意外な再会
「ささ、入ってくれたまえ」
オドフロスキィは黒ひげの下から白い歯を見せつつ、休憩室へと私たちを招く。
中はかなり広い。部屋は全部が木で作られていて、手前側の壁際には緑の丸椅子が、奥側には茶色のソファと丸いテーブルが並べ立てられている。天井には回転する羽根、そして黄色っぽい明かりが煌々と灯っていた。悪くない雰囲気である。
「どこでも好きな席を使っていいぞ」
「じゃあ私あそこ! リエルお姉ちゃんもおいでよ!」
イダテンコが奥のソファの一つへと招く。私は「うん」だか「ええ」だか曖昧な返事をして、彼女に連れられるがままにソファの一つへと腰掛けた。腰がずずっと沈み込む。恐ろしく柔らかい素材でできているようだ。
後を追ってモルトヴァが向かいのソファへ座る。細く長い足を組み、光沢のある革靴が露出した。そして、私たち三人の合間に最も大柄なオドフロスキィが陽気に現れ、テーブルに手をつく。
「んふふ、何か飲みたいものがあれば出すぞ? あ、架空のものは無しな」
なにやら意味深なことを付け足すオドフロスキィ。そこに疑問を感じる前に、イダテンコが答えた。
「サバナエールがいい!」
「お安い御用」
両手を交差させ、回転させる。オドフロスキィの右手にはいつの間にかサバナエールのグラスが握られていた。瑞々しい草原が揺蕩う。
「ささ、どうぞ、イダテンコ嬢。キンキンに冷えたサバナエールですよー?」
「わーい!」
イダテンコは漫画をソファと腿の間に挟み、サバナエールを受け取った。
まるで手品だ。だが、召喚され師たるものただの手品なはずがない。きっとこれはオドフロスキィのスキルなのだろう。その詳細は分からないが、きっと何もないところから物を取り出す、そんな感じのものに違いない。
オドフロスキィは呆気にとられたまま考え込んでいる私へも注文を募る。
「リエル=トルフ嬢は何が良いでございますかなあ?」
「あ、ああ、私は……」
架空のもの以外なんでも良いのなら……私の故郷のものも出せたりするのだろうか。ちょっとした悪戯心もあり、私はその名をさも当然のように告げた。
「ティンダーローズのお茶が飲みたいです」
「ほっ! ほほう、ティンダーローズ茶ですか……」
首をかしげる仕草を見せるオドフロスキィ。やはり困っているようだ。私はなるべく表情に出さないまま、しめしめと笑う。彼の悪戯へのちょっとした仕返しだ。
と、オドフロスキィが再び手を交差させ、回転させる。その両手にはそれぞれトレイが乗せられており、茶を湛えた白いティーカップが五つ湯気をあげていた。
「俺が知る限り、ティンダーローズという名の茶はこの五種類だ。お望みのものはあるかね?」
「えっ、ええ……」
全く同じ名前のものが五つ? 困惑しながらもそれぞれの内容物を見ると、一つだけ明らかに澄んだ紫色のものがあった。私が知っているディンダーローズ茶はこれだけだ。
「あ、あの、これです」
「お! あったか! んふふ、良かった良かった。ではどうぞ、お受け取りくださいませ……」
オドフロスキィは屈み込み、その茶を差し出す。受け取ってその香りを嗅ぐ。鼻を通り抜けると、目の奥が涼しくなるような感覚を覚えた。私の知るティンダーローズで間違いない。
まさか本当に出てくるとは思わなかったなあ……懐かしい味を楽しみながら、モルトヴァと会話するオドフロスキィの背中を眺めた。
「さて、ではそろそろ本題に入らせて貰おうか」
モルトヴァが私たちへ向けて口を開く。彼の手にはコーヒーらしきものが入ったカップが湯気を立てている。
「まず、紹介しよう。この男こそが《記憶創造》オドフロスキィ。召喚ギルドのアイテム製造を一手に引き受ける職人であると共に、スオウ級召喚され師の一人でもある」
「ご大層な説明なんていらんよ、照れるだろ」
オドフロスキィは片手で頭頂部を掻きながらニヤける。
この男もスオウ級だと。そういえば随分前に、フラマーという名の魔術師に、それらしきことを説明されていたような気が……しないでもない。もううろ覚えだ。
それにしても、目の前のこのスオウ級召喚され師は随分気さくである。
私の知っている限り、スオウ級と明言されたヒクイドリ、それから多分同等の位であるクローディアスも、物凄く取っ付きにくい相手だった。ようやくまともに話せるスオウ級と出会えたという訳か。
「この方も最上級の召喚され師なんですね……いったいどれぐらい居るんでしょう、スオウ級の召喚され師って」
「七人いるよ。七人」
腕組みをし、歯を見せながら答えるオドフロスキィ。
「この俺と、あと六人さ」
彼は一人一人名を上げた。
《精神習合》ヒクイドリ。
《憑依進化》レヴォストロ。
《完全無敵》ナローディク。
《活線想話》ディスナート。
《煌輝閃烈》ルナシス。
そして最後は……。
「《旋風剣》クローディアス。この七人が所謂スオウと呼ばれる召喚され師だな。驚くほど気難しい奴ばっかりさ」
やっぱり。やっぱりクローディアスはスオウ級の召喚され師だったのだ。あの日の圧倒的な光景が再び視界に浮かび、自分がやった訳でもないのに私は思わず顔を綻ばせた。
「よかった……クローディアスさんって、スオウ級の召喚され師だったんだ……」
「んふふ。ウツロ生まれの召喚され師で、初めて出会った召喚され師がスオウ級のクローディアスだなんてなあ。おまけにカオスヘクスとまで出くわたというじゃないか。リエル=トルフ、お前は本当に特別な存在と言える」
