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召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
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峡谷図書館

 イダテンコは山岳地帯の麓にいた。直径が私の身長より大きそうな倒木の上へ腰掛け、いつもより優しげな笑みを見せている。


「おかえりー、リエルお姉ちゃん」


 そう言ってぴょんと跳ね降りるイダテンコ。そして、彼女はニコニコしたまま私の周りをぐるぐる回った。吐く息がゆらゆらと立ち上る。


「ど、どうしたのテンコ?」

「ん? ふふふ、別に」


 イダテンコは楽しげに笑うばかりだ。

 きっとジルグと抱き合っているところを遠目に見たんだろうな、というのは予想がつく。それがどうしてこんな反応になるのかはちょっとよく分からないが。


「じゃあ……テンコ。ちょっといいかな」

「なに?」


 私の呼びかけを聞いてイダテンコが寄ってくる。その小さな体を私はそっと抱きしめた。


「わっ」


 一瞬驚くイダテンコだったが、特に嫌がる素振りはない。黙って私のするがままに任せている。


「たまにはちゃんとお礼を言わせて欲しいの。私が戦えないばっかりに、戦いはいつも任せっきりだし、そのせいで傷を負うのはいつも貴女だから……だからね、ありがとう、テンコ。貴女のお陰で私は召喚され師でいられるんだと思う」


 指先で彼女の頭を撫でる。私を見上げる大きな目にリング状の月が光っていた。


「うん」


 小さな返事。

 それから少しして、私はイダテンコを解放した。彼女は気恥ずかしそうに視線を逸らしている。その様子を見ていたら、私も何だか恥ずかしくなってしまった。


「そ、それじゃあテンコ、行こうか」

「……うん、そうだね」


 最後に一目と、私は遠くのゾルドの街を眺める。


 ここから見えるのは再建途中の北側と神殿のみ。それでも街の明かりは煌々と灯っているし、北門の青い光も薄っすら見えている。きっと良い街になるだろう。根拠は全く無いが、そう思っていた方が気軽に旅立てるというものだ。


 イダテンコにリングを外してもらう。そして帰還するための操作を行ったところで、私はモルトヴァとの約束のことを思い出した。


「モルトヴァは図書館へ来て欲しいって言ったんだっけ」

「え? そうなの?」


 そもそもイダテンコは覚えていなさそうだった。そういえば彼女は体調が悪かったのだっけ? 三ヶ月も前のことだから、そもそもイダテンコがモルトヴァとの会話の場に居たかどうかも曖昧だ。


「うん。多分この施設一覧のどこかにあると思うんだけど……」


 私は杖で表示を動かし続ける。どこそこギルド、なんたら港、なになに街──そんな地名の中に、一つだけ図書館を発見した。


 峡谷図書館。


「そうだ! 峡谷図書館って言ってたんだった。ここに行こう、テンコ!」

「えーと、ちょっと待って……峡谷、きょーこく……あった!」


 イダテンコもなんとか発見できたようだ。私たちは目配せして頷き、ほぼ同時にその地名に触れた。


 青い光の奔流が立ち上り、それが消える。視界が図書館をはっきり捉えた。


「こ……これが図書館?」

「うひゃー」


 私たちは呆気にとられた。


 視界の両端には巨大な壁。それが遠く遠く、霞みがかった先の先まで続いている。壁にはびっしりと本棚が並び、それらには色とりどりの書物がみっしりと並んでいる。ざっと見た感じ、欠けた部分は一つも無かった。


 見上げると、本棚はどこまでも上へ続いている。まばらに階段や連絡路があり、左右の本棚を繋いでいるようだ。そして、空と思われる青色が一本の線となって頭上に横たわっていた。


 なるほど。確かにここは峡谷図書館である。一目見るだけで分かる圧倒的な説得力があった。


「……で、どうしたらいいのかな?」

「さー、分かんないよ」


 まあ、モルトヴァじゃないんだから、聞いたところで分かるはずもないよね……と思っている間に、イダテンコは左側の本棚に駆け寄っていた。


「んー、なんか難しそうな本ばっかだなー。漫画とか無いのかなー?」

「ま、漫画?」

「絵が一杯ある本だよ! あったら面白いのになー」


 そう言う間にも漫画とやらを探すイダテンコ。明らかにスキルを使っており、猛スピードで上下左右の本棚間を駆け回っている。


 私も本棚の本を一冊抜き出してみた。タイトルは『ウツロ世界の文化研究・第二千五百八十八巻』。明らかに続き物の題名だし、この巻数をいちいち読むつもりにもならない。パラパラと捲った後、元あった場所に戻す。


