墓標を超えて 7
キャンドルの灯りが、穏やかな夕日色に変わってゆき、暗がりの中に再び病院の廊下を描き出す。差し込む日の光が、木造りのドアを浮かび上がらせる。『303』の部屋番号——シルヴィアの部屋だ。これまでに比べ、モニターの描写が急に鮮明になる。これは、カミラの記憶に焼きついた光景であることは、インナーノーツの皆にとって、容易に想像がつく。
急に開いたドアから、ワタワタと飛び出してくる金髪の少年。
『レ……レオン……どうして……ここ……お姉ちゃんの……部屋……』問いかけるカミラの声が聞こえる。
第二ボタンから上が開いたままのシャツから覗くレオンの胸元は、しっとり汗ばみ、セットの崩れた金髪の前髪で、ほんのり上気した顔を隠したまま、カミラを一瞥すると、レオンは何も言わずに走り去る。
『レオン! 待って‼︎』
すると、半開きのままの扉から、部屋の中が垣間見える。
薄暗がりのベッドの上で、肌掛けで無造作に身体を隠し、膝を抱えて蹲っているシルヴィアが見える。肌掛けの下に、彼女の透き通る白い肌が覗き、フォログラムの少女は息を呑んだ。乱れた髪をかき揚げ、こちらに気づいたシルヴィアは、カミラをじっと凝視しながら、口元に運んだ親指の爪先を齧り始める。
シルヴィアの部屋は禍々しく歪み、シルヴィア諸共、ドロドロとした渦の流れに巻き込んでゆく。流れの中に見え隠れする、『恋人』と『節制』のタロットカード。この部屋で、恋の行方を占い、引き寄せを共に願い、姉妹で笑い合った日々の想い出が、浮かんでは渦の中に押し潰され、飲み込まれていった。
フォログラムの少女は、身動き一つなく硬直している。
次第に周辺は再び闇が降りると、その渦は、崩され、ぐしゃぐしゃのままのバースデーケーキの中心でトグロを巻くチョコレートの流れと混じり合う。ふと、そこに浮かび上がるニコラスは、指先に流れるチョコレートを浸し、絡めとると口に運んで、舐めて見せる。じっくりとその味を確かめるかのように……
「くそ、悪趣味なヤツ! いつまで、あいつの好きにさせておくんすか、副長! さっさと退治しちまおうぜ‼︎」ティムはたまらず叫ぶ。
「いや、ブラスターを使うにもシェルターから出る必要がある! サニ、どうだ?」
手早く周辺データを分析し、サニは顔を上げた。
「隊長の無意識の感情が噴出するたびに、少しずつ、シェルターの『外圧』は下がってるけど……まだ危険よ」
「待つしかない……カミラの無意識が……答えを見つけるまで」アランは、副長席のモニターに表示したままのカミラのバイタルモニターを横目でみながら、奥歯を噛む。
「けどよ!」振り向いたティムは、顔面蒼白のまま、身体を震わせるしかない少女のフォログラムを見つめる。
「……見てらんねぇぜ、こんなの……」
何もできず、悔しげに拳を握るティムを見つめる直人も、気持ちは同じだ。亜夢も心配げにフォログラムに浮かぶ少女を見つめている。
……もう少し……
「……アムネリア? ……」胸の内に語りかけてくる声に、直人は顔を上げる。それは亜夢も同時だった。
……カミラは、少しずつ受け入れている……この、身体と、心に……魂深くに、押し込んでいたものを……
直人は、ハッと気づく。そうか。これは無意識の『意識化』のプロセスなのだ。避けては通れない、カミラの、カミラ自身の戦い。たった一人の……
……いいえ……カミラは……感じ取っている……
……皆が……苦しみ……怒り……悲しみを共に感じていることを……それがカミラを支えている……壊れそうになる心を留めている……
……なおと……あなたの優しさが……カミラの心を慰め……亜夢……あなたの生きたいと願う強さが……勇気を与えている……
<アマテラス>の救護カプセルの中で、ロザリオを握りしめたまま苦悶するカミラ。身体中の神経が過剰に反応し、心の痛みが物理的な感覚となってカミラを襲う。PSI-Linkシステムを通して、カミラの心身のバリアとなっているアムネリアの加護がなければ、既に危篤と言っても良い状況だ。
……カミラの命は、我が守る……だから……
……もう少しだけ……カミラと共に戦って……
「なおと!」亜夢が思わず声を上げる。直人は振り向き、亜夢をしっかりと見つめる。二人は共に頷き合っていた。
「見届けよう、ティム」「ナオ?」
「ただ見てるだけじゃない、オレたちは。隊長の抱えてきた想いをしっかり受け止める……これはそういう戦いなんだ」
ティムは、しばし言葉を失い、前に向き直った直人の瞳をじっと見つめる。
「……わかったぜ、そういうことなら」そう言ってティムも前を向き口を閉ざす。
覚悟に満ちた空気がブリッジを満たしてゆく一方で、モニターの先に見えるニコラスは、不敵な笑みを浮かべ、じっとこちらを窺っている。
『ふふ……誰かいるね? 一人じゃない……そう、仲間……キミの仲間たちだ……』
音声変換された声は、<アマテラス>、<イシュタル>両船のクルー一人一人を舐め回していくかのようだ。身の毛が弥立つ感触とはまさにこのことだろう。
『……いいだろう。キミのふかぁい、ふかぁいところにあるもの。皆に曝け出したらいい……そうすれば、キミはきっと……くくく』
ニコラスが、チョコレートを舐めとった手を翳すと、渦巻いていたその流れの中から、カミラのバースデーケーキの残骸を巻き込みながら、大きな箱型のものが浮き上がってくる。
幾分、古風なマナーハウス風の外観をもつ四階建ての建物が立ち現れる。どこかメルヘンチックなシュガークラフトではあるが、それはこのカミラの実家の病院であると、アランはすぐに気づく。
病院だけではない。腕を回して余りあるくらいの箱の中に、病院に隣接する、カミラの家族が暮らした豪邸、美しい庭園や遊歩道がシュガークラフトで次々と表現され、ありし日のカミラの生活の場の『お菓子の箱庭』が完成する。
ニコラスが暗闇に消えるのと入れ替わりに、五十過ぎほどの痩身、銀髪の髪をまとめ上げた白衣姿の女性が姿を見せる。
『お、お母さん……』
思わず呼びかける少女の声にビクッと身体を震わせたその女性は一目散に、箱庭に駆け寄ると、飛び込むように、両手で箱庭にしがみつく。




