再建へ向けて一言
「うわっ」
一階の南側扉を押し開けると、通りには見渡す限り人垣ができていた。一斉に私へ向けられた視線に気圧され、慌てて扉を閉じる。
「うわわわ……」
部屋の壁にもたれかかり、深く深く深呼吸をする。吐く息が震えているのが分かった。
まずいなあ。絶対上手く喋れないぞ、私。
「安請け合いするんじゃなかったなあ……」
召喚され師のような超常的存在になったところで、精神面は結局一人の人間だ。人と言葉で接しようとする時、その弱点が出てしまう。
思えばクローディアスも口下手だった。ヒクイドリやモルトヴァなんかも概ねそう。彼らはあれほど圧倒的な実力を持っていながら、人間としては落第点といってもいい。むしろ、ガジンの召喚され師の方が人間的にはまともだ。
だから私も大丈夫。
「……とはいかないよねえ。はあ」
あの老人との約束を反故にする訳にはいかないが、あれほど多くの人の前に出て私なんかが上手く喋れるはずがない。絶対失言するぞ。
でも……ログ。エリ。飢えから解放された二人の笑顔が一瞬思い返される。
大丈夫。切っ掛けはモルトヴァへの対抗心だったとしても、彼らのためを思えばきっと頑張れる。頑張れるはずだ。頑張らなくちゃいけないんだ。
自己暗示をかけ、魔法杖を床に一突き、二突き。
「よおし、やるぞ」
気合いを入れて息を吐く。もう震えてはいない。
再び扉を開いた。集まる視線には最早動じない。
「えー、皆さん! 私は召喚され師です!」
騒めきが少し静かになった気がする。私に注目している。次の発言を待っているぞ。考えろ考えろ、そして努めて冷静に発言しろ。
「えー、今回は、魔物の退治の為に召喚されました! 魔物は退治されたので、もう怯える必要はありません! 安心してください!」
にわかに騒めきが大きくなる。
「い、いきなり現れて何言ってんだ、あんた!」
「神官様はどこなんだ!」
「召喚ってなんだ、お前は誰なんだ!」
「この建物なんなの!」
口々に好き勝手叫ぶ人々。何から説明すべきだ。
「えーと、えー……ヴリードたち神官の人々は死にました!」
騒ついていた人々が一斉に凍りついた。
しまった。説明する順番を間違えた。これはもっと後に言うべきだったのだ。市民の表情の微妙さに血の気が引く。
この場を言い繕う言葉が思い浮かばず目を白黒させていると、誰かの会話がたまたま耳に入った。
「ヴリードって、あの北側市民粛清した奴じゃないっけ……」
「でも、必要なことだって言ってたよね……」
「いつも街のことを第一に考えていたからだろ……」
ヴリードの悪行自体は彼らにも伝わっているようだ。だが、彼のことを悪く思っていない人も混じっているように思える。その割合は分からないが、ここで下手を打つと一気に分かり合えなくなってしまうかもしれない。それだけはどうしても避けなくては。
慎重に言葉を選ぼう。ヴリードを悪の根源としつつも、彼を必要以上悪くは言わない。そんな言葉が欲しい。正直、対面した身としては、アイツを絶対悪として扱いたいところなのだが、今は我慢だ。どうせ私は長く居れない人間なのだから。
まず、カオスヘクスは魔物の王とする。正確には全く違うと思うが、ウツロの人々にとっては似たような存在だろう。
次に、ヴリードはそれに支配された哀れな傀儡であったことにする。これも概ね合っている。途中までは共謀していたように見えたが、結局彼は始末されかけていた。体のいい捨て駒扱いである。
そして、私たちは彼を倒し、この街の問題を解決した。だから協力して欲しいし、こちらからも協力させて欲しい。
よし、これで行こう!
