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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
252/256

開かれる輪 3

 無数のテレビの中央に、映し出された映像に、インナーチャイルドの目が留まる。


 映像の中に映し出されたバースデーの風景……薄れかけた幼児の記憶であろうか? そこだけはしっかりと色がついている。


 ケーキに立てられた蝋燭は三つ。父母は穏やかな笑顔を浮かべ、姉は楽しそうだ。そんな時期もあったのであろう……僅かばかりの幸せの記憶……


 インナーチャイルドは、その映像に、自ずと手を伸ばしていた。


『……これが、君の望む幸せかい? ……カミラ……』


 音声変換に混じり込む、甘さの中に、わずかなざらつきのある声に、インナーノーツは色めき立つ。


「ニコラス⁉︎」サニが真っ先に声をあげた。「まだ、居やがるのか⁉︎」ティムも続いて叫び、ブリッジのモニターを見回す。


 皆、警戒しながらあたりを窺うも、モニターにも、レーダーにもそれらしい存在は見当たらない。


 そうしている間に、インナーチャイルドは、すっと立ち上がっていた。その手を見えざる何かに預けると、インナーチャイルドは、誕生日の画面に向かって、ゆっくりと歩み出す。


『……ボクが全部、叶えてあげよう……君の望みを……君の幸せを……さぁ、おいで……カミラ……』


 見えざる何かに導かれ、インナーチャイルドは、一歩、一歩と誕生日の映像にむかってゆく。


 映像の中から、あの病院のシンボル的な、中央階段が現れ、その先の踊り場に、バースデーケーキが浮かんでいる。キャンドルが灯す火の数は十三。


 副長席でアラーム音が鳴り、亜夢は驚いて顔を上げ、アランの方に振り向いた。それはカミラを収容した救護カプセルのアラートだ。


「だめだ……行くな‼︎ いってはダメだ‼︎ カミラ‼︎」アランは叫ぶ。しかし、その叫びは届きようもない。


 インナーチャイルドは、何かに手を引かれたまま、ゆっくりと階段を昇り始める。


 何か止める手立ては⁉︎ アランは、再度、PSIブラスターを操作する。しかし反応はない。


 その間にも、一歩、また一歩とバースデーケーキへと進むインナーチャイルド。アランは、コンソールの、誘導パルス放射器が開放されたままのサインに気づき、操作を誘導パルスに切り替える。三度目のPSI-Linkダイレクト接続を試み、誘導パルスに想いを乗せ、もう一度呼びかけた。


「カミラ‼︎」


 誘導パルスの作り出す場が、いくらか歩みを遅らせるも、インナーチャイルドは止まらない。<アマテラス>の船体は、その歩みにジリジリと引っ張られる。


「何度も、何度も! 同じ演出で‼︎ くどいんだよ、陰険野郎‼︎」ティムがキレた口調で吐き捨てながら、<アマテラス>にブレーキをかけ、亜夢は、もう一度、シールドのファイヤーバードモードを起動させて踏ん張りを与える。直人もダイレクト接続で、その制御をサポートする。だが、カミラのPSIパルスとの同期が断たれているこのボイド空間で、十分なエネルギーを保てない。ズルズルとインナーチャイルドに引っ張られる<アマテラス>を、今度は<イシュタル>の誘導パルスが引き留めるも、効果はない。


 とうとう、インナーチャイルドは、階段を登り詰め、バースデーケーキの元へと辿り着いてしまう。


 インナーチャイルドのカミラは、ケーキにゆっくりと手を伸ばし始めた。もはや、インナーノーツに、その子を止める力は残されてはいない。それでもアランは懸命に呼びかけた。


「カミラ! 頼む、カミラ‼︎ お前の幸せは‼︎」



 ****


「活動限界まで……あと三〇分……」IN-PSID日本本部IMCで、ミッションタイマーと、途絶したままの<アマテラス>との通信ウィンドウを見比べながら、東は焦る気持ちを押し殺して呟いた。


