魔宴 6
一発の銃声が、全ての音をかき消して、<アマテラス>、<イシュタル>両船のブリッジは、途端に静寂に包まれる。モニターが映し出す、悲劇の舞台は、色を失い黒と白が織りなす、モノトーンの世界が支配する。
ニコラスの足元のチョコレートを舐め回していたシルヴィアは、銃声をきっかけに、サキュバスの姿を失い、ふらふらと立ち上がると、糸が切れた凧のように彷徨い出す。
ニコラスは微笑みを絶やさない。
ああ……明るい……きれい……
無音のシルヴィアの声が、モニターに文字になって現れる。灰色に燃え盛るロビーの炎に吸い寄せられるように、シルビアはその中へとわけいってゆく。
ここは……天国……神さま……そこに居たのね……
お姉ちゃん……シルヴィア‼︎
石像のようになった、フォログラムの少女が泣き叫ぶ。その声がシルヴィアに届くことはなく、彼女を包み込む炎が、一層燃え上がった。
『最高のサバトだ!』
ニコラスの高らかな声と、よく響く拍手が静寂を打ち破り、彼の笑い声は、インナーノーツの背筋を凍り付かせる。ニコラスの声に反応し、メノーラーの燭台の炎が激しく燃え上がる。炎が作り出すいくつもの奇怪で禍々しい人影達が、狂気の宴を繰り広げる。悦にいったのか、ニコラスの笑いは止まらない。
『きっさまぁあ‼︎』『待て! タリア‼︎』
アディルの制止を聞かず、堪忍袋の緒が切れたタリアは、PSI波動スプレッドのトリガーに手をかけ、目の前の悪魔への蓄積した怒りをPSI-Linkシステムに注ぎ込む。
『君たちは、カミラのなんだい? 被害者の会ご一行様? はははっ! なら、なぜ怒る? いい気味じゃないのかい? これからもっといいところなんだ。邪魔をするな!』ニコラスは、<イシュタル>クルーを挑発する。
「うるさい! カミラより先に、お前をやってやる!」『よ……よせ、まだ……』「落ちろよ‼︎」タリアは暴発し、アランの制止も無視してPSI波動スプレッドを放つ。全門から放たれた怒りの赤き牙が取り囲むようにして、ニコラスに襲いかかる。しかし——
放たれたスプレッドの牙は、ニコラスの目前で拡散し、霧散してしまう。
「馬鹿野郎! 残り少ないエネルギーを浪費しやがって!」隣席のファリードが、追撃しようとするタリアの手をトリガーからむしり離す。
「くそっ‼︎ どうしてだ、カミラ‼︎」
「落ち着け! タリア!」「カミラだ! あいつ、ためらいやがった‼︎ だから届かなかったんだ‼︎」
タリアは感じていた。PSI-Linkシステムを通して感じていたカミラのPSIパルスが、ニコラスにスプレッドのエネルギーが届く一瞬に、弱まったのを。
「あいつにここまでされて! なんでだよ! カミラ‼︎」タリアはまるで自分のことのように悔しがる。
ニコラスは、滑稽のあまり、腹を抱えて大笑いし出す。その笑いに反応するように、業火が勢いを増す。
吊るされたダニエラ、原型も失うほど崩れたレオン、そして、折り重なって倒れているロベルトとカタジナ……彼らの遺体をも、炎は飲み込みながら、ロビー全体を覆い尽くしていく。
<アマテラス>、<イシュタル>のモニターには、危険を告げる何種類ものアラートが立ち上がり、黄や橙、赤に、ブリッジを照らす。
「現宙域の空間圧が急激に減少している! これが一気に隊長の身体に現象化したら‼︎」「PSIシンドロームどころじゃないだろ、これ‼︎」サニの叫びにティムが続ける。
『くっくっく……カミラが僕を討てるわけ、ないだろ』炎の燃え上がりと共に肥大化しながら、蝙蝠の翼をはためかせ、ふわりと浮かび上がるニコラス。
『なぜなら僕は、カミラの理想! カミラが求め、引き寄せた存在だからさ!』
インクブスの翼のはためきによって煽られた炎が吹く煙がモニターいっぱいに充満し、それが次第に人の顔貌を描き始める。整った眉、彫りの深い眼窩に、細くやや目尻の下がった両目、細い鼻筋、薄い唇、豊かな巻き毛の髪——
『ふふ、これはね。引き寄せのビジョンクリエイターよ』『引き寄せ? ……』『……これで……私は、最高の……彼氏を……引き寄せてみせるわ!』
『……結構、いい男じゃん。こういうのがタイプなんだ、カミラは』『ち、違う、違う! ……』
『……じゃ、このイメージ、もらっちゃっていい?』『えっ⁉︎』
——少女達の笑い合う声と共に、浮かび上がったのは、あのビジョンクリエイターが作り上げた、シルヴィアとカミラが描いた理想の男。炎に照らされ浮かび上がる、ニコラスの顔は、その男性像そのものだった。
フォログラムの少女は、大きく首を横に振る。
『……ち、違う……あなたは……お姉ちゃんの……理想……わたしじゃ……ない……』
『そう……思い込みたかったんだね……可哀想なカミラ……』
『違う! 私じゃない‼︎』
カミラのPSIパルスは、風前の灯火の如く弱まっている。<アマテラス>ブリッジ中央のフォログラムの少女は、チリチリと乱れ始める。
「だめだ! カミラ! そいつに耳を貸すな!」痛む上体を懸命に起こし、アランは叫ぶ。
『……もう苦しまなくていい……カミラ。さぁ……おいで、僕のもとへ』
インクブスの姿のまま、ニコラスは、ゆっくりと踊り場に降り立ち、両腕を広げる。乱れるフォログラムの少女は、呆然と目を見開いたまま、ニコラスを見つめていた。
『……わたしじゃ……わたし……』少女の震える足が、一歩。
「カミラ‼︎」アランが叫ぶ。また一歩。同期して、<アマテラス>がゆっくりと前進を始める。
「た、隊長‼︎」ティムは咄嗟に制動をかけるも止まらない。
『さぁ……おいで……さぁあぁあ……』
ニコラスが広げた両腕の間にロビーに燃え広がった炎が流れ込んで、渦をまき、一つにまとまっていく。それは次第に、あのカミラのバースデーケーキへと姿を変えていった。