 その時、すぐ隣で声がした。


「何かお探し?」

「ひっ!」


 私は一気に本棚二つ分は飛び退いた。先ほどまで立っていた場所には一人の大柄な男が立っている。


 墨を塗ったように黒い肌。顎と口元を覆うごわごわの黒い髭。白い無地のシャツと青いボロボロのパンツ。赤っぽい反射光を放つ眼鏡。

 その長い黒髪は幾つかの房に分けられ、それぞれ複雑に編まれ結ばれていた。


 なんとも奇妙な格好の男だ。


「あー、スマンスマン! 驚かせるつもりじゃなかったんだ」


 男はペコペコ謝りながら私へ歩み寄ってくる。多分彼も召喚され師だろう。左手にはギルドリングが嵌まっているのが見えた。


「い、いや、私が驚き過ぎただけです、ごめんなさい」


 私からも謝っていると、すぐ隣にイダテンコが降り立つ気配があった。手には本が一冊抱えられている。


「ねえねえ、ここの本って持ち出して良いのかな! 私これ読みたい!」


 満面の笑みで派手な表紙を見せつけるイダテンコ。どうやらこれが漫画という種類の本らしい。古い紙の匂いが鼻をくすぐった。


「持ち出しはダメなルールだ。ここで読んでくれよな、イダテンコ」

「え? えっ? 私の名前知ってるの?」


 男はうんうんと頷いてみせる。


「ギルドメンバーは把握してる。このギルドリングでな! ふはは!」


 高々と掲げられたギルドリングが煌めいた。


 この男があのモルトヴァの関係者にはとても見えない。峡谷図書館の司書か何かだろうか? 一応聞いてはみよう。


「あの……私、モルトヴァさんに会いに来たんです。彼とはここで……ええっと、オドフロスキィ? という人と会う約束になっていまして」

「うむうむ! 把握しているぞ、リエル=トルフ・クー・アザストリ! 俺様が連れてってやろう!」


 私のフルネームを叫び、黒肌の男は白い歯を剥き出して笑った。


「では着いて来るがいい。道中、退屈しのぎに図書館の解説もしてやろう!」


 言うが早いか早歩きで動き出す男。私はその後を追い、背後にはイダテンコが歩く気配が続く。ちらっと振り返ると、イダテンコは漫画を読みふけっていた。


「まず、この峡谷図書館は南北三百キロ、上下二キロに渡って広がる超巨大図書館である! 今歩いている場所はウツロ世界の文化に関する研究を収めた書庫だ! ここの本を読むだけでウツロ世界に詳しくなれちまうんだ!」


 そうなんだ……ちょっと広すぎる。

 こんな場所を管理できる者は居ないだろう。もしも居たとすれば、それは稀代の大天才だ。きっと私とは比べ物にならないほどの人間に違いない。


「ちなみに今イダテンコ嬢が読んでいるのは、ここから北へ四十キロ地点辺りの漫画本コーナーの物だ! それは四巻だから、後で全十六巻読むことをオススメしよう!」


 驚いた。この男、こんな異様な見た目なのに詳しい。ひょっとしたら、この司書らしき男が全てを管理する天才その人なのか?

 その様子に気がついたのか、男は私のことを見て笑う。


「俺はギルドリングに拡張機能を付けていてね。その本が何処の本棚の物か、どんなジャンルの本か、そういったもの表示するようにしているのさ。便利だろう!」


 ああ、そうでしたか……つまり、その拡張機能を付けたギルドリングさえあれば同じ芸当ができるということか。私は拍子抜けして小さく溜息をついた。


 男は近くにあった階段を登る。登る登る。どこまでも登る。谷底はどんどん遠くなっていく。いったいどこまで登るんだ。


 何階登ったのかも分からなくなったその時、ようやく男が手を指し示した。


「あそこが峡谷図書館の中央休憩室な。ほれ、モルトヴァも待ってるだろう?」


 その部分だけ本棚がない。あるのは縦横に本棚三つ分はある円形の紋様。緑色に塗装された両開きの扉。

 そして、そこの前には確かにモルトヴァが立っていた。緑色の短髪に黒縁眼鏡、白い薄手ローブだ。見間違うはずもない。


「あ、ほんとだ……あ、ありがとうございました」


 私が小さく頭を下げて礼を言うと、男はちょっと照れくさそうに笑った。


「いいっていいって! これも俺の役目だからよう」


 その時、モルトヴァがこちらに気付いた。眼鏡が一瞬光り、鋭い目がその奥で輝いている。


「ようやく来たか、リエル=トルフ。久しぶりだな」

「こ、こんにちは、モルトヴァさん」

「久しぶりー、モルトヴァ」


 私たちは挨拶を交わす。もちろんモルトヴァはその真顔を崩さない。前は僅かに冗談も言っていた気がするのだが、やっぱりこの男は苦手だ。


「えっと、オドフロスキィという人に会わせてくれる、そんな話でしたよね」

「ん?」


 モルトヴァは首をかしげる。おかしいな、名前を間違えたか? あれだけ厳格な彼が約束を忘れるとも思えないし、ミスがあるとしたら私だ。


「あ、あの、私何か間違えて……」

「なるほどな」


 一人納得したように頷き、モルトヴァは眼鏡をかけ直す。


「冗談はその辺で止めておけ、オドフロスキィ。当方は真面目だ」

「え?」


 私は一瞬彼の言葉を理解できず、目を瞬かせる。そして、ゆっくりと振り向いた。


「んふふ……悪い悪い、新人をからかって悪かったよ」


 男は肩を震わせて笑っている。眼鏡の隙間から覗いた青い目。その瞳孔に刻まれた魔法陣がキラリと光った。

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