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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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墓標を超えて 7

 キャンドルの灯りが、穏やかな夕日色に変わってゆき、暗がりの中に再び病院の廊下を描き出す。差し込む日の光が、木造りのドアを浮かび上がらせる。『303』の部屋番号——シルヴィアの部屋だ。これまでに比べ、モニターの描写が急に鮮明になる。これは、カミラの記憶に焼きついた光景であることは、インナーノーツの皆にとって、容易に想像がつく。


 急に開いたドアから、ワタワタと飛び出してくる金髪の少年。


『レ……レオン……どうして……ここ……お姉ちゃんの……部屋……』問いかけるカミラの声が聞こえる。


 第二ボタンから上が開いたままのシャツから覗くレオンの胸元は、しっとり汗ばみ、セットの崩れた金髪の前髪で、ほんのり上気した顔を隠したまま、カミラ(こちら)を一瞥すると、レオンは何も言わずに走り去る。


『レオン! 待って‼︎』


 すると、半開きのままの扉から、部屋の中が垣間見える。


 薄暗がりのベッドの上で、肌掛けで無造作に身体を隠し、膝を抱えて蹲っているシルヴィアが見える。肌掛けの下に、彼女の透き通る白い肌が覗き、フォログラムの少女(カミラ)は息を呑んだ。乱れた髪をかき揚げ、こちらに気づいたシルヴィアは、カミラをじっと凝視しながら、口元に運んだ親指の爪先を齧り始める。


 シルヴィアの部屋は禍々しく歪み、シルヴィア諸共、ドロドロとした渦の流れに巻き込んでゆく。流れの中に見え隠れする、『恋人』と『節制』のタロットカード。この部屋で、恋の行方を占い、引き寄せを共に願い、姉妹で笑い合った日々の想い出が、浮かんでは渦の中に押し潰され、飲み込まれていった。


 フォログラムの少女(カミラ)は、身動き一つなく硬直している。


 次第に周辺は再び闇が降りると、その渦は、崩され、ぐしゃぐしゃのままのバースデーケーキの中心でトグロを巻くチョコレートの流れと混じり合う。ふと、そこに浮かび上がるニコラスは、指先に流れるチョコレートを浸し、絡めとると口に運んで、舐めて見せる。じっくりとその味を確かめるかのように……


「くそ、悪趣味なヤツ! いつまで、あいつの好きにさせておくんすか、副長! さっさと退治しちまおうぜ‼︎」ティムはたまらず叫ぶ。


「いや、ブラスターを使うにもシェルターから出る必要がある! サニ、どうだ?」


 手早く周辺データを分析し、サニは顔を上げた。


「隊長の無意識の感情が噴出するたびに、少しずつ、シェルターの『外圧』は下がってるけど……まだ危険よ」


「待つしかない……カミラの無意識が……答えを見つけるまで」アランは、副長席のモニターに表示したままのカミラのバイタルモニターを横目でみながら、奥歯を噛む。


「けどよ!」振り向いたティムは、顔面蒼白のまま、身体を震わせるしかない少女のフォログラムを見つめる。


「……見てらんねぇぜ、こんなの……」


 何もできず、悔しげに拳を握るティムを見つめる直人も、気持ちは同じだ。亜夢も心配げにフォログラムに浮かぶ少女を見つめている。


 ……もう少し……


「……アムネリア? ……」胸の内に語りかけてくる声に、直人は顔を上げる。それは亜夢も同時だった。


 ……カミラは、少しずつ受け入れている……この、身体と、心に……魂深くに、押し込んでいたものを……


 直人は、ハッと気づく。そうか。これは無意識の『意識化』のプロセスなのだ。避けては通れない、カミラの、カミラ自身の戦い。たった一人の……


 ……いいえ……カミラは……感じ取っている……


 ……皆が……苦しみ……怒り……悲しみを共に感じていることを……それがカミラを支えている……壊れそうになる心を留めている……


 ……なおと……あなたの優しさが……カミラの心を慰め……亜夢……あなたの生きたいと願う強さが……勇気を与えている……


 <アマテラス>の救護カプセルの中で、ロザリオを握りしめたまま苦悶するカミラ。身体中の神経が過剰に反応し、心の痛みが物理的な感覚となってカミラを襲う。PSI-Linkシステムを通して、カミラの心身のバリア(・・・)となっているアムネリアの加護がなければ、既に危篤と言っても良い状況だ。


 ……カミラの命は、我が守る……だから……


 ……もう少しだけ……カミラと共に戦って……


「なおと!」亜夢が思わず声を上げる。直人は振り向き、亜夢をしっかりと見つめる。二人は共に頷き合っていた。


「見届けよう、ティム」「ナオ?」


「ただ見てるだけじゃない、オレたちは。隊長の抱えてきた想いをしっかり受け止める……これはそういう戦いなんだ」


 ティムは、しばし言葉を失い、前に向き直った直人の瞳をじっと見つめる。


「……わかったぜ、そういうことなら」そう言ってティムも前を向き口を閉ざす。


 覚悟に満ちた空気がブリッジを満たしてゆく一方で、モニターの先に見えるニコラスは、不敵な笑みを浮かべ、じっとこちらを窺っている。


『ふふ……誰かいるね? 一人じゃない……そう、仲間……キミの仲間たちだ……』


 音声変換された声は、<アマテラス>、<イシュタル>両船のクルー一人一人を舐め回していくかのようだ。身の毛が弥立つ感触とはまさにこのことだろう。


『……いいだろう。キミのふかぁい、ふかぁいところにあるもの。皆に曝け出したらいい……そうすれば、キミはきっと……くくく』


 ニコラスが、チョコレートを舐めとった手を翳すと、渦巻いていたその流れの中から、カミラのバースデーケーキの残骸を巻き込みながら、大きな箱型のものが浮き上がってくる。


 幾分、古風なマナーハウス風の外観をもつ四階建ての建物が立ち現れる。どこかメルヘンチックなシュガークラフトではあるが、それはこのカミラの実家の病院であると、アランはすぐに気づく。


 病院だけではない。腕を回して余りあるくらいの箱の中に、病院に隣接する、カミラの家族が暮らした豪邸、美しい庭園や遊歩道がシュガークラフトで次々と表現され、ありし日のカミラの生活の場の『お菓子の箱庭』が完成する。


 ニコラスが暗闇に消えるのと入れ替わりに、五十過ぎほどの痩身、銀髪の髪をまとめ上げた白衣姿の女性が姿を見せる。


『お、お母さん……』


 思わず呼びかける少女(カミラ)の声にビクッと身体を震わせたその女性は一目散に、箱庭に駆け寄ると、飛び込むように、両手で箱庭にしがみつく。

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