「少し落ち着きたまえ、東くん」「し、しかし……」


 東が振り向けば、自席に座り、紙コップのコーヒーをゆっくりと傾ける藤川が目に入る。泰然自若としたものだ。


 だが、彼の後ろに見える二人は違う。真世も田中も、二人とも自席のコンソールモニターに、何か反応が現れないかと、操作盤をいじっては、モニターを覗き込んだりしている。


「二隻が、カミラの心象世界にいるのなら、カミラの意志こそが、彼らの運命を決める……なぁに、カミラは必ず、戻る道を選ぶよ」やや億劫そうに、藤川は腰を上げ、東の隣に並んで立つ。


「これまでのミッション……どんな窮地でも、<アマテラス>は現世に戻って来た。それは、もちろん、インナーノーツ皆の力だ。だが、それを束ね、帰還への道筋をつけて来たのは、あの子。カミラだと、私は感じている。あの子の強い意志が、何としても、皆を現世に連れ帰るのだと……そんなふうに思えるのだよ」


 藤川は、東の肩を軽く叩く。


「きっと、戻るさ。彼らは……カミラは」そう言うと、藤川はもう一口、コーヒーをゆっくりと啜った。


 ****


「戻らなんだら……か……」風辰は、自席に腰を落ち着かせながら、呟くように答えた。


 <アマテラス>と<イシュタル>が消息を絶ち、しばらく動きがないと判断した風辰は、一旦、席を外し戻って来たところだった。


「は……はい……ミッションのやりとりの傍受からすると、あと三十分で、異界船は活動限界を迎えるようです……お、恐れながら、そ、その可能性も……」闘は、腰を低くし、声を震わせる。


「ふぅむ……」


 闘の部下が、セカセカと淹れ直した茶を運んで来て、風辰に差し出す。無言でその茶碗を取ると、風辰はゆっくりと一口、飲み込んで口を開く。


「少ない頭でよく考えたな、闘よ。いいだろう、特別に話してやろう」「お、恐れ入ります!」闘は、気をつけの姿勢で固まった。風辰は彼を冷ややかに一瞥する。


「残された手段は……一つ。『ヒルコ』だ。先ほど火雀の煌玲から一報があった。儂のにらんだとおり、バビロニア支部に、『ヒルコ』につながる、何らかの可能性がある……とな」


 風辰は、目の前の大型スクリーンを見つめる。彼らのエージェント、バビロニア支部長ムサーイドの『目』を通してみたIMCは、先ほど、この場を離れる前に見た騒然さはなく、奇妙なまでに落ち着いている。異界船とのコンタクトも取れず、なす術がないことは明らかだ。


「『ヒルコ』……とは、いったい、何なのです?」目上への質問がタブー視されるこの御所で、どこまで聞いて良いのか……その恐怖を感じながらも、闘の好奇心は、訊ねることを選んだ。


「ふふ。その名の通りだ。捨てられし『神』よ」


 風辰の視線が、闘の胸を貫く。これ以上は踏み込んではならないのだと、闘は固く口を結んだ。



 ****


 カリ……カリ……


 情報が構成するヴァーチャルの肉体の指先は、便利なものだ。いくら噛んだところで、剥けた爪も、傷口も、思考一つで修復できる。


 気持ちがざわつけば、一噛み。またざわつけば、一噛み……


 ヴァーチャルネットのプリンセスの役割を演じながら、この場に何回も戻り、ミッションの状況を確認する。そうやって待たされること三時間あまり……まだ、状況は動かない。


 女司祭、ロザリアの苛立ちは、治らない。


『ロザリア……』


 黄金の女神が語りかけてくる。ロザリアは、ハッとなって指を口から離す。


『私なら大丈夫だ。たとえ、あの二隻が戻らずとも、其方らの描いた世を実現しようぞ』


『ワールド様……畏れ多きこと……されど、このロザリア。貴方様のために、最高の舞台を整えとうございます! それを、あの……カミラなどという女一人に、潰させはしない!』


『ふふ……其方のそのような顔……初めてみるやもしれぬな』『も、申し訳、ございませぬ……』


『可愛い。と言っているのだ』『お、お戯を……』


 ロザリアが見上げる黄金の女神の表情は、なに一つ変わらない。


『ふふ……ニンゲンとは、面白い生き物よ……』

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