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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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魔宴 7

『ふふ……かわいいカミラ。僕のカミラ……』


 中央階段踊り場の、ニコラスの腕の中に浮かぶ円形のバースデーケーキ。その表面のチョコレートのコーティングが、ロビーを包む業火の熱に煽られ、ドロドロと溶けて流れ出す。延々と流れ続けるチョコレートの濁流が、滝のようになって階段を流れ落ちている。


 フォログラムの少女(カミラ)は、そのチョコレートが流れ落ちる階段を一歩ずつ、ゆっくりと登っていた。カミラの意志と一体となっている<アマテラス>も、また、共にその影響下にある<イシュタル>もカミラの歩みに連動して、ニコラスの腕の中に浮かぶ、巨大なバースデーケーキへと、進み続ける。


 インナーノーツの皆は、息を殺して見守る。この状況ではもはや、カミラの『目覚め』を信じる他ない。


 右舷側のモニターが何かに反応し、皆の視線がそちらに集うと、モノクロの世界に赤々と灯りだす、灯りが一つ、また一つ。さらに、左のモニターにも同じように、灯りが灯ってゆく。


 モニターに映る灯りと同期して、いつの間にかフォログラムの少女の左右の手に、目の前の踊り場の十字架を砕いて聳り立つ、メノーラーと同じものが持たされている。


 右のメノーラーに六つ、左のメノーラーにも六つ……計十二のキャンドルが、煌々と輝いている。カミラの両手のメノーラーは、何か生き物のように脈動しているようだ。不快なパルスが、PSI-Linkシステムに伝わり、<アマテラス>、<イシュタル>両船の機関に脈動めいたパルスが走る。熱く滾り、身を焦がすようなパルスが駆け抜ける感覚に、インナーノーツは、身悶えながら耐え忍ぶ。


 バースデーケーキの元まで来ると、カミラは立ち止まる。正面のケーキを挟んだ目と鼻の先で、ニコラスは、インクブスの顔のまま、薄気味悪く微笑んだ。


『さあ、ケーキにキャンドルを立てよう。これは、新しいキミの誕生パーティーだ』


 カミラの両手のキャンドルが、一本、また一本と、瞬間的に移動して、ケーキの縁に円形に配置されていく。


『リビドーに身を委ね……この世のものとは思えぬ快楽に、溺れよう』


 全てのキャンドルをケーキに移し終え、カミラの両手に残ったメノーラーが、チョコレートのように溶け、静かに流れ落ちていくと、ニコラスの胸元で、最後まで燻っていた焔の塊がキャンドルに変わり、ケーキの中央に穿たれる。船が一際、大きな鼓動に揺れた。


 キャンドルに照らされたケーキの上には、奇妙な砂糖菓子が転がっている。


 銃口をこめかみに突きつけたカタジナ。


 サキュバスとなって業火に焼かれるシルヴィア。


 アスモデウスに飲み込まれ、ダニエラを食らうロベルト。


 ペラ板のようになって血反吐を撒き散らしたようなレオン。


 リビドーに身を委ねた彼らはコミカルな砂糖菓子人形となってデコレーションされ、彼らの中央に空白のメッセージプレートが置かれていた。そこに名を記されるのであろう、灰色の少女の表情は、もはや何一つ変わらず、ケーキを見下ろしていた。


『ふふ、そうさ…….僕と一緒に……己を解き放つんだ』


 ニコラスの甘い言葉は、<アマテラス>、<イシュタル>クルーらの心にも着実に忍び込み、抗う気力を奪ってゆく。


 ……っく……アムネリア……直人は、祈るようにして、思わず呼びかけていた。


 ……いやっ……だ、だめだ! ……アムネリアの守りを失えば、隊長は……け、けど……このままじゃ……気が遠のき、瞼が重くなる。


「……カ……カミラ……やめ……ろ……」アランは最後の気力を振り絞り、手を伸ばす。その手と重なるように、アランの目の前で、砂嵐のようにざらつき、千々に乱れたフォログラムの少女は、ケーキに向かってその手を伸ばしていた。


養父(おやじ)……頼む……俺に力を……」無力感と悔しさを滲ませた言葉がアランの口から溢れる。しかし、返ってくるのは、ニコラスの気色悪い、せせら嗤う声だけだ。


 ケーキの上に配置されたキャンドルを繋いで、その表面に円環が描かれていく。さらに、十二の各キャンドルから、中央に突き立てられた一本に筋が走り、デコレーションの砂糖人形を貫いて、円環と中央のキャンドルを繋ぐ——まさしくそれは、中央のキャンドルを軸とする『車輪』。


 ニコラスは、カミラの手をゆっくりと、その中心軸の蝋燭へと誘導する。


『カミラ……キミは地獄を知った……地獄を知るものこそ……真の楽園を追い求める! 強く! 永遠に! さあ、お前のその『引き寄せの力』で、再び『運命の輪』を回せ‼︎」


 フォログラムの中に浮き上がる中央のキャンドルに引き寄せられていくカミラの右手。


「た、隊長」「お願い、目を……覚まして……」ティムが、サニが声を上げる。


『ちきしょう! こんな結末……』『み……認めるのかよ……カミラ!』アディル、タリアの声も届かない。


「また……俺は……カミラ……」アランは顔を歪め、遠ざかる意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。


「くっ……どうしたら……」直人は、PSI-Linkモジュールに左手を翳して、解決の糸口を探る。しかし、PSI-Linkシステムからフィードバックされて浮かぶ心象は、灰色のドロドロと溶けたチョコレートのような濁流が浮かぶばかり。


 ……あっ‼︎ ……


 流れの奔流は次第に時計周りの渦を描き、直人の意識は、その流れに捕まる。


 ……なおと‼︎ ……


 心象の中で、しっかりと腕を掴まれる感触。その感触からは、確かな熱が伝わってくる。


 ……亜夢⁉︎ ……


 ……なおと! こっち‼︎ ……


 ……あ、ああ……


 直人を引き上げた亜夢の魂は、チョコレートの奔流に抗い、その中で、ただ『生きる』ことを強く主張する熱の塊となって渦の底を照らす。


 ……見て、あれ……


 底に見えてくる、『車輪』のような構造。その回転がこの、カミラの想念を攪拌する元凶なのか。


 ……『運命の……輪』……なのか? ……あれを止めないと、隊長は……


 そういう直人に、亜夢は首を振っているようだ。


 ……違うよ……あれ……カミラが回してる……


 ……えっ⁉︎ ……でも、あれは、あの悪魔が……


 ……大丈夫……カミラは、目を覚ます……


 ……なおと! あたし(・・・)たちは、みんなを! ……


 ……え? ……あたし(・・・)? ……


 ……はやく! みんな、ドロドロにされちゃう! ……


 亜夢は、直人の手を取り直し、もう一方の手も差し出して言う。


 ……一緒にやろう! なおと! ……


 ……亜夢……よし! ……


 直人は、心象のイメージの中で、もう一方の亜夢の手を取り、しっかりと握る。


 ……いくよぉ‼︎ ……


 ……ああ! ……

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