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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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開かれる輪 2

 悪魔の身体を捲り返した闇が、急速に広がっていく。303号室、廊下、病院のロビーホール……全てが原初の闇へと戻っていく。<アマテラス>、そして合流してきた<イシュタル>は、成す術も無く、気づけばその闇の中に閉じ込められていた。インナーノーツの皆は、ただ息を殺して状況を窺うばかり。


「カ、カミラ⁉︎」突然のアランの声に、<アマテラス>ブリッジの一同は振り返った。フォログラムに立ち現れていた、カミラの姿が薄れ、あたりに溶け込むように消えていく。彼女を支える、アムネリアと共に……


「アムネリア⁉︎」思わず声を上げる直人に、アムネリアの険しい瞳が真っ直ぐに向いていた。


 まだ、終わっていない……そうアムネリアが言ったような気がする。直人が息を飲む間に、二人のフォログラムは、完全に消えていった。


「……空間探知……ダメだわ……何のPSIパルス反応も検知できない……隊長のも……」すぐに作業に当たっていたサニの声が、微かに震えている。


『どうなってんだ? なんなんだ、ここは?』<イシュタル>との通信は、まだ生きてるようだ。通信ウィンドウの向こうで、アディルらは、怪訝な面持ちであたりを見回している。


「心象ボイド空間だろう……カミラの意識、無意識の認知も届かない……いや……」アランには、この場がどういう場なのか……朧げにわかる気がした。


「……ん、まって。微弱なパルス検知? 自動解析するわ」サニが解析を始めると、ボソボソと、何かの声が聞こえてくる。


『……暗い……』


『真っ暗……みんな……真っ暗闇……』


「……認知されない……絶対的な拒絶の間……」アランは呟く。


「ひゃぁ⁉︎」亜夢が何かに驚いて素っ頓狂な声をあげたのと同時に、波動収束フィールドが反応し、前面モニターが像を描き始める。


 五、六歳くらいの幼い少女のようだ。前髪を切り揃え、垂らしたその下から窪んだ眼科の底から澱んだ沼のような濃緑色の瞳がのぞいている。


 少女は、周辺の闇に同化しているかのように暗闇を纏い、波動収束フィールドの自動補正をもってしても、全容をはっきりと捉えることができない。


「隊長……なのか?」ティムは、モニターに目を凝らして呟いた。


「だろうな……あの子は、カミラ。おそらく、カミラのインナーチャイルド」アランは、インナーチャイルドの淀んだ眼差しをしっかりと見据えて言った。


「インナーチャイルド……」思わず、直人は振り返って亜夢を見つめた。亜夢は、突然、直人と目が合って驚いたように目を丸めたが、すぐに気まずそうにコンソールの方へ向き直る。


 インナーチャイルド——深層心理の中に閉じ込めた、幼い子供のままのもう一人の人格。多くの場合、その子供は深く傷つき、痛みや悲しみを抱えたまま、取り残されているという——。そう、亜夢はまさしく、インナーチャイルドだった。彼女の魂の奥底にいて、<アマテラス>とインナーノーツによって引き上げられ、今、こうして現世を生きている。亜夢は、生きたいと願う、炎のような強い意志そのものだった。インナーノーツは、彼女の魂の中で、燃え盛る彼女のインナーチャイルドを当初、火の精霊になぞらえて、『サラマンダー』と呼んでいた。だが、今、目の前に現れたカミラのインナーチャイルドはどうか? 生を願った亜夢とは真逆……闇、そのものだ。


 ……深層無意識に居るのが自己とは限らない……


 初めてのインナーミッションで突入した亜夢の心象世界の中で、カミラはそう呟いていた。直人は今、その意味がわかった気がする。このインナーチャイルドこそ、カミラに巣食う、真の悪魔の正体ではないのか? そんな疑念が心に湧き上がってくるのを感じながら、直人は正面に向き直った。


『お父さんは……?』『うん……カミラ……嫌い……』


 自問自答するような声が聞こえてくる。


『お母さんは……?』『うん……カミラ……嫌い……』


『お姉ちゃんは……?』『……うん……きっと……嫌い……』


 一言、また一言、言葉の刃がインナーノーツ皆の胸に突き刺さる。目の前の巨大なインナーチャイルドは、耳を手で塞ぎ、頭を振る。


『そんなことない! そんなことないもん‼︎』


 居た堪れず、立ち上がり、駆け出すインナーチャイルド。<アマテラス>と<イシュタル>は、その後に引かれるまま付いてゆく。


『……お父さん……』手を伸ばす幼いカミラ。ふわっと浮かんで、視線を逸らし闇に消えていくロベルト。


『お母さん……』再び手を伸ばした先のカタジナは、一瞥すると、ぷいと背を向ける。


『お姉ちゃん!』病床で微笑むシルヴィアを見つけ、嬉々として走り出すと、レオンがその懐に先に入り込み、二人は抱き合って消えていった。


 インナーチャイルドは膝を降り、へたり込む。


『皆……カミラ……嫌い……カミラも……カミラ、嫌い……』項垂れたインナーチャイルドは、そのまま動かない。叫びも、鳴き声もその子が発することはない。


 サニは、瞳に熱いものが込み上げてくるのを抑えるのも忘れ、ティムは操縦桿を固く握りしめて項垂れる。


 ……隊長……アムネリア、こんなのって……


 直人の左手は、自ずとPSI-Linkモジュールに向かう。


 ……アムネリア、いいだろ? もう、こんなの、たくさんだ! ……隊長の想いに逆らうことになっても……浄化を! ……


 直人は意を決して、PSI-Linkモジュールに左手を置く。モジュールは冷ややかに応える。


「どうして、どうしてなんだよ!」思わず直人は声をあげていた。


 インナーチャイルドは、何事もなかったかのように、ふっと顔をあげる。


『みんな嫌い……みんな嫌い……ぜんぶ壊れちゃえこんな家……こんな世界……』驚くほど静かな呟きが聞こえたのと同時に、暗闇にいくつもの映像が突然、花開く。


 忌まわしい記憶の数々……戦場の風景……満たされない想い……


 その光景は、闇一面に広がるいくつもの白黒のテレビモニターに映し出されている。インナーチャイルドは、その場に膝を抱えて座り込み、鑑賞を始めた。

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