魔宴 5
「み、見るな‼︎ カミラ‼︎」アランは叫ぶも、遅い。無機質な銃声、モニターいっぱいに広がる血飛沫と、噴出物……
フィルターが反応し、ぼかされようと、カミラは直視していたのだ。これは、紛れもない十三歳の、あの悲劇の記憶。深層心理深くに押し込めようと、魂に、焼印のように刻まれた、忘れたくても忘れられない光景。
見守る誰もが、身を凍らせ、何一つ言葉にできない。
目前のそれは、悪魔の姿を次第に失い、額から血を溢し、白目を剥いた断末魔の父の顔だけを残す。額から溢れる血に、フォログラムのカミラの白いブラウスは、赤黒く染まっていく。そして、ロベルトが倒れ崩れると、銃を撃ったままの構えで立ち尽くす母、カタジナの姿が現れる。
『あ……お……と……か……あぁ……あぁあ……』
声を出そうにも言葉にならない。
母は、冷ややかに倒れた父と共に、カミラを見下ろしている。
『ははっ! ははははは‼︎ 最高だよ! さぁて、カミラ。ここで問題だ。カタジナはどうして、躊躇いもなく夫を撃つことができたのかな? キミを守るため? それとも……ふふ』
悪魔め‼︎ そんな叫びが、インナーノーツの皆の胸の裡に湧き上がっていた。そう、この目の前のニコラスこそ、許されざる『絶対悪』なのだと。自然と憎悪と怒りが込み上げてくる……
『シルヴィア、僕らも行こう』そう言ってニコラスは、シルヴィアの両脚を軽々と掬い上げ、横抱きにすると、祝福されるべき新郎新婦であるかのように、ゆっくりと階段を降りてくる。
階段を一歩、また一本と降るたび、シルヴィアと、ニコラスは山羊のような角、蝙蝠のような漆黒の羽、そして腰の辺りから、尻尾が伸びてくる。二人の瞳は、鈍い黄金色に爛々と輝き出す。
「インクブス……」ニコラスの本性を露わにしたその姿はアランの記憶に残っている。十六年前、あの焼け落ちつつある病院のロビーの中で見た、養父と共に消えていったあの異形。あれが、極限状態で見た幻覚だったのか、現実だったのか、本当のところは半信半疑だった。
ニコラスが起こした悪魔的な事件、それは確かに起こった現実。しかし、ニコラスが、実在した『悪魔』という存在だったのか……それは、カミラの心象世界の投影でしかなかったのではないだろうか?
そうした疑念は消えなかった。
一方で、カミラは、事件の後も、頑なに『悪魔』の存在を信じ、事件後、カミラは修道院に進むが、悪魔への憎悪は、『異教徒は悪魔』『悪魔から聖地を守れ』といったプロパガンダと共に、彼女を戦場へと駆り立てた。
カミラの一家に降りかかった奇怪な事件について、事件後、アランは神学を学びながらも、最新のPSI科学理論、テクノロジーの観点から、説明できないか、独自に研究を重ねてきた。カミラが信じきっている、そして自らも目撃したかもしれない『悪魔』の実態、特に心象世界の現実化、『PSI現象化』のプロセスを明らかにすることを目的に、その足がかりとして人工知能における魂の発露の実現を検証してきた。皮肉にも、それはカミラ自身の深層心理に抱えた闇が『悪魔』を生み出した可能性を示唆する結果を導く。
アランは、カミラにとっては受け入れ難いであろう、その結果を一つの結論として、レポートにまとめて仕舞い込み、カミラに寄り添いきることを決めていた。
アランの導いた結論、それは確かにある意味で、正しい。その存在は、確かにこうして、カミラの深層深くで息づいていたのだから。だが、果たして、それだけだろうか?
そう思えるほど、その存在は、今、確かな実体として目の前にいる。アランの魂はそう告げていた。
階段を降りきったニコラスは、伴侶としたサキュバス、シルヴィアを立たせ、銃を片手に硬直したままのカタジナを見据える。
『いよいよフィナーレだ。きちんと締めておくれ、カタジナ』
ニコラスが指を鳴らす。その音に反応して、時が動き出したかのように、悪魔の姿を失い、変わり果てたロベルトを見下ろすカタジナの身体が戦慄き始めた。背後に近づくニコラスの気配に気づき、カタジナは、彼に振り返って銃口を向けて叫ぶ。
『……全て……貴方が仕組んだ事? ……答えて! ニコラス!』
それには答えず、ニコラスは、シルヴィアを抱き寄せ、互いに身体を密着させて蛇のように絡み合って、挑発してみせる。
『お前を……許さない!』
カタジナは近づくと、至近距離でニコラスの額に銃口を突きつけた。ニコラスは、シルヴィアを引き離し、高揚した笑みを浮かべてカタジナに正面を向く。
胸糞の悪さを感じながらも、インナーノーツの一同は、すっかりニコラスが創り上げた『劇場』の観客となっていた。
『お前を殺して、私も死ぬわ!』カタジナの震えた悲痛な叫びが響き渡る。ニコラスの表情は、法悦しているかのようだ。
『残念。それはできないよ』『えっ?』
『その銃に残った弾は、あと一発。僕か貴女、どちらかしか選べない。クク……さあどうする? ボクはどっちでも構わないけどね』
銃の知識に乏しい彼女に、ニコラスの言葉の真偽を確認する術はないようだ。カタジナは息を飲み、銃を持つ手を垂れ下げる。
そうしている間に、サキュバスと化したシルヴィアは、ニコラスとカタジナの間に割り込んで彼女をキッと睨み付け、威嚇する猫のように牙を剥く。
『……シルヴィア……』カタジナがたじろぐと、シルヴィアは満足げに笑い、再びニコラスに抱擁を求める。ニコラスが、掌にカミラのバースデーケーキの一切れを取り出し、握り潰すと、その手から異様に滴り落ちるチョコレートを、シルヴィアは与えられた褒美とばかりに舐めまわし始めた。
カタジナは、呆然としながら撃鉄を起こし、自らのこめかみに銃口を当てた。そして、静かにカミラの方を振り返り、一瞥する。
『お……お母さん……お母さん! やめ……‼︎』
再び乾いた音が響き渡ると、カタジナの身体が舞い、父親の骸に折り重なった。




