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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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神々の故郷 3

「……た……助かったの?」カミラは警戒したまま、様子を窺っている。

 

 岩山の形が次第に整っていく。人のようだ。筋肉で盛り上がった肩、岩壁のように聳える背中から、相当な巨躯である事は明らかだ。

 

 巨木の幹のような腕を振り回し、柄の長い石槍で、襲撃を諦めない蛇の頭を撃退している。

 

「……ん!?……」アランの分析パネルに、一瞬、ある反応が立つ。

 

「どうした、アラン?」カミラが問う。アランが分析にかかろうとするも、その反応は既に消滅していた。

 

「……いや……気のせいか?」

 

 音声変換された、どこの言語かもわからない、幾つもの騒がしい声が、ブリッジに飛び交い始めた。

 

「波動収束! 数、およそ三十! 人のようです! ……意識言語化ハーモナイズ、捕まえた!」

 

 人影達は、大蛇の群れに縄をかけた男達だった。その脇から石斧や石槍を手にした屈強な男達が、蛇の群れに襲いかかる。首を吊られた大蛇らは激怒し、取り囲む男達に、何とか食らいつこうと首を伸ばす。

 

『火はまだか⁉︎』巨漢が声を張り上げる。

 

 やや離れたところに、弓挽きで火おこしする三人ほどの人影がある。彼らは、巧みに火を起こすと松明に点火し、その松明を手にした第二陣が、火をもって大蛇の攻撃を逸らす。

 

『怯んだ隙を槍と斧で襲え!』

 

 松明の部隊が火で蛇側の攻撃を退け、打撃部隊が打ち込む。男達は見事なコンビネーションで、大蛇の群れを追い込んでいた。

 

『た、助けてくれぇ‼︎』弱りながらも、死にものぐるいの反撃に出る大蛇に、腕を取られた男の悲痛な声が響く。

 

『むやみに近づくな! 取り囲んで袋叩きにするんだ!』

 

 <アマテラス>を背に、指揮にあたっていた岩山の巨漢は、石斧に持ち帰ると、哀れな部下に巻き付いた大蛇の首筋に何度も斧を打ちつけた。大蛇はようやく力尽きる。

 

 十数分の格闘の末、次々と勝鬨があがり、男達の脚元には、変わり果てた大蛇の骸が次々と転がっていった。

 

『大丈夫か?』

 

 巨漢は腰を落とし、手を差し伸べる。影がかかった顔の表情は、読み取れない。巨漢が何やら手を動かしている間に、<アマテラス>の機関駆動音が徐々に唸りを上げ始めた。

 

『おい、他の連中も解放してやれ!』

 

 左右のモニターの隅には、木に縛りつけられている数名の人らしき姿が見える。<アマテラス>と、リンクが形成された何者かの記憶——この記憶の持ち主もまた、同様に縛り付けられえいたのであろう。巨漢が、その拘束を解いた事によって、<アマテラス>への呪縛も消えたらしい。

 

「どうみても……あの研究員の記憶じゃ、ねぇよな……」舵の回復を確認しながら、ティムは、わざとらしく嘯いた。

 

「アムネリア!?」

 

 ブリッジ中央フォログラム投影機に、アムネリアの姿が戻ってくる。直人は自席から飛び出すと、彼女の元に駆けつけていた。

 

『……うっ……』「アムネリア、しっかり!」

 

『……大丈……夫……あの子が……呼んでくれた……』「あの子? ……亜夢?」

 

 アムネリアは、小さく頷いた。

 

「……リンクしたPSIパルスと同調率七十パーセントを超えている。まさか、ここはアムネリアの、魂の記憶……」アランは、フォログラムを見つめながら推察を口にする。そうなの? と問いかける直人の瞳に、アムネリアは無言のまま俯く。

 

「……サニ。時空間座標は割り出せた?」「やってます! もう少し!」カミラの確認に、サニは忙しなく手を動かす。

 

「アムネリア……この記憶は……さっきの?」

 

 直人は、アムネリアに折り重なって現れた、少女達の姿を思い返していた。直人の問いかけに、アムネリアは瞳を閉じて、自身の魂に刻まれた記憶を探った。

 

