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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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墓標を超えて 6

 フォログラムに現れていた少女(カミラ)もまた、崩れるケーキと共に膝を降り、へたり込む。


『どう……して……どう……して……』


 その時、<アマテラス>と<イシュタル>は、ケーキの崩壊で飛び散ったその欠片と共に、チョコレートの濁流から弾き出されていた。ティム、ファリード両船のパイロットは、船の体勢を整え、崩壊したケーキを見下ろす中空で船を留めた。


「カミラ……」少女のフォログラムを見つめるアランの身体を、怒りも恐怖ともつかない戦慄が貫く。


 わざとらしいほどゆっくりと、手を打ち鳴らす音が聞こえてくる。


『願った幸せが膨らむ……そして打ち砕かれる……美しい……実に美しい……』


『ニコラス……どうして……どうしてこんな酷いことするの……?』


 カミラの問いに、ニコラスはなにも答えないまま、再びジャケットを羽織った、小綺麗な青年の姿を現すと、ぐしゃぐしゃに崩壊したケーキの残骸の中から、メッセージプレートの破片を拾い上げて、それを自分の掌の小皿へと乗せて、薄らと微笑んだ。


『……これは祝福だよ……』


『祝……福……』


『……そうさ……君はもっと幸せになれる……さぁ、ごらん』


 <アマテラス>正面モニターの中央に立つニコラスが、すっと片手を持ち上げると、呼応して、崩れたケーキに残ったキャンドルの灯火が、大きく膨れ上がる。


 その明かりの中に、白いワンピースのネグリジェ姿の少女が浮かび上がってきた。少女は、巻げの長いプラチナの髪を垂れ下げ、呆然と立ち尽くしていた。両手は肉塊のようになったケーキの残骸を握りしめ、そこから血のようにチョコレートが滴り落ちている。


『……お姉ちゃん……シルヴィアお姉ちゃん! ……』


 カミラの呼びかけに、シルヴィアは何も答えない。キャンドルの灯りが、明るさを増すのに合わせて、滴り落ちたチョコレートが足元に溜まって固まりながら、高く伸び上がってくる。


 それは『塔』のようだ。その形は、彼女の好んでいた、タロットカード占い。その十六番目のカード。落雷に打たれる『塔』の絵にそっくりだ。


 現れた塔をシルヴィアは睨みつけると、ケーキの残骸を握りしめた手を、その塔に何度も力任せに打ち付ける。


『……お……お姉ちゃん……』


 高笑いし、髪を振り乱しながら、何度も何度も狂ったように拳を叩きつけるシルヴィアは、いつのまにか道化のような姿に変わり、叩き割られた塔の破片は飛び散って、八つの頂点を持つ星を描き出す。


『シルヴィア……彼女は、本当は医者なりたいとは思っていなかった。勉強もうんざり。そう、ただ親の期待に応えるために、優秀な子を演じていただけさ……そして、病気を発症した』


『……お姉ちゃん……』


『気づいていたのだろぅ? カミラ。シルヴィアの、その苦しみに……だが、キミも、彼女に美しく……優秀で、優しい理想の姉であることを求めていた……いや、キミがその理想に成り代わりたかった』


『やめて‼︎』『そして、キミはその理想を引き寄せようとしていた……キミもまた、医学を志し、そして優秀だった……』『やめて、やめて、やめて、やめてー!』


 シルヴィアは、チョコレートの滴り落ちるもはや原型を留めないケーキのかけらを塔に叩きつけると、その勢いのまま、塔を殴り崩す。


 インナーノーツの皆は、声一つない。


 肩で息をしながら、狂気に笑い狂うシルヴィアを、ニコラスは背後から愛おしそうに抱きしめる。同時に彼女の周辺は、彼女の過ごした病室の様子を見せ始めた。


 シルヴィアはニコラスを求め、二人は抱擁とキスを交わしながら、ベッドへと身体を横たえてゆく。暗闇に消えゆく彼女の影には、翼、矢印の形をした尻尾のようなものが現れていた。


『だめ! だめよ‼︎ お姉ちゃん‼︎ シルヴィア‼︎』カミラの悲痛な叫びは姉には届かない。暗闇でもつれ合う影が揺れ、どこからともなく現れた木の扉が、シルヴィアの部屋を閉ざした。


『彼女の望み……彼女の幸せは……自由……限りない自由』


 フォログラムのカミラは、へたり込んで呆然としたまま動かない。そうしている間に、また一つ、キャンドルの明かりが膨れ上がる。暗闇で蠢く影が見える——


『彼を覚えているかい?』とニコラスは問いかけてくる。


『忘れられないはずだ。キミが大好きだったボーイフレンド……』ゆっくりと灯りが、暗闇の影を浮かび上がらせてゆくと、クセのある金髪が照り返すのが見えた。


『レオン⁉︎』フォログラムの少女は、ハッとなって、目を見開いている。


『彼はわかりやすかったよ。ごらん』


 灯りが回り込むのに気が付かないのか、まるで意に介さず、この影の奥にある何かの塊に取り付いている。皆は息を飲み、フォログラムの少女は、手を口に当てて目を丸めた。


 それはカミラの誕生日ケーキの残骸を下敷きに、うず高く伸び上がったチョコレート色の光沢が艶かしい、しなやかな曲線がいくつも絡み合うオブジェ。ケーキの残骸に跨り、絡みつくように『トッピング』された、その妖艶な美女達は、金髪の少年へと誘うように四肢を伸ばし、彼はその懐へと顔を埋め、女達から溶け落ちるチョコレートの蜜を全身に絡め、恍惚としながら身悶え、下半身へと伸ばした腕を仕切りに動かしている。


『嫌! こんなの、見せないで! レオン! もうやめて‼︎』少女は蹲り、両手で目を覆う。


『はは、爽やかなサッカー少年も一皮剥けばこんなもんさ。思春期の男の子は。彼はモテたようだけど、その実、女との経験がなかったんだ。彼はずっとそれを気にしていた』


 すると、蹲っていたフォログラムの少女は、まるで操り人形が紐に吊り上げられるように、顔を覆っていた手が外され、ヨタヨタと立ち上がらせられる。一部始終を見ろとばかりに……


 少女(カミラ)は、激しく首を振り、正面から顔を背けようとするが、無理矢理、視線を正面に戻される。


『それはシルヴィアも同じだったのさ……お互い、あの時まで……ふふふ』


 ニコラスの言葉に反応して、チョコレートオブジェの最上段に位置する女の背が、ばっくりと割れる。まるで、蛹から羽化する蝶のように、現れたのは……


『お……姉……ちゃん……いや、いや……いやよ! ……ダメ‼︎ レオンは……レオンは‼︎』


 顔面蒼白に顔を引き攣らせたフォログラムのカミラが叫んでいる間に、蝙蝠の羽と尻尾を持つシルヴィアはチョコレートのオブジェをするり(・・・)と滑り落ち、チョコレートと共にレオンと絡み合い、混じり合っていく。同時にオブジェも溶け落ちて、甘美と享楽の渦を描きながら暗闇へと流れていった。


 その間、<アマテラス><イシュタル>の両モニターは、フィルターがかかる。カミラの心理的防衛が働いているようだ。


「……酷い……」サニの脳裏に数日前、カミラが温泉の湯に浸かりながら語った言葉が過ぎる。


 ——男は皆、悪魔——


 モニターから視線を外し、胸の奥が疼くのを感じながら、サニは俯いて奥歯を噛み締めていた。

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