開かれる輪 6
砂塵の渦の中で、何か巨大な構造物が回転しているようだ。次第にその砂塵が晴れていくと、幾つもの崩れかけたリングが軋み合い、そのリングを覆う無数の目が、不規則に開いた異形の圧倒的な存在が姿を現す。
その神の如き存在を前に、インナーノーツ、そして彼らを見守るスタッフら皆、息を呑む。それは、密かに彼らのミッションを見つめる者達も同じであった。
「運命の……輪……座天使……くっ……」カミラは悟る。先のノルンとのミッションで、座天使はアトランティスと共に集合無意識に回帰したわけではなかったのだ。そう、他ならぬカミラの無意識の中で、カミラの持つ力の覚醒に全てを賭け、身を潜めていたのだろう。
「うっ……」カミラの上体の力が戻らない。アランは、彼女の身体がふらつく度にしっかりと支えた。
悪魔とはいえ、魂の一部に関わっていたニコラスが去り、心と身体は、まだその反動に慣れてはいない。思うようにならない身体をアランに支えられながらも、カミラは目前に全容を現した座天使を青緑の瞳でしっかりと見据える。
ニコラスのような、それでいて威厳のある声が、音声変換されてブリッジにこだまする。
『カミラよ……力に目覚めしものよ……』
逆らいようのない威圧感が、インナーノーツを抑えつけていた。直人は、その声に、あの<ノルン>を制圧した、天使と名乗った者達と同質の気配を感じる。だが、その力の差は明らか。おそらく、彼らの上位にあたる存在、それが、この座天使なのだ。
座天使のリングが、不規則に回るのに同期して、その意思が言葉となって紡ぎ出されていく。
『我は……文明の……管理者にして……守護者……なり……汝の力……を示せ……文明……アトランティス安寧の……時空を……引き……寄せよ……』
そう語るや否や、座天使の複数のリングが軌道を変え、その交差点をこちらに向ける。交差点が幾分緩むと、そこにはぽっかりとした空間が生まれる。その先は時空が歪んでいるのか、<アマテラス>の波動収束フィールドのビジュアル構成が追いつかない。
リングの幾つもの目玉がギョロリと回転し、視線が一点、<イシュタル>に集中する。その途端、<イシュタル>は、強力な引力に引きずられ始めた。
「な、何が起こっている⁉︎ ファリード! 逆進いっぱい‼︎ 急げ‼︎」アディルは即座に命じた。「後退! いっぱい‼︎ …………くそ、無理だ‼︎ こんな桁違いの力じゃ!」ファリードは言いながらも操縦桿を必死に握り、引力から逃れようと、舵を左右に振る。だが、効果はない。
『<イシュタル>‼︎』通信ウィンドウの向こうからアランと、バビロニア支部IMCのムサーイドの叫ぶ声が重なる。
「ちくしょう‼︎」タリアは、アディルの命を待たず、PSI波動スプレッドを座天使のリングに叩き込む。だが、スプレッドのエネルギーも、座天使生み出す引力場に流され、吸い込まれていくだけだった。
イシュタルは必死に抵抗を続けるが、滅びかけているとはいえ神に匹敵する力を持つ座天使の力にはあまりに力不足。<イシュタル>目前に、リングの狭間の引力場が迫る。
「突っ込むぞ‼︎ そ、総員‼︎ 衝撃に備え‼︎」アディルの号令に、<イシュタル>クルーは皆、身体を丸めて自席コンソールにしがみつく。
リングに挟み込まれる形で、<イシュタル>は船首を突っ込んで止まった。
呆然と、成り行きを見守る<アマテラス>クルー。乱れた通信ウィンドウの向こうに映る<イシュタル>ブリッジでは、クルーらは衝撃に耐え、なんとか無事のようだ。だが、<イシュタル>の危機は去っていない。
座天使の軋むリングが再び回転を始め、徐々に<イシュタル>の船体を締め付けていく。
「締め殺す気か⁉︎ 構わねぇ、残りのガス(PSIコンパクト化ガス)を全部シールドに回せ‼︎」アディルは即座に命じた。
<イシュタル>の船体を、ガス状のシールドが包み込む。リングの船体への直接ダメージは軽減されるが、時間の問題だ。
『……目覚めし……者よ……引き寄せよ……アトランティスを導け……』
「チッ! 人質ってか!」ティムは、座天使のリングに食い込んだ<イシュタル>の船尾を睨んで、吐き捨てた。
「それが、天使のやることかよ!」叫ぶティムの訴えが届くはずもない。
崩れゆく運命の輪……その威厳とは裏腹に、もう後がないように直人には思えた。
その間に、カミラは呼吸を整え、落ち着きを取り戻し、アランの支えを借りながら、上体を起こして、座天使を見据える。
「引き寄せは……自ら掴みにいくものよ。ましてや何かに支配され、脅されて使わされるものではない」
カミラのその言葉は、<アマテラス>の一同、通信ウィンドウ向こうの<イシュタル>クルー、そして、ミッションを見守る皆の想いを、彼女に引き付ける。
キャプテンシートを下げた位置のまま、カミラはPSI波動砲の発射装置を起動した。シート下から迫り上がった拳銃型の発射トリガーに伸びる、ふらつくカミラの両の手を、アランが背後から支え、共にグリップを握りしめる。
アランに包み込まれる安心の中に、カミラは心を定め、ターゲットスコープを覗き込む。
「……私は、それを知った。この、過酷なミッションをとおして」
カミラを見つめるサニの、ティムの、亜夢の、直人の、そして<イシュタル>クルー達の熱い眼差しをしっかりと心で受け止めていた。
「私は、ソフィアが見つけた未来を信じている。それを引き寄せる!」
ソフィア……アランはハッとなって小さく息を呑む。
アランにとってカミラと共に、かけがえのない存在。カミラは、そのソフィアの想いをも受けとって前に進もうとしている。アランの重ねた手は、一層堅く、カミラの手を包み込んでいた。
PSI波動砲のターゲットスコープは、はっきりと座天使を捉えている。そのリングの無数の瞳がカミラを睨みつけるも、畏れることは何もない。
「天使よ! 我ら、人の想いを知るがいい‼︎」
カミラは迷わずトリガーをひく。<アマテラス>のPSI-Linkシステムと一体となったアムネリアによって、同調率を極限まで引き上げられた、渾身のカミラの願いは、PSI波動砲の螺旋の光となって座天使を貫く。まるで、座天使自身を拘束していたかのような、無数の時のリング『運命の輪』が砕かれ、<イシュタル>が離脱するのと同時に、座天使は巨大な光の渦となって変容を始めた。
その変容は、次第に柔らかな光を放つ光球へと変わり、上昇を始める。皆はその光を無言のまま見送る。皆の胸中は、驚くほど、穏やかになっていった。
光球は、そのままカミラ達を祝福する太陽のようになって天空の彼方へと消えていった。
「運命の管理者から……運命を見守る守護者となる……か……」アランは、カミラを包み込んだまま呟く。カミラはその腕に、そっと頭を預け、瞳を閉じて小さく微笑んだ。