『…………幾重にも重なる想い……時と場を越えようとも……繰り返される……うっ…………』

 

「亜夢ちゃん!」真世が見守るモニターの中で、亜夢が小さく呻く。

 

「どうした、真世? 亜夢は?」東は、真世の席に駆け寄ると、監視モニターの中の亜夢を覗き込んだ。アルベルト、田中、藤川も視線を向け、様子を窺う。

 

「わかりませんが……異常は特に……」亜夢の身体の生体反応を示すグラフを確認しながら、真世は答える。

 

「肉体として受け入れらぬ、なんらかの魂の記憶……」藤川は、IMC中央の卓状モニターに共有されたアムネリアのフォログラムを見詰めたまま呟く。

 

「メンタルブロックか?」アルベルトが、端的に言った。

 

「うむ……魂的存在(エレメンタル)とはいえ、アムネリアは、亜夢という肉体も持つ、確かな人間……という事なのかもしれん。肉体に宿るうちに、魂の底に鎮めていた記憶が、蘇ろうとしているのか……それとも……」

 

『我は……人……間……? ……』

 

「無理に想い出さなくていい! アムネリア。君が何者かなんて。キミは今、アムネリア、それだけでいいんだ」

 

『なおと……』

 

 真っ直ぐに見詰める直人の瞳を、アムネリアは静かに見つめ返す。二人は、しばしの間、周りを忘れて見つめ合っていた。

 

「……報告、いいかしら? セ・ン・パ・イ?」 鼻を摘んだようなサニの声に、直人は我に帰る。サニは、ジトッとした目つきで、直人の顔を覗き込んでいた。直人は、その目に気づかない風にしたまま、何事も無かったとばかり静かに自席へと戻る。

 

 アムネリアは、直人の後ろ姿を追いながら、胸のあたりに再び、ヒリッとした感触を感じていた。

 

「……時間座標、約四千二百年前。空間地点は長江デルタ付近と推定。だいぶ地形が異なるけど、おそらく現在の太湖南、約四十キロのあたりです」サニは、事務的な口調で報告した。

 

 モニターには、ようやく周辺の様相がぼんやりと浮かび上がってきていた。平坦に整えられた土地に、田畑らしき場所の映像が浮かび上がる。少し遠方には、鬱蒼としたした森のような影があるが、判然としない。それを背景に、大蛇の群れに勝利した、表情のよくわからない男達の人影、怯える少女のような人影が、蠢いている。

 

「ビジュアル構成、もう少し何とかならないの?」カミラは、やや不満げに言った。

 

「補正は目一杯してるんですが……」サニは眉を顰めて答える。

 

「インナースペースの固体無意識レベルから集合無意識界面あたりの情報にアクセスしているようだ。補正するにも、この時代のデータ量は少ない……これがいいところか」アランは時空間解析結果から、サニの弁護をする。

 

『我が示そう……』

 

 そう言うと、アムネリアの光像は、再び水の精・メルジーネの姿に変容する。

 

「アムネリア!」直人は、アムネリアが何をしようとしているのか、すぐに理解して声を上げる。

 

『……あなたが居るこの場、この時……あなたを見失わなければいつでも戻れます……』

 

「……気をつけて」

 

 メルジーネは、薄らと微笑みを浮かべたかと思うと、再び水の様相を残してフォログラムから消えた。同時に、モニターは、鮮明な映像を映し出し、変換される音声も、よりはっきりと聞こえ始める。

 

『親方! 見てくだせぇ!』『何と巨大な……南方には、まだこれほどの大蛇がいるのか』

 

『けど、本来なら、こんな人里近くに現れるような大蛇ではなかろう』『我らの"中原"に比べ、まだ温暖とはいえ……この地も……』狩った大蛇を切り分けながら、男達は、好き好きに語り合っている。

 

 

『……怪我はないか?』

 

 大男の顔が近づく。何故か、この男の顔だけは、黒く影がかかったまま判然としない。

 

『寄るな!』

 

 <アマテラス>の船体が、わずかに震えた。

 

