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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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魔宴 8

 <アマテラス>簡易医療区画の救護カプセルに収容されたカミラの身体は、肌が黒ずみ、全身の血管が浮き上がって、それが何か別の意思を持つように脈動を始める。抗う力も残っていないのか、身動きもない。握りしめていたロザリオすら胸元に落とし、口だけが小さく動いている。


「……我らを……試みに……あわせず……悪より……救い出し……たまえ……」


『我らを……試みに……あわせず……』カミラの呟きは心の声として音声変換され、ブリッジにも流れていた。しかし、インナーノーツの皆は、カミラと共に、もはや悪魔の術中に囚われ、誰一人、その声に気づくものはいない。


『……おやおや……まだ、その祈りを……いつまで救済もしない神に縋るつもりだい?』


 明らかにニコラスの悪魔の顔に、不快が現れている。ケーキの中央のキャンドルに翳したカミラの右手を取ると、ニコラスは、その手を強引に、中央のキャンドルに被せ、キャンドル諸共、ケーキの中央へと押し込もうとする。


 <アマテラス>ブリッジ中央のフォログラムが同期して、灰色の、全ての表情を失ったカミラの悪魔に取られた右手が、ケーキにのめり込んでいく様を描き出していた。何一つ、少女は抵抗することはない。


『くくく……さぁ、回せ、回せぇ‼︎ お前の引き寄せの力で、『運命の輪』を蘇らせよ‼︎』


 悪魔の横に長く切れた口の口角が高く持ち上げられる。ニコラスの腕と共に、ケーキ深くに沈み込んでゆくカミラの手。メッセージプレートには、上下逆さまに、祝福の言葉が浮かび上がってくる。


 “Wesołych urodzin, Kamila!” (誕生日おめでとう、カミラ!)


 完全にニコラスは、勝利を確信していた。しかし……


『……なんだ?』


 めり込み続けるカミラの手に、ニコラスが、何か違和感を覚えた、その瞬間——ケーキの円環が突然、光だす。


『まさか⁉︎』


 円環の光は、幾つもの球体に変わる。それは、カミラの持つロザリオの数珠だ。


『お、お前は⁉︎』


 ニコラスの叫びに反応するようにケーキから数珠の輪が飛び出すと、輪が弾け、数珠が散弾の如くニコラスに襲いかかった。


『ぎゃあああ‼︎』ニコラスはたまらず、カミラから弾き飛ばされる。


 悪魔は、蝙蝠の大羽根を広げてなんとかロビーの吹抜けの中空に踏みとどまった。


『き、きさまぁ‼︎ まだ居たというのか⁉︎ カミラの心に⁉︎』


 フォログラムの中で、ケーキが崩れ、溶け落ちると、めり込んでいたカミラの右手が露わになった。その手には、光り輝く十字架がしっかりと握られている。光の珠となって飛び散っていた数珠が十字架に戻り、カミラの手の中にロザリオが復元された。


  『お、おのれぇ! そんな十字架ぁああ‼︎』


 怒りに打ち震えた悪魔は、翼をはためかせ、襲いくる。だが、唐突に巻き上がる火炎流に、悪魔は翻弄され、ロビー中央に聳り立つメノーラーに叩きつけられる。


『な、なんだと⁉︎』


 悪魔の瞳には、灰色の少女であったカミラに変わり、突然、目の前に太陽の如く輝く火の鳥が、舞い降りたように見えたに違いない。悪魔は、その輝きから逃れるようにして、腕で顔を覆う。


 ……よくやったわ、亜夢! 直人! ……


 ……おはよう! カミラ‼︎ ……


 ……隊長……


 ……もういいわ。みんなを起こして! ……


 ……うん‼︎ 朝だよ! みんな、おっきろー‼︎ ……


 火の鳥——鳳凰は、大きく翼を広げ、朝日の如く灰色の世界を照らし出す。


『ぐわぁ⁉︎』悪魔は蹲り、たまらず巨大メノーラーの影へと身を隠した。


「んんっ……」サニは、二日酔いの朝のような、何とも気だるい気分を立て直しながら、身体を起こす。


「よっしゃぁ!」とティムは、操縦桿を握り直し、気合いを入れ直し、隣席の直人と頷き合う。通信ウィンドウの中には、同じように正気を取り戻す<イシュタル>クルーらが見える。


