逆さの山羊 7
フォログラムは、まるで粘土のように、全体的には楕円形の卵のような形を作り出す。次第にそこには、翼のようなもの、エンジンノズルのようなもの、アンテナなどが『艤装』されてゆく。その卵型の胴を、六基の大型シリンダー(PSI精製水タンク)が取り囲む。球体ユニットのほぼ全表面は、<アマテラス>のものと同型のPSIバリア発振器に覆われ、前面には三門からなるPSIブラスター(ちょうど、<アマテラス>片舷のものを、基部からそっくり取り出したような形状)のテストモジュールが組み付けてあった。
これが、アランの記憶に残っていたPSIブラスターテスト機なのだろう。機体表面の余白には、<Jung No.006>と表記されたシンプルな銘板が付けられていた。
年間、三機ほどしか生産できない貴重なユニットだから、大切に扱え、と言う、アランの記憶に残ったアルベルトの声が、音声変換に出力されている。
その間に、ブリッジモニターも、新たな像を描き出す。最初に浮かんできたのは、プラネタリウムのような全周モニターとなった部屋。インナーノーツの皆にも見覚えがある空間だ。IN-PSID本部地下にある、現在はインナーミッション訓練シミュレーターとして使われているその部屋は、当時は、モジュールテスト機の遠隔操作室として使用されていたようだ。
『余剰次元エントリーポート、PSI精製水注水完了! 電磁結界、全システム正常。ユング6号、PSIバリアの展開を始めてください』『了解した。PSIバリア展開! 原点時空間パラメータ、同期開始する』別の場所|(おそらくIMCであろう)にいる東の通信音声が聞こえ、アランと同室のアルベルトがそれに答えながら、制御コンソールに指を走らせる。
『ん、なんだ? 暇か? エントリーには、あと十分ほどかかるんでな。まあ、ゆっくりしててくれ。PSIブラスター以外は、全部こっちでやるから、大船に乗ったつもりで……って、まあ、テスト機はまだ小舟だがなぁ』
手持ち無沙汰そうな当時のアランを気遣ってなのか、はたまた沈黙を嫌ってか、アルベルトは、これから建造が予定されているPSIクラフト壱号船の計画を(機密にも関わらず……)ペラペラと喋っている。現在開発中のトランジッションカタパルトが完成すれば、カタパルトによる運動エネルギーを加えることで、エントリー時間をほぼ一瞬にまで、短縮できるということ。そして、最終的には友人探索艇となることで、PSIバリア、波動収束フィールド、そしてこのPSIブラスターは、最大限効果が引き出され、インナースペース深淵にまで探索の可能性を広げられることを得意げに語っていた。
「この頃から、変わんねぇんだなぁ。あのおやっさんは」ティムは、呆れずにはいられない。アルベルトは、ひたすら喋り続ける。
『ヴィクラムみたいね、この人』<イシュタル>との通信から、タリアがボソッと言うのが聞こえる。『えっ?』『確かに、そっくりだ』『え、えええ〜〜、私はこんな説明キャラなはずでは……』『いや、そうだろ』『はぁ。し、しかしですよ、我々説明キャラは、この複雑怪奇なインナーミッションの技術的背景をですね。わかりやすく、皆さんに伝えるという大事な使命が……』『皆さんって、誰だよ? なんなんだよ、その使命って?』クスクスと、<イシュタル>の方から笑みが溢れ始めている。ずっと張り詰めていた<イシュタル>の空気が変わり始めているのを、直人は感じていた。
……が、のんびりと談笑しているわけにもいかない。アランは、ため息ひとつこぼして言う。
「……アムネリア、同期時間軸を一時間ほど進めてくれ」『……わかりました……』
すると、モニターが映し出す周辺空間から、一気に緊張感を帯びてくる。遠隔操作室の様相は溶け込むように消え、そこは再び、あちこちで火の手の上がる戦場であるかのように見えた。だが、先ほどとは様子が違う。
「カミラ、お前の心は、いつもここにいて……あの時も……今も戦っているんだ。お前の、本当の敵と……」アランは呟きながら、さらに集中を深めていく。
「波動収束フィールド! 感度増大‼︎ ビジュアル構成率上昇‼︎」
火の手は勢いを増し、辺りを照らし出す。古風な洋館建築のホールを思わせる内観が映り込む。さらにビジュアルが安定してくると、美しいアンティーク調のホールの四方へと炎の蔦を伸ばす、火元らしい一面火の海と化した絨毯、そして、その先には大きな両階段が見えてくる。
なんなんだ、ここは! と驚きの声をあげるアルベルトの声音と、ティムの声が重なる。他の皆も、ただ息を呑み、目を見張るばかりだ。
「火……」目を見開いて、赤黒く燃え盛る炎を凝視する亜夢は、身体を戦慄かせていた。
「……この火……変……冷たい……」
両階段の踊り場付近に、不意にタロットカード『恋人』らしき図象が浮かび上がる。忽ち炎がカードに燃え移ると、描かれたアダムとイブの絵柄は、まるで法悦するかのような笑みを浮かべて燃え盛る。燃え残った天空の大天使が、そのまま『節制』のカードに変容するが、炎に煽られ中空高く舞い、絨毯の火の海に誘われるかのようにして飲み込まれていった。
そして……
『恋人』達の激しい燃焼が吐き出す煙が、あの形を作り出す。
それは何度も繰り返し現れる、『逆さ山羊』。あの姉妹のタロット占いが引き当てた、『悪魔』だというのか——
「ニコラス‼︎」
キャプテンシートのアランと、音声変換から聞こえてくる、記憶のアランの声が唱和したその時。
「ブラスターが⁉︎」直人が声をあげる。ようやく、無言を貫いていたPSIブラスターへ、エネルギーがチャージされていく。




