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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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墓標を超えて 4

 真っ直ぐに伸びた、一筋の直線。波動収束フィールドの映像が安定してくると、それは黄赤に色づいた道……いや、長い廊下であるとわかる。


 その色は、古びているが上質な絨毯の色で、花柄の模様が描かれている。間接照明で薄暗いこの、クラシカルな建築様式の廊下には、同じような木造りのドアがいくつも並んでいた。


「……ここは……カミラの実家の……病院……」


 アランは息を呑む。先ほどから戦場の光景に混じって、何度も朧げに浮かび上がっていたが、それが今、目の前にはっきりと現れている。


 廊下の先は果てしない闇。アランはその深い闇の中に、かつてカミラと共に、ここで(・・・)体験した凄惨な記憶を呼び起こさずにはいられない。


「ティム……微速全身。船を進めてくれ」「あ、ああ……いや、もう進んでいる」


 よく見れば、壁面はゆっくりと後ろに流れている。前進しているのだろう。だが、全て同じに並んだ扉と、ただ遠くまで長く続く廊下が、それを感じさせなかったのだ。


「なんなの……ここ……隊長……」サニは寒気を感じて身体を震わせる。


「周辺警戒、厳とせよ! サニ、もう少し、何か拾えないか?」「は、はい……え、えっと……」


 サニが同調率をマニュアルで微調整していくと、一時(いっとき)、鳴りを潜めていたブリッジ中央、フォログラム投影機がモヤモヤと人の形を描き始める。


『……お母さん……今日……学校で……』同時に音声変換された声がブリッジに流れ出す。


『……ごめんなさい、ちょっと今、手が離せないの。宿題、やってなさいよ』『う……うん……』


 簡素なリボンのついたブラウスに、紺の長めのスカート、短めのボブにまとめた少女が再び、フォログラムに現れる。十代始めの頃のカミラだ。


『お父さん! ね、今度さ……』『カミラ、それより礼拝は済ませたのか?』


 フォログラムは、俯いたまま、足を前に進ませている。その足取りは重い。アランは眉を顰め、そのフォログラムの背を見守る。


『……はぁ……また、聞いてくれない……私の話なんて……誰も……』


 フォログラムの少女は、ただ一歩、また一歩と足を進めている。


『また今月も赤字⁉︎ こんなんじゃ、やってけないわよ‼︎』『だから! こんな規模の病院は! もういい加減、回せないんだ!』『いいえ! あなたの経営方針が間違ってるからよ!』少女の足が下りるたび、足音の代わりに怒鳴り合う声が聞こえる。


『……お父さんと、お母さん……ずっと喧嘩してる……』少女の手には、『100/100』と書かれた答案用紙が見える。


『……PSIシンドローム受け入れ指定病院ですって⁉︎ 本気なの、あなた! あんな、得体の知れない病気なんて、うちじゃ手に負えない』『だが! 指定病院になれば、多額の援助を受けられる! それに、あのコの治療だって!』『シルヴィアのことを言ってるの⁉︎ あのコは違う! ストレス関連疾患が重症化してるだけ! PSIシンドロームなんて!』『現実を受け入れろ! そんなので、あんな奇妙な腫瘍ができたりするか! 明らかに、最近報告されてきているPSIシンドロームの症例だ。指定病院になれば専用の治療機器も入れられる。だから……』『ああ……どうして……どうして、あの子なの。シルヴィアァ……あああ……』


 廊下の遥か先、一つの部屋から灯りが漏れる。


『さぁ、今日からこの部屋は、お前の自由に使っていい。新しい治療設備も入れたから、ゆっくり身体を治していこう』『お父さん……わたし……治るの?』『ああ、もちろんさ』


『お父さん……お母さん……ごめんなさい……私、こんな病気になっちゃって……医者になって……私も手伝いたかったのに……』『何言ってるの、シルヴィア。いいの、いいのよ。今は身体を治すことだけ考えて。愛してるわ、シルヴィア』『シルヴィア!』『ああ、お父さん……お母さん……』


