第142話 円卓の魂(前編)
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「銀剣?」
アストリアは北の街で鍛冶師をしていたドリネーと再会していた。
1度別れた仲間を捜すのは、難しいと思われたが、残念ながら第9層には人の行き来がほとんどない。しかも、ドワーフで新米の鍛冶師となれば、情報も絞られてくる。
加えて、アストリアは今、剣帝を倒すための準備期間にあり、1人の鍛冶師を捜すには十分時間があった。
別れた時には今生の別れと思って送り出したが、7日とかからず再会する。
仲間の顔を見た時、ドリネーは眉を顰めたが、工房に通してくれた。
アストリアが伝え忘れていた聖剣エアリーズの強化案を伝えると、今度は顔をしかめる。
「いきなりやってきたと思ったら、聖剣を銀剣にしろだと?」
「ドリネーならできるだろう?」
「やれと言われればな。ただ銀剣は……」
「魔法との相性はよくても、脆くかつ曲がりやすい。だからドリネーに頼んでいる」
「お前……」
「ドリネーなら今の硬度、切れ味を維持しつつ、銀剣を作れるとな」
アストリアは乗り出し、ドリネーを睨む。
目の前の少女の二倍以上も年の差がある鍛冶師は口を噤んだ。
ドリネーとて負い目がないわけではない。
鍛冶師としての矜恃を全うしたい――みたいなことを言っても、仲間のことは気になっている。それを全部丸投げして、今目の前のアストリアに託したのだから、当然だ。
そもそも聖剣を修理するのは、その罪滅ぼしの一環でもあった。
「わかった」
「……ありがとう、ドリネー」
頭の鉄兜を押さえ、降参するドリネーを見て、アストリアもまた頭を下げた。
「お前さんに脅される日が来るとはな」
「人聞きの悪いことをいうな。私はお前に最高のものを作ってほしいと思っただけか」
「男でもできたか?」
ぽつりと言ったドリネーの言葉を聞いて、アストリアはピンと背筋を伸ばす。
「まさかあのユーリとかいう……」
「ゆゆゆ、ユーリは関係ない! そもそもなんで今の話の流れで、男女の話になるのだ?」
「正義感と、責任感の塊みたいなお前が、随分とやわらかい表情をしているから不思議に思っただけだ」
「……。私は変わったか?」
「ああ……」
アストリアは椅子に座り直す。
差し出された湯飲みがすっかり冷めていた。
しばし返答に窮したものの、膝に置いた手に力を込め、アストリアは言った。
「『円卓』と別れたからだと思う」
アストリアは『円卓』では、1本の剣だった。
それが求められた役割であり、アストリアも甘んじていた。
そういう自分に仲間たちは満足していたし、うまく『円卓』は回っていた。
「でも1人になってわかった。私が1本の剣であるために、どれだけ仲間たちが私のために身を尽くしてくれていたかを……。支えられていたかを……。むろん感謝を忘れていたわけではない。しかし、1人になってみると、私には色んなことが足りていなかったのだな…………とつくづく思ったのだ。ほんと、それだけなんだよ」
「……ふん。ようやくわしらのありがたみがわかったか」
ふん、とドリネーは小さく鼻で息を吐く。
やや無愛想な反応を見て、アストリアは眉をぴくり動かす。
どういうことだ、と再び前のめりになったところで、先にドリネーが口を開いた。
「わしも一緒だ。お前の存在を今ほどありがたく思ったことはない。……お前だけじゃない。ゲヴェイムも、アラムも、そしてダイムシャットもな。なくなってみて、初めてわかるとはこのことだ」
「『円卓』はまだ終わってないぞ、ドリネー」
アストリアは自分の胸を叩いた。
「我々が最初の全層踏破者となる――あの誓いはまだここにある。私が死なない限り、『円卓』のメンバーが歩みを止めない限り、『円卓』は、いや『円卓』の魂は終わらぬよ、ドリネー」
『円卓』はもう空中分解の最中にある。
ドリネーも理解していたし、アストリアも心の奥底では理解していた。
ダイムシャットは裏切り、アラムもすでに精神が崩壊しつつある。ドリネーも抜けた。
【仮面舞踏】の最中にあるゲヴェイムも、すでに闇に呑まれているかもしれない。
それでもアストリアは前を向き、『円卓』の終焉を否定する。
ドリネーはそう思わない。
だから、少し顔を伏せた。
「やはりアストリアは、アストリアだな」
と、最後に呟くのだった。









