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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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神々の故郷 4

 IN-PSID China支部は、にわかに騒めき立っている。

 

「本部長……今、確かに"コン"と……まさか……」容は、苦しげに声を絞り出す。

 

 椅子にもたれる容は、まるで雨にずぶ濡れになったかのように全身水浸しである。防護服を纏った彼女の部下らは、水に浸ったタオルを新たなタオルと交換したり、駆けつけた医療スタッフらと、オーラキャンセラーによる現象化抑制処置に奔走している。本来なら、すぐに医務室へ運び込むところだが、ミッションを見守りたい彼女の意向を汲み、藤川は医師の付き添いの元、立ち会いを許していた。

 

『うむ……大魚……コンといえば……鯀禹伝説の……あの鯀なのか』藤川は、容ら、Chinaスタッフらの推測を言葉にする。

 

「確か、堯舜時代、黄河の治水に失敗して東方に追放されたという……悪神、四罪の一柱でしたね。その後、治水に成功し、夏の始祖となったという、『禹』の父親……」東は、頭の片隅に仕舞い込んでいた、中国神話の知識を引っ張り出して、藤川に確認した。

 

 人類の集合無意識の一つの片鱗である、神話の知識は、インナーミッションの重要なファクターであり、スタッフらは、その基礎知識はおおよそ習得している。

 

「そうだ。神話には何らかの事実も含まれている可能性がある。仙水に刻み込まれた、歴史的事実の記憶なのか……それとも、集合無意識の何らかの事象を、神話の形をとって我々が意識するのか、判別は難しいが……手がかりにはなりそうだな」

 

「しかし、鯀禹といえば、黄河の伝承では? インナーノーツがアクセスしている空間情報は、長江や太湖以南を指しています。どういうことだ?」

 

「禹の伝説は、黄河よりむしろ長江三峡や、より南の会稽、紹興と縁があるとも言われている。そして約四千三百年前といえば……」

 

『……長江文明……太湖周辺となれば、良渚文化の地……』

 

 容の推測に、藤川は大きく頷いて、ミッションを映し出すモニターに向き直った。

 

 

『さあ、いつまでもこんなところにいれば、また野獣に襲われる。引き上げるぞ!』

 

 日は次第に落ちかかっている。鯀らは、先程討ち取った大蛇と、狩りとった獲物を荷袋にまとめ、既に出発の準備を整えている。

 

『さあ、お主らも』

 

『……ヒ、ヒメ様?』少女よりも簡素な衣服の幼い少女らが、不安気に見詰めてくる。

 

『……この者らが申すことにも、一理ある。……戻ろう。其方らのことも、私がとりなそう』

 

『我らはこの地に疎い。案内を頼むぞ』浮遊と呼ばれていた通訳の男が、見上げながら言う。

 

『……良かろう』少女は頷いた。

 

『感謝する。では出立!』鯀の号令で、彼らはゆっくりと動き出した。

 

 

「もう少し、この周辺の様子を見たいわね。アラン、この少女とのPSI-Linkを保てる、航行可能範囲を割り出して」「了解」

 

 アランの解析によると、少女を中心とした半径約十キロメートル相当距離までは、移動できそうだ。インナーノーツは、船を上昇させ、上空からの俯瞰観測行動に移る。

 

 上空から眺めると、湖沼と森に満ちた湿原地帯であることがわかる。その合間を縫うように、比較的平坦な土地を選んで、開墾して作られた稲田や畑、集落が点在している。それらを結ぶ水路が、幾筋も整えられていた。

 

「広大な田園地帯ね。四千年前にこれほどの……」「けど……それにしちゃ……」

 

 少女らのいる農村も、かつては大きな集落であったのであろうが、田畑は荒れ、人の気配もない。鯀らは、太湖方面から、川を遡上し、この集落に辿り着いたようだ。この付近で食糧調達をしている間に、彼女らと遭遇したと言う。

 

 水路には、破棄された小舟が、まばらに捨て置かれてはいるが、かつては作物や人を乗せて行き交っていたことであろう。

 

 行商と少女らは、乗ってきた数艘の舟に戻る。隊を分けて分乗し始めた。

 

 <アマテラス>の正面モニターに、巨大な掌が浮かぶ。先に舟に乗った鯀が、少女に乗船を促していた。

 

 ……大きい手……太い腕……この者……誠に人……なのか? ……

 

 少女の心の声が、音声変換されて聞こえる。

 

『さぁ!』表情の見えない鯀の黒い顔面に、大きく開かれた口らしき部位が、三日月の形に浮かぶ。

 

