイドさんよぉ! 厳重なセキュリティに守られたここのシステムに、あんな女神が入り込んでくるなんて、普通無理だろ! ここがアイツらと、繋がってると考えた方が自然だ。ムサーイド、あんた、アイツらと! ンゴッ」「こぉーら、熾恩! 一人でぇ〜イキるんじゃぁ〜〜ねぇよぉ〜っと」飛煽が、身を乗り出す熾恩の口を片手で容易く塞ぎ、嗜める。それにもムサーイドは、表情一つ変えず、机に肘を立て顔の前で手を組んで、口元を隠すようにして押し黙る。
口を塞がれ、バタバタとする熾恩と、面白がる飛煽を横目に、焔凱がずいっと立ち上がり、ムサーイドの席の前に立つ。巨漢のそれは、圧倒的な威圧感だ。
「なぁ、あんたは、俺たち『御所』の間者としてIN-PSIDに潜り込み、有益な情報を幾つも掴んできた。俺たちの問いに素直に応じるなら、悪いようにはしねぇ」焔凱の言葉に、ムサーイドは、右眼のみを上向ける。焔凱は続ける。
「俺たちは、『ヒルコ』ってやつを探している」
「『ヒルコ』……」ムサーイドが、わずかに声を漏らす。煌玲も立ち上がり、焔凱の隣に立つ。
「お前が知らない筈はない。何せ、あの中東の戦争の最中、『御所』の依頼を受け、アレの回収に向かったのは、他ならぬ、お前の特殊部隊だったからだ」
ムサーイドが、僅かに肩を震わせているのを煌玲の冷徹な眼差しは逃さない。