 フォログラムの少女は懸命に、その部屋から漏れる灯りに向かって手を伸ばし、足を一歩、また一歩と進める。


『……いいな……お姉ちゃんは……』音声変換された、少女の心の声が聞こえる。


『……学校に行けなくなっても、病気でも……』


『……お父さんも、お母さんも……お姉ちゃんが好き……わたしだって……皆、お姉ちゃんが大好き……でも……わたしは……わたしなんか……』


『わたしは……いらない子……』


 ブリッジの空気が忽ち重くなっていく感覚を<アマテラス>の皆は、感じ取っていた。黄色の警戒アラームがモニターの中で激しく点滅している。シェルターの護りがなければ、船ごと押し潰されていたかも知れない。


「隊長……くっ……」カミラの深い哀しみが、直人の胸の奥を抉る。同じなんだ——生まれたばかりの妹にかかりきりの母、そしてPSIクラフトの開発に明け暮れていた父。その狭間に置かれた幼い日の直人が発症したPSIシンドロームは、その孤独を呼び水とした。四歳という幼い日の記憶は、深層心理の深くに押し込めていたが、図らずも、数ヶ月前のインナーミッションで、その真相を知ることになった——


 ……隊長! 隊長は自分も苦しんでたというのに……


 直人の胸の裡が熱く震えていた。彼女は、同じ苦しみを抱えるものとしてなお、そのインナーミッションでは、直人に対して毅然と接し、力強く鼓舞してミッションを完遂させた。


 助けたい! 隊長のこんな苦しみを! 今度は自分が癒したい。そんな強い衝動が湧き上がってきて、PSI-Linkモジュールに手をかざす。


 しかし……


 頑なに拒むアムネリアの姿が一瞬、その胸の内に浮かび、直人は、ハッとなって顔を上げた。


 ……違う……隊長は……


 ……隊長は、癒しなんか求めていない! ……


 ……隊長は、戦ってるんだ‼︎ ……


 直人は、胸から溢れそうになる熱いものを飲み込んで、モジュールにかざした手を握りしめる。


『……幸せ……幸せって何? ……学校の皆、わたしのこと……幸せ者だっていう……大きい病院があって……お父さんも、お母さんも立派で……お金持ち? ……はっ? ……これのどこが……』


『皆……わたしのこと、おうちのこと、知りもしないで……学校でも、おうちでも……わたしはひとりぼっちなのに……』


『幸せなんて……どこにもないの……』


 廊下の先が、ドロドロと溶け出す。姉の部屋の灯りを巻き込みながら、渦を撒き始める。


『そんなに幸せが欲しいのかい?』


 渦の中央には、あの『ビジョンクリエイター』の鏡が姿を現し、鏡の奥に吸い込まれるようにドロドロに、溶けた廊下が流れ込んでいる。


『簡単さ……願えばそれは引き寄せられる……君のもとへ……』


 鏡は吸い込んだ、ドロドロの流動をその中で巻き上げ、人のような形をこねくり出す。


『君の想いが、僕を引き寄せたように……』


『……わたしが……違う……あなたは……お姉ちゃんの……』『ほんとうに、そう思っているのかい、カミラ。さあ、僕をよくみて』


「あいつは⁉︎」直人は思わず声を上げた。


 波打つカールが美しい赤みがかった金髪、透き通る白い肌、面長の顔の中央をスキっと貫く鼻筋。優しげと憂いを併せ持つ両目には、明けの明星の如く輝く瞳。背は高く、落ち着いた枯葉色のジャケットを羽織り、すくっと立つ佇まいは、大人びた色気すら感じさせる。『逆さ山羊』の表象と共に現れていた、あの美貌の青年だ。しかしその美しさとは対照的に、全身を貫く悪寒に、直人もインナーノーツの皆も警戒を強める。


「ニコラス……」アランは、その男を見据え、キッと睨みつけていた。


 鏡からヌッと抜け出たニコラスは、薄く微笑むと、両手を広げてカミラを招く。


『……待っていたよ……カミラ……』

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