 同時に、長い黒髪、貫頭衣姿の少女の姿が、アムネリアに変わって、ブリッジ中央にフォログラム投影され始める。先程、変容するアムネリアの像に重なって、見え隠れしていた少女だと直人は気づく。

 

『……この者……今、我らの船に宿りし者……しばらく、この者の意志に、船を託します』

 

 アムネリアは声だけになってインナーノーツに語りかける。

 

「アムネリア、君は?」直人はあたりを探りながら声をかけた。

 

『我は常にこの船と共にある……心配しないで……なおと』

 

「わかったわ、アムネリア。アラン、PSI-Link接続パラメータ最調整。この少女のPSIパルスを最優先に設定して」「了解した」

 

「<天仙娘娘>を追って、ここに導かれたなら、鍵は、この少女の記憶の中。どんな反応でもいい。各位、細心の注意をもって"観測"にあたれ!」「はい!」

 

 カミラの指令が、インナーノーツの気を引き締め直す。


 

『おい浮遊、お前、この地の言葉わかるな?』

 

『幾らかは……』

 

 少女の言葉を聞き取りながら、浮遊と呼ばれた小男が翻訳する。

 

『……神を殺した……穢れ人。その方らに禍いを……だそうだ』 

 

 浮遊は、ギョロリと飛び出した、どこか不気味な目玉を、巨漢と少女の間で転がしている。

 

『……おいおい、せっかく助けたんだ。そりゃないであろう』巨漢はさらに、こちらとの距離を詰めてくる。またしても、船体が震えていた。

 

『殺せ! 我らを殺せ!』

 

 フォログラムは、自らの首に手刀を当てながら巨漢に迫る少女の姿を映し出す。

 

 浮遊の通訳を待つまでもなく、巨漢は彼女の鬼気迫る形相に圧倒され、その意図を解した。

 

『わかった、わかった! そこまでいうなら』

 

 先ほど、大蛇を仕留めた血に塗れる石斧が、ゆっくりと持ち上げられる。

 

 様子を見守るインナーノーツが、身構えるのと同時に、フォログラムに投影された少女も肩をすくめ、目を瞑る。

 

 だが、少女のフォログラムの中央には、毅然と燃え上がる、小さな焔が灯っていた。

 

『……?』いくら待っても、斧は降りてこない。少女は恐る恐る、目を開く。巨漢は、既に斧を下ろして、こちらを窺っていた。

 

『がはははは! 身体は正直よ。良いのだ、それで。生きたいと願って何が悪い?』好き放題に言い放ち、一層大きな笑い声を上げるので、彼の仲間達も釣られて笑い始めた。

 

『ぶ、無礼な! ……我らは、神々のお怒りを鎮め……民を、国を守るため……』

 

 フォログラムの少女は、どことなく亜夢に似ている。その大きな瞳を見開き、大男に抗議していた。

 

『やめちまえ、やめちまえ。無駄なことよ。今や森の恵みも減った。腹をすかせたこいつらにとって、あんたらは、ただのいい餌だ』

 

『……くっ……』少女は、それ以上言葉が続かない。

 

『ヒメ様……』周りには、彼女に付き従って、共に木々に縛り付けられていた幼い少女らが、不安気にこちらを見つめている。だが、ヒメと呼ばれた少女は、大男の言葉にそれ以上、抗議する気にはなれないようだ。

 

『……そう、それで良い。誰の命でこのような目に合わされていたかは知らんが、案ずることはない。我らがお主らを守ろうぞ』

 

 大男はまた豪快に笑い飛ばす。

 

『……其方ら……何者か?』長い黒髪のヒメは恐る恐る訊ねる。

 

『見てのとおり、交易商だ。中原より、噂に名高き南江の都との、新たな交易路を求めて参った。儂は、蘇尤。年がら年中、水に浸かって働いているもんで、皆、"鯀"と呼んどるがな』

 

 ドヨドヨと周りの男衆らの囃し立てるような笑いが起きる。

 

『コ……ン……?』少女は、キョトンとして大男を見上げる。

 

『そう、鯀だ。"大魚"よ!』

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