神々の故郷 2
「タイムパラメーター、さらに下る!」
辛亥革命、列強の支配、太平天国の乱……南宋時代の繁栄、隋による運河の建設、三国時代の赤壁の戦い……<アマテラス>の航路には、次々と長江に刻まれた歴史が立ち現れては過ぎ去ってゆく。
「……約四千二百年前!」タイムパラメーターの変動が、急速に収まり始めたのを確認し、サニは報告した。ほぼ同時に、波動収束フィールドが何かを捉え、警告音を発する。
「前方に収束反応? <天仙娘娘>? ……違う? 反応エネルギー、急激に増大! 接触までおよそ六十カウント!」サニは、シートごと振り返り報告を上げ、カミラに指示を促す。
「シールド! 前方に集中!」
直人は、カミラの命に、咄嗟に反応するが、シールドが思うように形成されない。
「どうした、アムネリア⁉︎」
振り向いて、共にシールドのコントロール操作にあたる、アムネリアの光像に声を投げかける。だが、彼女はまるで答えようとしない。その姿は、硬直した人形のようだ。
『……人は大地から奪いすぎたのじゃ……それを返すとき……この大役……其方にしかつとまらぬ……』
「また! 誰なの⁉︎」音声変換された不気味な声に、サニは抗議の叫びを上げていた。
「アムネリア! シールドを! 早く!」カミラも、フォログラムに懸命に呼びかけるが、身動き一つない。
「⁉︎」カミラは、フォログラムの映像に、アムネリアとは異なる存在らしき像が、重なっていることに気づく。
次第にその像が、フォログラムの表に浮き上がってくる。長い黒髪を背中で結えた、簡素な貫頭衣を纏った少女だ。艶かしい光沢を持つ、玉器の耳飾りと、腕輪を身につけている。
『……受け入れる……天の嘆き、大地の怒りを……この身を捧げて……はぁああ……ああ‼︎……』
アムネリアが苦悶すると、黒髪の少女の像に折り重なって、今度はもう一人、絹地の透き通るような長衣、錫杖のような物を手にした少女の像が浮かび上がる。ちょうどアムネリアがしているように、茜色の髪を二房にわけ、肩の前で束ねている。
「アムネリア!」その姿を目にした直人は、なぜか、胸が潰れんばかりの感覚を覚えていた。
『……水泡より……生まれし我が身…………生まれ出でし時より、泡へと帰す……宿命……』
『……大地よ……天よ……どうか……』
フォログラムは目まぐるしく三者の像を入れ替わり映し出し、変容を繰り返す。
「アムネリア、しっかりしろ! アムネリア‼︎」
直人は呼びかけ続ける。そうしている間にも、モニターの中心が揺めき、何かの形を作り始めていた。
『……我が……名は……ラァ……ハム……ネィ…………根源へと誘う……ぁあああ! ……』
フォログラムはそれ以上、形を保てず、アムネリアの姿がブリッジから消えた。同時に、ブリッジ各モニターにシールド消失の警告メッセージが立ち、<アマテラス>を覆っていた水膜状のシールドが、一瞬のうちに船体表面から消滅する。
「しまった! シールドが!?」
「反応収束! 来ます‼︎」
<アマテラス>正面から、柱のような長く太い何かが姿を現す。徐々に形がはっきりしてくると、それが大蛇の首であるとすぐに判別できた。同じような首がさらに数頭、こちらを窺っている。
「コイツら⁉︎ まさか、[ヤマタノオロチ]⁉︎」
サニが口にするまでもなく、インナーノーツは、前回のミッションで対峙したエレメンタル[ヤマタノオロチ]を想起せざるをえない。
「いや、アレは人の想念が、[PSIボルテックス]に蓄積し、ボルテックスの力を得て強大化した、怨念の権化……それに比べ、コイツらは……」アランは解析途中のデータから推測した。
「まるで、人の気配を感じない……」
直人は、大蛇の瞳を真っ直ぐ見据えたまま呟く。
「純然なPSIボルテックス……ガイア・ソウルの片鱗とでも言うの⁉︎」カミラは、相手の出方を窺いながら、モニターの大蛇の群れを睨め付ける。
大蛇らは構わず首を持ち上げ、大口を開いて捕食の態勢に入っていた。
「やらせるかよ!」直人の隣で、ティムは、その場からの離脱を試みる。だが、彼の努力を裏切るように、ブリッジに響き伝わる機関駆動音が、活力を失っていく。
「チィ! どうなってやがる!」
「機関内圧低下! 行動不能!」懸命に船体の活動維持にあたるアランにも、どうすることもできない。
『……受け入れる……もう一度……地に根付く人として……大地の報いを……』
ブリッジに何度も音声変換される何者かの声。だが、インナーノーツに、その声を気にする余裕はない。
大蛇の頭達は、ぐんぐんと彼我の距離を詰めてくる。引き摺られて現れる、太い蛇体は果てしなく長い。
「化け物か、こいつら⁉︎」ティムは舌を巻く。
大蛇達は、身動きが取れないまま沈黙した<アマテラス>に巻き付くつもりであろう。
「くっ、第三PSIバリアに全エネルギー集中! 総員、ダイレクトリンク! 各自、支えろ‼︎」
インナーノーツは、各自の席に設けられたPSIリンクモジュールに手をかざし、意識を集中させる。もはや船体保護のためのPSIバリアを死守することのみが、船を守る唯一の手段であった。
……死ぬのは……嫌……
PSI-Linkシステムに接続した、直人の意識は、システムの奥底から湧き上がる熱を感じ取る。
……亜夢⁉︎ ……まさか⁉︎……
蛇の頭が一層迫る。
「インナーノーツ‼︎」ミッションを見守る東が、声を張り上げた瞬間、蛇首は皆、何かに引っ張られ突如、後退する。
波動収束フィールドのビジュアル構成が、新たな像を描き出す。どうやら、蛇首は、太い縄のようなものがかけられ、強い力で引っ張られているようだ。
インナーノーツらが、唖然と成り行きを見守っていると、正面モニターは突如、何かの影に覆われる。その影は、ずんぐりとした岩山のように見えた。




