墓標を超えて 2
「副長……隊長は……あれは、もしかして……」直人は、冷え切ったPSI-Linkモジュールに左手を添えたまま訊ねる。同調の中で触れたあの鉛のような感触は、まだ残っていた。
「ああ。俺は七年前、カミラとのPSIパルス同調を十分に果たせてはいなかったんだ……それが、この結果だ」
灰色に包まれた前方モニターの中央に佇む十字の墓標には、再びあの『逆さ山羊』の悪魔を作っていた黒々とした煙のようなものがまとわりついている。
「感じただろう、ナオ。あれは……あの十字架はカミラの『拒絶』なんだ」
アランが言い切った『拒絶』という言葉が、<アマテラス>の皆に重くのしかかってくる。それと同時に、直人はふと、腑に落ちる。カミラの心象世界に突入してから、尽く自分たちの干渉を跳ね除けて来たのも、この根底の『拒絶』がさせていたのかもしれないと。隊長は、全て、自分で抱え込むつもりなんだと。
「カミラは、あの十字架によって、自身の深層心理の底にトラウマと共に全てを封じ込めている。だが、今回のように、トラウマに通じる刺激があれば、封印からああやって悪魔が蘇り彼女を苦しめる。彼女の抱えた悪魔は、あの墓の下、彼女の深層無意識領域にいる!」アランは語気を強めて言い切った。
「そのことに、オレは薄々気づいていた……が、オレはカミラの『拒絶』を受け入れた。受け入れざるを得なかった。深層に触れず、寄り添い……悪魔はインナースペースのどこかにいるはずだと信じるカミラに、真実を語ることなく、共に悪魔探しをしていた。それで、彼女の心身を保てるならと……」
直人は、ハッとなる。そうだ、カミラは自分と一緒なのだと。直人もまた、四歳で急性PSIシンドロームを発症したが、それを救った直哉のことも、二十年前の世界同時多発地震の発端となってしまったことも、深層無意識の中に封じたまま、生きてきた。それを暴くことは、本人にとっても、関係する周りの人間にとっても、あまりにも重く、辛いことになりかねない。
「だが……カミラ。このままでは、お前の命に関わる! 寄り添うだけでは、お前を救えない‼︎」
意を決して、アランは顔を上げた。
「皆、手伝ってくれ!」<アマテラス>一同の視線が、アランに集まる。
「ティム、機関昇圧‼︎ エネルギーゲージ、最大へ! あの十字架に突入するぞ!」
「ま、マジっすか⁉︎」ティムは、目を見開いていた。PSIブラスターの斉射にもビクつかなかった十字架だ。そこに突入するというのか?
「大丈夫だ! 俺たちと、<アマテラス>ならいける!」
アランは力強く言うと、一同を見渡した。
「りょ、了解! ……ったく、柄にもなく熱くなっちゃって……けど。そういう副長、嫌いじゃないよ」「だな。よぅし、いっちょやりますか!」ティムとサニは、そう言いながら自席コンソールに向き直る。
「亜夢、直人。ファイヤーバードの突破力に賭ける。すぐに準備を!」アランは、亜夢と直人の顔をしっかり見つめて命じた。
「わかりました」直人はアランに頷いて答えると、亜夢の方を向く。不意に直人の視線と合ってしまった亜夢は、大きな丸い大きな瞳を動かせない。
「やろう、亜夢!」直人は、亜夢をしっかりと見据えて言った。亜夢の瞳の奥で、赤い小さな焔が揺れる。
「うん……うん! やろう! なおと‼︎ カミラを助けよう‼︎」亜夢の顔に、屈託ない笑顔が戻ってくるのを感じながら、直人は前を向いた。
「タンク解放、PSIパルス反応炉へ精製水強制注入開始!」
<アマテラス>の機関回転音が、船殻を通して伝わってくる。
「波動収束フィールド、最大補正! 目標、前方十字架状力場! 進路データ、解析よし! いけるわよ、ティム!」「おう! 機関良好、問題なし! いつでもどうぞ! 副長!」
「ナオ。誘導パルス放射、解除。<イシュタル>を解放してやれ」「えっ……わ、わかりました」
<アマテラス>下部の誘導パルス放射器が稼働を止め、格納されるのに呼応して、<イシュタル>のPSIバリアが揺らめく。
『ど、どういうことだ⁉︎ アラン副長?』空かさず、アディルが問いかけてくる。<イシュタル>の皆も、モニターの向こうから呆然とこちらを伺っている。
「これ以上は、オレたちに付き合う必要はない。今なら時空間転移で元のミッション時空に戻れるはずだ」
『なんだと。ここまで連れ回しておいて、お前』『冗談じゃねぇよ!』『おい、タリア⁉︎』
『皆も、見ただろ……カミラと、アタシの因縁を。このまま終わらせられたら、家族が浮かばれない。アタシには、知る権利があるはずだ! カミラの、もっと深いところを!』
『……というわけだ。悪いが最後まで着いていくぜ』
「わかった。好きにしろ。では行くぞ!」
「シールド位相変換! ファイヤーバード‼︎」
アランの発令に、直人と亜夢は同時にPSI-Linkシステムへと念を流し込む。<アマテラス>を覆う、水の羽衣のようなシールドは、忽ち火の気を帯び、二基の主機を覆う、球形外郭上に、あっという間に巨大な炎の翼を作り出す。<イシュタル>の一同がどよめいている。
「進路、前方十字状力場! <アマテラス>全速発進‼︎」
<アマテラス>後部二基のメインノズルが、機関に溜め込んでいた青白い光の塊を打ち出し突き進む。<アマテラス>を覆うシールドは激しく燃え上がりながら、神聖なる鳳凰を描き、その首先をまっすぐに十字架へと向けてゆく。
十字架に垂れ込めていた黒々としたモヤは、その中心付近に集まり、分厚い雲の壁となって、<アマテラス>の侵入を拒む。
「カミラ……何度、お前に拒まれようと! 俺は、踏み込む‼︎ 突入だ‼︎」
<アマテラス>は、その船首を十字架の中央部で戸愚呂を巻く暗雲へとめり込ませていった。