 少女のフォログラムが、恐る恐る、鯀の手に自分の手を重ね、舟に乗る動作を見せる。

 

『きゃ!』舟がその時、大きく揺れ、バランスを崩した少女は、危うく転倒しかけた。鯀は咄嗟に、少女を懐に抱き寄せていた。鯀の逞しい腕から伝わる熱と、胸板の底から聴こえてくる脈動のリズム……その心地よさが、少女にしばしの安心をもたらしていた。

 

『お、おっと、こりゃ失敬を……』

 

 照れ臭そうに笑いを立てながら、鯀は、少女をゆっくりと舟に座らせた。よほど照れ臭かったのか、大男は顔を背けて、中空を見上げている。

 

 そんな鯀を、少女のフォログラムは、ただ静かに見上げている。だが、その胸の内には、灯った小さな焔が、僅かに揺らいでいた。

 

 鯀らの一行は、川を遡上し始める。少女のフォログラムが語り出す。

 

『……私が幼い頃……この辺りもまだ、今の季節は黄金の稲穂に包まれていた……されど、ここ十年ほどの間に、空は冷え切り、長雨と洪水が相次ぎ、雨が去れば干魃……その繰り返し……』

 

『……稲は。我らの命の糧は……年々減り続けている』

 

 <アマテラス>ブリッジの正面モニターには、あの大岩の如き鯀の背と、少女の言葉を通訳する浮遊の姿が見えていた。

 

 インナーノーツは、<天仙娘娘>の足取りを求めて、上空からの周辺探索を続けながら、少女の言葉に耳を傾ける。

 

『……我らは大地から、恵みを独占してきた。それが神の怒りに触れたのだ……山の猛獣を遣わし、僅かに残った収穫をも取り立てる』

 

『それで、お主らが生贄に?』鯀は、背を向けたまま問う。

 

『……奪った報いだ。誰かが支払わねばならぬ』

 

『バカバカしい……』

 

『我ら稲作の民は皆、そう考える』

 

『だが、見たところ、あんたらは相当な身分ではないのか? 生贄は、奴婢らの努めであろう?』

 

『……本来、豊穣の感謝として毎年一回、奴婢らの命を捧げてきた……されど』

 

『神の腹は、それでは満たせぬ……と』

 

『収穫が減り、民が餓え苦しむ今……我らが都の秩序も崩れ始めている。民は、その責を我らに求めた……このままでは国が保たぬ……だから私は……』

 

『……それはお主の想いか? 真に願った事か?』

 

『……望まれるとあれば。我が使命なれば……』

 

 直人は、<アマテラス>が一瞬、身震いをしたような微震を感じた。

 

『…………鳥が……』

 

 少女のフォログラムが上空を仰ぎ見、両腕を高らかに伸ばして、祈りを捧げる姿をとる。彼女に付き従う少女らも、それに倣う。

 

『ん? 鳥だぁ?』鯀は、少女の視線を追って天を見上げた。だが、彼には、その鳥の姿は見えていないようだ。

 

『聞いたことがあります。南江の民は、鳥を太陽の遣いとして崇めているのだと……』浮遊が小声で鯀に耳打ちした。『ほぉ……』

 

『親方ぁあぁ! 見えましたぜ』先頭を行く舟の男が声を上げ、鯀は前方へと向き直った。

 

『おぉお!』隊商の男達から感嘆の声が上がる。

 

『あれが我らが都……』

 

 <アマテラス>は、隊商の船団を導くように、目指す都へと向かう。

 

「凄い……これが四千年前の都?」

 

 インナーノーツも、ミッションを見守るスタッフらも息を呑む。


 幾重にも張り巡らされた環濠は豊かな水を湛え、街を囲う土塁は、給排水の機能を備えた水門を有する。

 

「水に浮いた街。東洋のベニスってか」ティムは、船を気ままに旋回させながら、遊覧飛行を楽しむ。

 

 その中に数百戸の邸宅が立ち並ぶ。日本の縄文後期から弥生時代の住居によく似ている。環濠外にも、幾つかの集落が見られ、この一体だけでも、数千から万単位の人口が想定される。しかし、すでに半数ほどの民家が朽ちかけ、街を往く人々にも活気が無い。

 

 中央には高台がある。王宮か神殿のような巨大な建物と広場が見える。広場には多くの人が集まり、何やら煙が立ち込めていた。

 

『あの場所へ……』ブリッジにアムネリアの透き通った声音が木霊すると同時に、<アマテラス>の航路が、自動セットされた。

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