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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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開かれる輪 1

『おのれぇ‼︎ カミラ! このオレを拒絶するか‼︎ ならば、皆、地獄へ引き摺り込んでやるわ‼︎』


 悪魔、インクブスは、鳳凰の放つ太陽の光も厭わず、蝙蝠の大翼と両腕をめいいっぱい開いて、あたりに念を撒き散らす。病院ロビーを轟々と焼く炎が、無数の念に触れると、何かの形へと次々と変貌していく。


「全周に波動収束反応、多数‼︎ 来ます‼︎」


 サニが声を張り上げ、アムネリアが瞬時に<アマテラス>船体を囲う水球状にシールドを変形させる。


 蝙蝠、カラス、また火炎の流体は蛇なのか? 古来より、使い魔と呼ばれてきた類の、魔物の形を取る黒い炎の塊が、流星のようになって<アマテラス>に襲いかかる。その間にインクブスは、再びメノーラーを盾にして隠れた。


 <アマテラス>のシールドに魔物が突入する刹那。四方八方に飛ぶ真紅のビームが、使い魔の群れを薙ぎ払ってゆく。


『やっとお目覚めかぃ?先生!』通信ウィンドウから、よく通るアディルの野太い声が飛んでくる。


 装備の禁制が解放された<イシュタル>は、意気揚々と<アマテラス>の前方へ押し出し、インクブスの繰り出す魔物を、これまでのフラストレーションと共に、次々と葬り去っていく。


『やっちまえ! カミラ! お前との勝負はそれからだ‼︎』ひたすらPSI波動スプレッドを掃射しながら叫ぶタリアの顔は、どこか嬉しそうだ。


 <イシュタル>の砲撃の一つが、巨大メノーラーに当たり、インクブスは割れたメノーラーから追い出される形で飛び出し、吹抜けを上階へと逃れていく。


『くそぉおお‼︎』インクブスは、壁の影に身を隠しつつ、使い魔の増援を撒き散らしながら三階の廊下の奥へと入って行った。


『ここは任せろ!』アディルの声と共に、<イシュタル>は、全方位にビームを放ちながら誘導パルスで使い魔の大群を一挙に引き付け、<アマテラス>の針路を確保する。


『追うわよ! ティム!』


「ああ! <アマテラス>発進‼︎」


 割れたメノーラーが、崩れ落ちる間をすり抜け、鳳凰の羽ばたきを伴って<アマテラス>は舞い上がる。


 悪魔を追って、廊下に入ると、不思議とそこには火の気がない。再び、どこまでも続く無限廊下、そして無数に並ぶ病室の扉が目の前に連なる。そこは明らかにインクブスが作り出した異空間。


「くそ! やつはどこだ⁉︎ レーダーは⁉︎」ティムは、速力を落として当たりを見回す。


「……ダメ! 反応は捉えてる! けど……この空間で反響して!」


『悪魔!』『探せ! 悪魔を探せ‼︎』


『悪魔を殺せ‼︎』


 音声変換に、狂気の声が重なって反響する。そうやって自らは表に立たず、人を惑わし、地獄の迷宮へと落としながら、立場が危うくなれば、深い闇へと逃げ込む。この空間は卑劣な悪魔の本質、そのものなのだ。


