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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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墓標を超えて 5

 鏡への流動に流される<アマテラス>、そして<イシュタル>。ティムとファリードは、それぞれ船に制動をかけ、流れに抗う。


「くそっ……ニコラスだって? なんなんっすか、あいつは?」船の制御がままならないのに苛立ちながら、ティムはアランに訊ねる。


「悪魔さ……カミラが追い求め……そして、倒すべき悪魔……」


 アランは知っている限りのことを、かいつまんで話す。ニコラスは、カミラの実家の病院がPSIシンドローム指定病院となってまもなく、病院スタッフとして雇い入れた看護士の一人だった。有能で気立も良く、職場環境の改善や経営の手伝いまでこなし、一年もしないうちに、すっかりカミラの一家の信頼を得たらしい。


「だが……それだけじゃない……やつとの出会いは、カミラと、彼女の姉、シルヴィアにとっては、あまりにも衝撃的なものだった……」


「あの鏡……」直人は先程垣間見た、あのカミラ姉妹の秘密の遊びの光景を思い出す。


 その鏡は、姉妹が『引き寄せ』の(まじな)いに用いていた『ビジョンクリエイター』の鏡。


『……それなのに……それなのに……どうして⁉︎ ……ほんとうに……あいつが……ニコ……ラス……』インナーノーツの皆は、カミラの先程の叫びを思い返していた。


「二人の引き寄せが……現実となって現れた……それがあの、ニコラスなんだ!」


 アランが言い切るのと同時に、船に急激な引力が働く。


『幸せ……幸せは……願えば……引き寄せられる? ……』


「船をキープしろ‼︎ ティム‼︎」『引き負けるな! ファリード‼︎』アランとアディルが叫ぶ。


「やってるって‼︎」両船のパイロットの応じる声が重なる。


 鏡の中で、流体はチョコレートの渦となり、その渦は次第に円形の形を整えていく。チョコレート色の光沢を纏い、中空に浮かび上がったニコラスに導かれるまま、高く聳え上がってくるそれは……


「また、バースデーケーキ⁉︎」ヒステリックにサニは叫んだ。


 廊下の照明が流れ込み、バースデーケーキに立ち上がるキャンドルの灯火へと変わっていく。


「このままじゃ、あのケーキにされちまうぞ‼︎」必死に制動をかけながらティムが叫ぶ。


「……いや、このまま……このままだ!」「正気っすか⁉︎ 副長⁉︎」


「あれが、カミラのトラウマの中核! なら、行くしかない! シェルターは⁉︎」


『なんとか保たせるが、保障はできねぇ!』


「シールドも展開してシェルターを支える! ナオ!」「はい!」『マリク! こっちもシールド併用だ!』『了解!』


 シェルターの中で、<アマテラス>の水流状のシールドと<イシュタル>のガス状のシールドが混ざり合い、シェルター内の『気圧』を高めていく。二隻を包み込んだ、黄金色のシェルターは、風船のようになってチョコレートの濁流の流れに身を任せる。


『……幸せ……』少女の呟きが、ケーキの上に砂糖菓子の人形を作り出す。白衣の優しげな微笑みを見せる小さな翼のついた、頬髭のある男性風の天使。それに寄り添うよう、もう一体の天使は、同じく白衣姿の髪をまとめあげた女性。カミラの両親を現しているようだ。


『……幸せ……』長くウェーブのプラチナ色の髪で美しい顔に描かれた天使は、シルヴィアと呼ばれた姉であろう。


『……幸せ……』その三体に見守られるようにして、最後に現れたもう一体の天使——フォログラムに現れている少女によく似ている。そして——


 “Wesołych urodzin, Kamila!”

(「誕生日おめでとう、カミラ!」)


 これ見よがしに、何度も浮かび上がるメッセージプレートに、インナーノーツの皆は、不吉な気配を感じずにはいられない。


『ほぅら……ごらん、カミラ。これが、きみがずっと、求めていた幸せだろう? ……』


『……これが幸せ……わたしの……』


 鏡が消え、暗闇の中にキャンドルの灯りが揺れる。浮かび上がる、父母らしき人物の人影、それに姉のシルヴィア。初恋の成就を願った、レオンの姿も見える。そして、正面の暗がりに立つのはニコラスか……


 楽しげに聞こえてくるバースデーソング。父親の歌が調子を外れ、笑いが起こる。手拍子の音……その度に、<アマテラス>の船体が、鼓動を打つように小さく揺れる。


『そうさ……これが、きみの、本当の幸せ……』


 ケーキを作るチョコレートの流れは、止まることはない。ケーキはどんどん膨れ上がり、<アマテラス>と<イシュタル>の目の前に、神話の塔のような形に聳え立つ。『ケーキの塔』が眼前に迫り、インナーノーツの皆は覚悟を決める。


『本当の……幸せ……』


『そうだ……もっと……もっと……きみは、もっと強く、もっと高く望めるはずだ……』


 すると、頭上の方で、何かが、キャンドルの灯火を反射してギラリと煌めく。


『もっと……もっと……幸せに、なれるの……』


『ああ、そうさ』


 いつのまにか、ケーキと共に巨大化している四人の人影が、その煌めくものを手にケーキを遥か高みから見下ろしている。そのさらに上空に、キャンドルの煙を巻き上げたモヤが、『逆さ山羊』を形作っていた。


「なにが……始まるんだ」直人は、上空を映すモニターを見上げ、睨みつけた。<アマテラス>、<イシュタル>の皆も息を呑み、身構えている。


『さあ、ケーキを取り分けよう!』


 頭上から、まるで稲妻のように煌めく四本のナイフが落ちてくる。無造作に、荒々しく振り下ろされた刃が、容赦なくカミラのバースデーケーキに叩きつけられた。


『えっ⁉︎』


 血潮か、肉片かのように飛び散る、コーティングのチョコレート、そして生地。


『どうして⁉︎』


 次の刃は、無惨にも『誕生日おめでとう』のメッセージプレートを叩き割る。描かれた文字が、溶け出し、流れる様は血文字のようだ。


『やめて‼︎』


 少女の叫びも虚しく、凶刃が何度も何度も、振り下ろされ、砂糖菓子の人形は、割れて飛び散り、メッセージプレートも、もはや原型を留めないほど、粉々に砕かれてしまった。


 インナーノーツの皆は、まるで殺人現場でも目撃したかのように、皆、一様に凍りついている。


『お願い! もうやめて‼︎ レオン! お母さん! お父さん! お姉ちゃん‼︎』


 カミラの絶叫が響く中、グシャリと鈍い響きをたて、潰れ落ちた。

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