 少女を映していたフォログラムが、像を描き直し始めた。インナーノーツのユニフォームに身を包んだ、現在のカミラの姿が、アムネリアに支えられて、立ち上がってくる。


「カミラ……」まだ痛む身体を庇いながら身を起こし、アランはフォログラムに現れたカミラを見つめる。ゆっくりと振り返り、静かに微笑むカミラ。その手にはしっかりと、あのロザリオが握られていた。


義父(おやじ)……」アランの胸に、あの地獄の業火に包まれた病院で、カミラにロザリオの守りを渡し、祈りを授けた養父、マティウス神父の姿が鮮明に蘇っていた——


 病院のロビーは、業火に包まれ、焼け落ちるのも、時間の問題。そのホールの中央で、シルヴィアを嬲り、挑発するニコラス。何とか受付カウンターの下に隠れた、年の割に、苦悩が刻み込まれた、大人びた少年アラン、父母の死を目の当たりにした恐怖とニコラスの挑発に、正気を失いかけている少女、カミラ。


 その二人を暖かく、逞しい腕が包み込んでいる。黒衣(カソック)を纏い、紫色のストラと呼ばれる長い布を首から肩にかけたその男は、豊かな髭を蓄えた、幾分年の若い、サンタクロースといった風貌だ。


 その男、マティウス神父は、心掻き乱し、今にもニコラスと姉の元へ、引き寄せられそうになるカミラを宥め留め、自身が肌身離さず持ち歩いていたロザリオをカミラにしっかりと握らせると、彼女の見開いた両の瞳をじっと見つめながら、一つの祈りを授ける。


「我らを……試みにあわせず……悪より……救い出したまえ……」


 マティウスは、アランと共に、カミラに何度か、呼吸を整えさせながらその祈りを復唱させ、最後に何かの呪文のような言葉を唱えると、胸元で十字を切ってアランに最後の言葉を伝える。


 この祈りは、この娘を魔から遠ざける。魔の誘惑に駆られる時、この祈りを唱えなさい。


 私はこれから、あやつを葬る。だがいずれ、この娘は本当の悪魔と、再び闘うべき日が来よう。


 アランよ、その時は、お前がこの娘の力になってやるのだぞ……良いな……


 そして、自分がニコラスを抑えている間に、カミラを連れて病院から脱出するよう、アランに命じ、マティウスは、業火の中の悪魔に立ち向かっていった——


 フォログラムのカミラが掲げるロザリオは一層光り輝き、その光がカミラの全身を包み込む。その光を受け、彼女を支えるアムネリアが、さっと手を払えば、忽ち、<アマテラス>、そして<イシュタル>の機関のエネルギーゲージが、最高潮に達し、全装備にエネルギーが行き渡り始める。


『この時を待っていたわ、ニコラス』


 音声変換されてブリッジに響くカミラの声。その声には、威厳に満ちた声が重なって聞こえていた。アランははっきりとわかる。ロザリオに託したマティウスの想いが、カミラに宿っているのだと。


『待っていた? だとぉ……まさか!』


 メノーラーの物陰から、口惜しげな声が聞こえる。


『そう、貴方が私の深層心理に潜み続けていたこと……私の魂の力を欲していたこと。このミッションで、ようやく気づいた……いいえ、認めることができた……みんなのおかげで!』


『くそぉ、オレは……引き摺り出された……とでも言うのか……貴様に! マティウス‼︎』怒りに駆られ、悪魔はメノーラーの上に飛び出して来るが、太陽の輝きに身悶えし、必死に抗っている。


『違うわ。マティウス神父は私に、貴方に立ち向かう勇気をくれた。これは、私自身の問題‼︎』


 アムネリアの支えから、カミラは自らの足で立ち上がると、ロザリオをさっと横に払って声を張る。


『今こそ決着をつける‼︎ ニコラス‼︎』

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