『……カミラ……』フォログラムのアムネリアが声をかける。


『ええ……もう、あいつを逃がしはしない。逃げ込むところはわかっている。あいつが生まれた、あの場所……姉さんの部屋。303号室! アムネリア!』


 フォログラムの中で、アムネリアは精神を集中し、カミラのイメージを辿りながら、両手の指先を伸ばして、空間情報を読み取っていく。


「ドアが⁉︎」直人が、声を上げた。


 無数のドアが、一つ、また一つと消えてゆく。それに合わせて、『悪魔』と叫びあう声も、次第に薄れ、消えて行った。


 最後に残る扉、『303号室』。


「けど、どうやって中に?」サニが、目の前に残った、異空間に浮かぶ巨大な扉一つを見据え、呟く。


「へっ、決まってんだろ! 亜夢!」『うん‼︎』


 鳳凰の翼をはためかせ、<アマテラス>は、前方に立ち塞がる扉に向かい突貫する。


「あの十字架越えたんだ! こんなドア一枚‼︎ 推力全開‼︎」ティムは、スロットルを目一杯開き、船首をドアにめり込ませていく。


 船首の先端から時空が歪み、<アマテラス>は部屋へと侵入した。


「あれは!」直人は、身を乗り出して前方モニターに食い入る。目の前に現れたのは、暗黒の空間に浮かぶ、ゴシック調に設えられた鏡。あのビジョンクリエイターの鏡だ。鏡の中で、ニコラスは、あのカミラが描いた見目麗しい青年の姿で現れる。


『カミラ……僕のカミラ……』


『ニコラス!』カミラとインナーノーツは、身構え、ニコラスを睨む。


『そう、怖い顔するなよ。僕はここで生まれた。キミとシルヴィア……いいや、キミの、キミだけの理想として。この世界で、何一つ、愛を知らなかったキミに、愛を与えるために!』


 男の甘い声が、再び、インナーノーツの心をくすぐり始める。真っ先に、サニが眉を吊り上げ、キツく睨みつけ、亜夢が肩を怒らせて頬を膨らませる。男たちも皆、胸焼けしたような気持ち悪さに、顔を顰めた。


『愛している! カミラ‼︎ さあ、もう一度、僕の元へ! 僕と共に‼︎』


 ニコラスは鏡から抜け出て、巨大化しつつ、腕を広げて迫ってくる。


『僕は、キミ。キミの理想そのもの。キミは僕を討てはしない。いや、討ってはならない……討てばキミ自身も……』


 懇願するような眼差しで、ニコラスは彼我の距離を縮めてくる。


『わかってる。あなたは私の……』


 フォログラムのカミラは、ロザリオを固く握りしめ、俯いて呟く。皆は息を殺し成り行きを見守る。ニコラスは、微笑を浮かべ、さらに一歩、近づく。


『けれど!』カミラは凛として顔を上げ、しっかりとニコラスを見据える。ニコラスは、明らかにビクついて立ち止まった。


『貴方の、そして私の罪は、ここで絶つ‼︎ たとえこの身がどうなろうと‼︎』


 ニコラスの顔が醜く歪む。


『やるわよ、アラン! 力を貸して‼︎』「ああ!」


「副長!」直人はアランに振り返り、力強く頷く。アランは頷き返し、すぐさまPSIブラスターの準備にかかると、キャプテンシートのPSI-Linkモジュールに左手を翳し、アームレストから迫り上がるマルチトリガーに右手をかけた。


「借りるぞ、ナオ! PSIブラスター全門‼︎ 一斉射、用意‼︎ 目標! 前方、インクブス‼︎」


 惑いのない、カミラのエメラルドの瞳が、真っ直ぐにニコラスを射抜く。ニコラスの美貌は、瞬く間に崩れ落ち、悪魔、インクブスの正体を再び晒さざるを得ない。

 

『おのれ、おのれ、おのれぇ‼︎ 俺を撃つのか? お前の理想を‼︎ お前の愛をぉおお——‼︎』


 翻り、慌てて鏡の中に逃げ込もうとする、インクブス。しかし、その動きは直ちに阻止された。誘導パルス——直人の機転によるサポートだ。悪魔は、焦りとも憎しみともつかない表情で振り返り、こちらを睨みつける。


「副長! 今だ!」直人が叫ぶ。


「ターゲット、固定! PSIブラスター、射撃準備よし‼︎」

 

 <アマテラス>両舷に、稲光を伴う、高エネルギーのストリームが形成されていく。


『アラン! PSIブラスター、撃てぇ‼︎』「発射ぁああ‼︎」


 ストリームに溜め込まれたエネルギーの束が、インクブスを包み込み、その背後にあった鏡諸共撃ち砕く。


『カ……カァァミィラァアアあああー‼︎』


 ニコラスの断末魔が、その悪魔の身体ごと、その空間を切り裂いていった。

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