私は彼と出会った結果、図らずも召喚され師となった。その経緯すらもこの男は既に知っているようだ。いったいどこから情報を仕入れたのかも知りたいところではあるが、それ以上に私はクローディアスのことについて聞きたかった。
「あの、オドフロスキィさん。もしよければ、クローディアスさんがどんな人なのか教えて欲しいです」
「ではまず、君の第一印象を教えてくれるかね?」
私の質問に質問で返し、にんまり笑ってみせるオドフロスキィ。取り敢えず素直に答えることにした。
「えっと……すごく身長が高くて、黒ずくめの服で、仕事熱心で、それから他人にはあまり気を払わない……魔動像みたいな人でした」
「ゴーレム! ゴーレムか! わははははっ!」
オドフロスキィは物凄い大声で笑い飛ばす。
「だいたい合ってるよ、それで。あの男はそういう性格だ」
そう言って右手を振る。その手には琥珀色のビールらしきものが入ったグラスが握られている。ごく、ごく、と音を立てて飲み干すオドフロスキィ。空になったグラスをテーブルに置くと、ぐっと身を乗り出してきた。
「あいつは召喚され師でも相当に古参の一人でな。レヴォストロ、ナローディクと並んで最古の三人よ。その頃から全く休まず、仕事にご執心らしいぜえ? 驚くべき精神力と言えるな」
「そ、そうなんですか」
オドフロスキィはシャツの胸元を掴んで扇ぐ。私は特に何も感じていないのだが、彼は少し暑がっているように見えた。
「さっきも言ったが、スオウ級なんてロクでもない性格の奴ばかりよ。ウツロの生き物を食い散らかすヒクイドリやレヴォストロ、何百年も同じ世界に居座るナローディク、それから……」
「オドフロスキィ」
モルトヴァが睨む。彼の前には空になったカップが置かれていた。
「おっとっと。悪い悪い、雑談し過ぎたな。どうぞ」
バツの悪そうな顔をして背もたれに寄りかかるオドフロスキィ。モルトヴァは眼鏡をかけ直し、わざとらしくため息をついた。
「さて……当方はこの三ヶ月間、独自に研究を進めていた。リエル=トルフ。お前の《過剰治癒》についてだ」
「わ、私ですか?」
モルトヴァは大きく頷く。
「ほぼあらゆる傷を自他問わず治癒可能ではあるが、治療速度と対象の数に大幅な難点がある。出会った当初はそのような貧弱な面しか見せていなかった。だが、土壇場でお前のスキルは本来の能力を垣間見せた」
本来の能力というと……治療不可能と思われた、破壊された魂を見事に治癒させた、あれのことだろうか。
「まず、魂の治癒。カオスヘクスに魂を破壊され、死は免れないと思われたイダテンコを完全に治療してみせた。一切の前例がない、驚くべき効果のスキルである。それからもう一つ」
もう一つ。それは……なんだっけ。三ヶ月も前だとよく覚えていない。他に何か目立つことをやっていたような気はしないのだが。
「それは、治癒対象のスキルの発展。彼女のスキルをその身に受けたイダテンコは、異常なほどまでに高い戦闘能力を発揮してみせた。スオウ級のヒクイドリには遠く及ばなかったものの、カオスヘクスを瀕死の状態まで追い詰めた」
そういえばそんなことがあったっけ。青い電流を無意識のうちに走らせるイダテンコの姿が一瞬脳裏をよぎる。そして、彼女の四肢が消えかけた異常事態のことも。なんで忘れていたんだろう。
ちらりと隣に目をやると、イダテンコは漫画を読んで笑みを浮かべていた。
気にする素振りもないイダテンコの姿を見てちょっとだけ安心したが、いやなことを思い出したことで、私の心臓はばくばくと脈打ち始めた。顔色も悪くなっていそうなものだが、モルトヴァは気にも留めず話を続ける。
「魂の完全な治癒。他者の能力の覚醒。当方のデータベースをどれだけ探っても、似たような効果を持つスキルは一切発見できなかった。つまり、現状前例のない稀なスキルである」
モルトヴァは咳払いをする。
「そこで当方はある仮定を立てた……ウツロ生まれの召喚され師は、稀なスキルを得るのではないか、と。これを確かめるにはサンプルが非常に少なかった」
それもそうだろう。前にギルドに行った時は、誰もウツロ生まれの召喚され師など知らなかったのだから。
だが、次に彼の発した言葉は予想外の内容だった。
「お前と同じ出自を持つ召喚され師は、お前を除き僅か一名のみである」
「え……!」
まさか。私以外にも居るのか、ウツロ世界で生まれた召喚され師が。
気が逸った私は、杖を蹴倒しながら立ち上がる。
「だ、誰なんですか、それは!?」
「ふむ。対面した方が早かろう。呼んでくれ、オドフロスキィ」
「おう、待ってくれや……おーい、もう来て良いぞ!」
オドフロスキィは手持ちのギルドリングに向かって喋る。
ほどなくして、休憩室の扉が開いた。私が目をやると──。
「あらまあ、なんとなく予想はしていたけれど」
輝くような金色の美しい髪。燃えるような橙色の鋭い目。赤い紋様が刻まれ、胸元が丸く開いた軽鎧。私はその姿に見覚えがあった。目にしたものが信じられず、口をあんぐりと開く。
「あはは、『お医者様』のリエルじゃない」
いくら快活に笑ったって忘れるものか、この嫌味な目つきを。
ガーネ=トット・クー・マイニュカッセ。
彼女がもう一人のウツロ生まれの召喚され師だった。




