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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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開かれる輪 5

『バインド領域に感‼︎ シグナル確認!』


 IN-PSID日本本部IMCは、<イワクラ>からの興奮を隠せないアイリーンの報告に、俄かに色めき立つ。


『シグナル照合! <アマテラス>です‼︎』


「<アマテラス>か⁉︎ 間違いないんだな⁉︎ アイリーン!」『はい! あ、今、<イシュタル>の信号もキャッチ! 二隻とも無事です‼︎』


「よ、よかった……」東の険しい顔が綻び、笑みが溢れる。彼の後ろでは、思わず立ち上がった真世と田中が、ハイタッチで<アマテラス>の帰還の無事を喜びあう。藤川は、静かな笑みを浮かべると、残ったコーヒーを飲み干し、バインド空間を示す模式図を映す壁面大型モニターに、<アマテラス>と<イシュタル>を表す光点が復帰するのを確認した。その隣の通信モニターに視線を移せば、同じように歓喜に沸く、バビロニア支部IMCが見える。


 二隻の帰還に注視するのは、IN-PSIDのスタッフらだけではない——バビロニア支部の別室で、ミッションの成り行きを見守っていた火雀衆は、簡易モニターに映し出されるその様子に目を見張り、同じ光景を映すモニターを前に、御所の情報集積室に詰める闘ら烏衆の諜報員らと、風辰翁は沈黙を守る。ヴァーチャルネットの何処(いずこ)かの空間で、黄金像の傍らに立つ女司祭は、口元に当てていた親指を離すと、代わりに静かな微笑を浮かべていた。


 しかし、そんな喜びに沸く時間は、長くは続かない。


『静かにしろ!』ムサーイドの厳格な一言が、バビロニア支部IMCに響き渡る。


『こちらバビロニア支部IMC! <イシュタル>、応答しろ! アディル!』


 ムサーイドの声は緊迫し、苛立っていた。皆、<イシュタル>が<アマテラス>に対し、一方的な攻撃を仕掛け、当初のミッションを滅茶苦茶にして、両船が消息を絶つ事態を招いたことを思い返す。日本本部IMC、そして<イワクラ>の一同にも、すぐに緊張が戻ってきた。


 <イシュタル>との通信が、回復する。


『そう、ガナリなさんなって、支部長殿』通信ウィンドウに現れたアディルは、悠然と答えた。


『アディル、貴様! どういうつもりだ! アディ……』『カミラ⁉︎』ムサーイドの言葉は、タリアのあげた声にかき消された。


 やや遅れて回復してきた<アマテラス>との通信ウィンドウに、ブリッジの様子が映し出される。本部、バビロニア支部の両IMC、及び<イワクラ>のスタッフ皆の視線が、一斉にそちらに向いた。


 <アマテラス>のブリッジに、意識を取り戻したカミラが、自力で戻って来ている。<アマテラス>クルーの皆は目を丸めて彼女を見つめた。


 青いインナーの上に、ベスト型ジャケットのユニフォームを羽織り、手にはロザリオを握りしめたカミラは、肩で息をしながら、ブリッジ壁面にもたれかかっていた。簡易医療区画からブリッジまでの、わずかな移動でも、息が上がったようだ。体力を大きく損ね、身体も回復し切ってないのであろう。


 アランは、キャプテンシートが降り切るのを待たず飛び降りて、カミラの元へ走り、肩を貸す。


「まだ、起きてくるには……」「もう……大丈夫よ……心配かけたわね、アラン」


 気怠く微笑み、アランを見つめるカミラ。アランは、顔が上気してくるのを悟られないように顔を背け、カミラを連れてゆっくりと歩き出す。仲間たちが、微笑みを浮かべて二人を見守る中、アランは、厳しい副長の顔をなんとか取り繕って、カミラをキャプテンシートまで運ぶ。


「ありがとう、アラン」「あ、ああ……」


 キャプテンシートに座ったカミラが、通信ウィンドウを見上げれば、真っ先に<イシュタル>のメンバーが見える。皆、安堵と気まずさが入り混じった奇妙な表情を浮かべていた。その中で一際、身を乗り出してこちらを窺うタリアと、カミラは視線がぶつかった。


 タリアが、何かを言おうと口を開きかけた、その時。カミラの身体は突然、硬直して、急激に脱力し、カミラはシートのコンソールに突っ伏す。


「カ、カミラ⁉︎」キャプテンシートの傍に立つアランは、なんとか上体を起こそうとするカミラを咄嗟に支えていた。


 皆が目を丸めるのも束の間、周辺バインド空間に、再びあの、ナル・アス・サムムのような砂塵が舞い始める。<アマテラス>、<イシュタル>両船にPSI HAZARD警報が立ち、同時にバビロニア支部IMCでは、集団セッションシステムの異常を伝える各種アラートが、スタッフらを対応に急き立てる。


『くく……くくくくっ……上出来だよ、カミラ。このボクを締め出すとはね……キミがここまでやれるとは……』


 モニターに映し出される砂嵐が形作るのは、再び、あのインクブスの顔——映像を共有する本部、支部両IMC、そして<イワクラ>のスタッフは、初めて目撃する、その邪悪な顔に、『恐怖』を感じずにはいられない。目の前に、『悪魔』と呼ばれてきた幻の存在が、現れている。そのことに皆、実感が追い付いてはこない。


『まあいい……この程度……所詮は、『運命』の手の内……所詮、ニンゲンは、運命の轍から逃れられはせぬわ!』


 砂嵐が勢いを増し、巨大竜巻のようになって渦を巻き始めた。


「総員! 第一種警戒体制!」カミラに変わって、アランが声を上げる。<アマテラス>、<イシュタル>両船のクルーは、各自、悪魔との再戦に手早く準備を整え、身構える。


『さぁ! 今こそ……黄泉がりたまえ! 我が主よ! 『運命の輪』よ‼︎ はははは……はぁはははははははは‼︎』高笑いと共に、インクブスの砂塵が変容していく。


 同時に、奇妙な、狂った時計のような音が、<アマテラス>、<イシュタル>のブリッジに流れてきた。

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