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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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魔宴 2

 ロベルトは、踊り場に登り詰めると、十字架に向かって一心不乱に祈り始める。祈る彼を慰めるかのように、十字架は眩く輝く。その光が、影絵の悪魔たちの陰影を一層、深くする。


 十字架の真上に、ふわりと浮き出たニコラスは語る。


『彼は空っぽな男さ。彼は求めていた。愛を。彼は成るべきものになろうとした。有能な医者、敬虔なクリスチャン、良き夫、そして良き父親……そうあるべきだとすればするほど、彼は自らの求めていた本当の欲求を見失ったのさ。それは、すぐそこにあったのに』


『だから、僕は与えてやったのさ。愛を』そう言いながらニコラスはゆっくりと、祈るロベルトの背後に降り立つ。そして、ゆっくりとロベルトの方へ身を翻す。身体が飜るのと同時に、ニコラスの姿は、薄黄色の質素なワンピースを纏い、豊かなブラウンの髪を束ね後ろに流した、痩身の女性に変わる。


 フォログラムのカミラの、とうに血の気も失せた顔が、さらに蒼ざめていく。


『レオンのお母さん…………お願い! やめて! そんなことしたら……』


 カミラの懇願にレオンの母、ダニエラの顔で薄気味悪い笑顔を浮かべたニコラスは、十字架の前で祈りを捧げるロベルトに後ろからそっと抱きついて、ロベルトの腰に腕を回す。そして、ロベルトの耳元で囁く。


『先生、わたしが頼れるのは先生だけ……お願い、そばにいて……』


 硬直するロベルトの頬に、ダニエラがそっと手を這わせると、ロベルトはぎこちなくダニエラの方へと振り向き始める。時折、十字架を振り返りながら……それをダニエラの手がまた、彼女の方へと優しく誘う。


『求めるものに惜しみない愛を注ぐのは……神様だって許してくれるわ』


 とうとう見つめ合う、ロベルトとダニエラ。互いの唇が引き寄せあう。


『あぁ……ああ……』カミラは口を戦慄かせ、何かを訴えようとも声にならない。


 くすみゆく十字架の下で、唇を重ねた二人は溶け合うように包容し合い、その勢いで階段を転げ落ちるのも厭わず、そのままロビーの中央で絡み合う。二人の身体は、キャンドルが描く魔法陣の上に転がり、衣服は、燭台となっていたチョコレートケーキに塗れ、キャンドルの火が燃え移る。その火はまるで焚火のようにロビーの中央で燃え盛り、炎の中で交じり合う影は蛇のようだ。


「……レオンの母親は、ここの病院の患者として通院していて、後にPSIシンドロームの発症の可能性を憂慮して検査入院していたようだ。彼女に関しては、養父(おやじ)の調査に、カミラの父親も言葉を濁してて、詳しいことはよくわからなかったが……」


「レオンって、さっきの……隊長が好きだったあの男の子でしょ? その母親と実の父親がこんな関係だったなんて……」サニは不快を露わに呟く。


「隊長は知ってたのか?」「俺には、詳しい話はなにも……だが、こうして深層心理に刻まれているということは、おそらく……」ティムの問いかけに、アランは悲痛な面持ちを浮かべて答えた。


 その間に、踊り場の十字架は光を失い、ひび割れ、その割れ目から何かが隆起してくる。柱のような、『それ』はズンズンと伸びて起立し、木のように枝分かれすると、それは禍々しく加工されたメノーラー——ユダヤ教の七枝の燭台だが、黒色に塗られ、中央の蝋燭台の一本の火立てには、木製の十字架が逆さに串刺しに打ち付けられている。台座には赤い顔料で、逆五芒星が無造作に描かれている——となって、ロビーの吹き抜けを覆うようにして現れる。その蝋燭台には六本の真っ赤なキャンドルが、煌々と灯っていた。


 アランは、そのメノーラーに目を見張る。それには見覚えがあった。この病院で悪魔騒ぎの調査中、養父マティウス神父と共に目撃したものだ。誰かに荒らされ、悪魔教の儀式の場のようにされてしまった医院長室。その床に、描かれた魔法陣の中心に、このメノーラーは、置かれていた。そして……


 アランが古い記憶を手繰り寄せているうちに、元の美青年の姿に戻ったニコラスは、いつの間にか、その巨大なメノーラーの枝の一つに腰掛けていた。


『これは傑作だったねぇ』両手で頬杖を膝に立て、燃え盛る炎の中の、蛇の交合を満面の笑みで見下ろしている。


『かのフロイト先生は正しかったわけだ。どんなにキリストに縋ったところで、抑え込んだリビドーには敵わないのさ。いや、禁欲はむしろそれを増幅する。だから僕ら(・・)はこれを利用する。僕らには、本来、無い生命のエネルギー……こんなに面白いものはない……くくく』


 まるで勝利は目前と言わんばかりの余裕の語り口は、底知れない気持ち悪さを感じさせるが、インナーノーツの皆は睨みつけることくらいしかできない。


『さあ、おいで』とニコラスが、片手をあげて手招きをすると、彼とは反対側のメノーラーの枝にレオンがどこからともなく現れ、枝に座っている。身体中チョコレートで汚れ切ったレオンは、両手で潰れかけたカミラのバースデーケーキを乗せた皿を大事そうに掴んでいた。


『レオン! だめ! 見ちゃだめ‼︎』


 途端にフォログラムの少女(カミラ)は血相を変え、必死に叫ぶ。ニコラスはそれを無視し、レオンの真後ろに瞬時に移動すると、彼の耳元で囁く。


『ほぅら、レオン。アレがキミが求めてやまない大人の交わりさ。美しいだろぅ。よぉくごらん。あの獣のように盛った、本当の女の姿を……』


『……マ……マ……』『そうさ、アレは君のマァマァ〜〜』


 ティムは歯軋りし、直人は込み上げる吐き気を飲み込んで堪えた。


『やめて! ニコラス‼︎ レオンが! レオンが死ん……‼︎』フォログラムのカミラが、泣き声混じりのつんざく声を上げた時。


 レオンの手からケーキが皿ごと滑り落ちる。皿が砕け、何とも鈍い、何かが潰れる音が、その光景を見守る皆にのしかかる。

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