「ヴリードは魔物に支配されていました! 彼は図らずも魔物の王に仕立て上げられ、密かにこの街で君臨していたのです! 神殿に居た多くの人々が犠牲となってしまいましたが、彼らの死は無駄ではありません! この街の自由のために散ったのです!」
反応は鈍い。私が誰か分からないというのが大きそうだ。それともこの説明は突拍子のないものだっただろうか。うーむ、あの老人が横に居てくれればまた違うのだろうが。くそう、着いて来て貰えば良かった。
「いきなりそんな事言われても分かんねえよ! 証拠出せ証拠!」
うっ、野次が飛んできた。発言主は太った髭面の男。顔だけしか見えていないが、いかにも粗暴そうで嫌になる。
しかし、証拠が無ければ信用に足らぬというのもまた事実。何か、証拠が……その時、私の脳裏にあの赤子の姿が映った。
「ちょ、ちょっと待ってて下さい!」
私は後ろの扉を開け、室内に杖を置いて、北側の廃墟へと出た。しばらくまっすぐ走れば見つかるはず。
そしてすぐに、私は瓦礫の上に落ちているヴリードの死体を発見した。ヒクイドリのスキルと思われる何かで殺された、あの時から一切変わっていない。一応足で軽くつついて確かめてみたが、赤子は白目を剥いたまま完全に事切れていた。
これを持っていけば信用してくれる、多分。顔は完全にヴリードだし。触れるのは嫌だが、この際しょうがない。首をむんずと掴み、駆け出した。
帰還すると、早速南側の扉を開けて死体をかざして見せる。
「これが証拠です。ヴリードの顔をした赤子の亡骸。彼は魔物に利用され、このような姿にされてしまったのです!」
死体を見て軽い悲鳴や怒号が起こったが、意外にも反応の大半は困惑した民の囁きだった。
「あ、あれが……?」
「冗談だろ……」
「もっとよく見て下さい! 顔は完全に神官のヴリードですよ! 確認して下さい! 確かめて下さい!」
私は人々の近くまで移動し、まじまじとその死体を見せる。ある者は狼狽し、ある者は興味深そうに見つめ、またある者は見た物を理解した瞬間顔を伏せた。
反応は様々だったが、文句の声は徐々に小さく消えていった。ヴリードが顔だけそのままで本当に助かった。これがもし、あの肉塊神官どものように顔のない化け物だったら、証拠の用意はより困難になっていただろう。
「これで納得していただけたものと思います。魔物に支配され、このような醜い姿にされ、最期には魔物の王に捨てられました。彼の行った市民の粛清は、全て魔物の王によるものだったのです!」
死体という動かぬ物証を見せられた為か、人々の意見が若干私に好意的になってきたと感じる。少なくとも、近くのはっきり顔が見える人々は、ある程度納得したような表情を見せていた。
「そ、それで、あんたは一体誰なんだ? 冒険者か?」
「いいえ、召喚され師というものです。神官の方々に召喚され、魔物を退治するよう依頼を受けました」
発言した男も、私の言葉を聞いた人々も、怪訝そうな表情で顔を見合わせる。
「なんだ、召喚って。冒険者とどう違うんだ」
ああ、そういえば、この世界の人々は召喚され師について疎いんだった。神殿を守っていた兵士も、召喚され師については全く知らない様子だったのを思い出す。
「え、えー、召喚され師というのは、ハブ世界、つまり異世界から、ウツロ世界、つまりこの世界の召喚に応えて、えー、召喚されるというもので、えー、ええ、ええと……」
うん。全然伝わらないな、これ。彼らの表情を見ずとも、自分が下手くそな説明をしていることは既に理解している。
一つ、咳払い。
「要するに、遠い国から来た冒険者です」
まあ真実ではないのだが、このような表現が彼らには一番分かりやすいだろう。見よ、あの人々の納得したような頷きを。最初からこう言っとけば良かった。
「なんだ、冒険者なら早く言ってくれよ。訳分かんねえ専門用語ベラベラ喋りやがって」
うう、ごめんなさいね、説明が下手で。
そんな事を考えながら私は苦笑いを浮かべる。
「この建物は私の仲間が魔法で建てたものです。彼はもう旅立ってしまいましたが、これを神殿の代わりとして使っても良い、とのことでした。もしあなた達が賛成してくれば、の話ですが」
別にそんなことは言ってないんだけどね。
人々は特に賛も否も示さず、黙って私の次の言葉を待っている。最後は、私の協力の意思を見せよう。
「私ともう一人の仲間はまだしばらくここに残るつもりでいます。怪我人や病人の治療、北側の街の再建といったことに協力できればと考えております。宜しいでしょうか、皆さん」
目立った反論はないが、特に歓喜の声をあげるわけでもない。人々は互いの顔を見たり、私の顔を見たり、黒い建築を眺めたりしている。
ううん、ここはもっとこう、なんか反応があるものだと思っていた。ここまで静かだと私の発言に不備があったように感じる。
いや、実際あったのではないか? 自分が口下手だから分かっていないだけで、実はメチャクチャなことを言っていたりして……。
その時、人々の中から一人の青年が歩み出てきた。若干赤っぽい黒髪を生やした、身長の高い若者。大きな瞳には燃えるような赤い輝きが灯っている。なかなか良い顔立ちだ。
彼は振り返り、人々に呼びかけた。
「みんな、この方の協力を受け入れようじゃないか! 俺たちのゾルドを、かつての街をまたここに建てよう!」
一瞬の静寂。
わっ、と歓声が上がった。
嘘でしょ。大したこと言ってないじゃん。見てくれがカッコいいから大衆に受けたのか? いやそれとも、ひょっとしてこの男、この街では顔が利いたりするのか。それなら彼らの反応も納得が行くけど。
青年は再び私に向き直り、右手を差し出した。握手の姿勢だろう。私は手にしていたヴリードの死体をそっと地面に下ろし、ローブで手を拭う。
「僕はジルグといいます。宜しければ貴女のお名前を」
「え、ええ、あー、私の名前はリエル=トルフです」
「リエル……リエル=トルフ。承知致しました」
ジルグは私の手を取り、民衆に向けてその握手する様を見せつける。
「この方はリエル=トルフという名の方だ! 街を救った彼女の名を覚えておこう、みんな!」
いや、私は大して何もやってないんだけど……。
しかし、その思考は人々の起こした拍手の波に飲まれ、あっという間に混乱の渦へ巻き込まれてしまった。何を考えたらいいのかわからなくなる。
「リエル=トルフ様。これからしばらく、宜しくお願いします」
爽やかな笑みを浮かべるジルグ。
私はどうすべきか迷って視線をうろうろさせた挙句、今できる精一杯の笑みを浮かべてこの場を濁したのだった。




