収束
箱の外は見渡す限り瓦礫の山だった。
神殿の向こうにあった南側はなんとか無事のようだが、北側の住居は奇跡的に一、二軒残っているだけで、あとは全て石に還っている。その更に外側は、倒されたカオスヘクスの青い肉体が取り囲んでいる。曇り空の薄い陽光を受け、鈍い光沢を放っていた。
瓦礫の山に足を下ろした私は、先に外へ出ていたモルトヴァに話しかけた。
「だいぶ被害が出ましたね」
「そうでもないさ」
モルトヴァは辺りを見回しながら呟いた。
「カオスヘクスが街のど真ん中に現れたというのに、半分以上が無事に残っているというのは驚くべき事態だ。当方の記憶する限り街が壊滅せずに残った例は、今回を除いてただの一度も無い」
そういえばキキバイヤの首都も壊滅していたなあ。あの時からの時間がただひたすらに濃いのもあって、クローディアスと共にいた時が遠い昔に感じられた。
さて、イダテンコはすぐ近くの大きな瓦礫に寄りかかっていた。疲れた目で私たちを見ている。
「ああ、リエルお姉ちゃん、モルトヴァ……」
声も心なしか力が篭っていない。心身ともに疲れているのが分かった。その疲れを即座に癒してあげられたらいいのだが、生憎私のスキルにはそこまでの自由度はない。
私はイダテンコの横で膝立ちになり、肩をさすった。
「お疲れ様、イダテンコ。大変だったね」
「うん」
眠たげに笑うイダテンコ。休める場所である程度の時間休息を取らなければならないだろう。
「モルトヴァさん。休憩所のような施設を出すことはできますか? イダテンコを休ませてあげたいんです」
「何故当方が出さねばならない? ハブへ戻れば良い話だろう」
「いえ、その、私はまだここでやりたいことがあって……」
勿論、やりたいことというのはログとエリたちを助けることである。まだこの瓦礫の山のどこかの地下に居るはずだ。カオスヘクスも神官も倒れたことで、ようやくこちらの問題に取りかかれる。
しかし、モルトヴァはあまりいい顔をしなかった。
「下らん。それよりも、お前のスキルの調査が先だ。上手くいけば、当方だけでなく召喚され師全体に利益をもたらすものになる。お前自身の為にもなるのだぞ」
「後にしてください。まず私はログたち、それからこの街の人々を救いたいです」
「ガジンのお前が当方に口答えをするのか?」
モルトヴァの目がにわかに鋭く研ぎ澄まされる。ここで引いたら終わりだ。私も精一杯右目で睨み返す。私なんかが睨んだところで大して怖くはないだろうが、意思を示すのが大事なんだ。そう自分を納得させ、睨み続ける。
しばらく見つめあった後、モルトヴァは小さく溜息を吐いた。
「まあ、よかろう。今回、お前たちには興味深いものを見せてもらったし、危うい所も救われた」
おもむろに右手を伸ばすモルトヴァ。その先には崩れ落ちた神殿が青い小山を築いている。
「《区画収容》」
空中に現れたそこそこ大きな黒い箱が、元神殿の瓦礫を完全に押しつぶした。小さな地震が辺りを揺らす。
「生成した物体をウツロに残していくのは不本意だが……お前たちへの礼として、あれを渡そう。自由に使ってくれ」
「も、モルトヴァさん」
意外な返礼に驚いていると、彼は緑の短髪を軽く掻き、相変わらず冷たい表情で言った。
「気が向いたら峡谷図書館という場所へ来てくれ。ギルドリングに登録された地点の一つだ。そこでも調査は可能だし、何より同士オドフロスキィにお前を会わせたいと考えている」
「は、はあ……でも、何ヶ月もかかるかも……」
「構わん。お前の判断に任せる」
そう言ってモルトヴァはギルドリングを外し、ハブ世界への帰還操作を始めた。が、途中その動きを止め、私を見つめる。
「リエル=トルフ。一つ訂正させてくれないか」
「え?」
「お前は決して無能ではない。世界で唯一つの力を持つ者だ。その命、決して無駄にするなよ」
その目は普段より少しだけ熱が篭っているように感じた。
だが、それと同時になんとなくズレのようなものも感じる。
その原因は多分……相変わらず彼が私のことを一人の人として見ていないということだ。この賞賛だって、実験動物への労いの言葉くらい軽いものに聞こえる。私の悪感情のせいでそのように感じているだけかもしれないが。
「その前に、謝ってください」
思わず私は口を開いていた。
「調査のためだからって部下に傷つけさせたり、地下の人々を殺しかけたり、南の市街地を巻き込みかけたり……そういう諸々! 謝ってください!」
何を言っているんだこいつは──とでも言いたげな目で私を見るモルトヴァ。しかし、そんな彼を横から小突く者が現れる。
「管理官。詳細を伏せて苦痛の生じる実験に協力して頂いた以上、謝るのは道理であると思われます」
モルトヴァのエージェント、セラフだ。少し笑っているように見える。
下を向き口をもごもごさせながら考え込むモルトヴァ。
その後、急に視線を合わせてきた。そして大きな声で一言。
「申し訳ありませんでした、リエル=トルフ様ッ!」
「あ、うええっ!?」
腰を直角に曲げ、あのモルトヴァが謝った。
突然の変貌に驚き、私は無意識のうちに二歩半下がる。いくらなんでもこのような謝り方は予想外だった。もうちょっとイヤイヤ謝るものかと。
「……ふむ。これで良いかね? リエル=トルフ」
普段の態度に戻ったモルトヴァが顔を上げる。が、その口元は明らかににやけていた。ひょっとしてからかっているのだろうか。
まあ、一応しっかり謝ってはくれたし、この態度も私を一人の人として見ているからこそできたもの……なのかな。多分。ちょっと分からない。
「え、いや、まあ、はい。じゃあそれで……」
「そうか。では当方はハブへと帰還させてもらう。図書館に来る日を楽しみにしているぞ」
モルトヴァは今度こそハブ世界へと帰還した。彼らが足元から消えていくその最中、小さく手を振るセラフが印象に残った。
「テンコ、ちょっと待っててね。私、連れて来たい人がいるの」
「うん、大丈夫。ここで休んでるから」
彼女を一人残していくのは心残りがあったが、ログたちを放っておくこともできない。一緒に休憩できる場所へ連れていくのがベストだ。私はそう考えた。
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見渡す限りの瓦礫から地下室を見つけられるか不安だったが、それは意外に早く見つかった。というのも、地下室の上を覆っていた木製のボロ小屋が、まるで目印のように瓦礫の上へ突き出していたからである。ほとんどの建造物が石造りだったことが幸いした。
離れた瓦礫の山に杖を立てておき、右手と足で退けていく。人よりずっと大きい石もなんのその。すぐに地下室の入り口が顔をのぞかせた。蓋は凹んでいたが、まだ何とか形を保って瓦礫の侵入を防いでいた。
歪んだ鉄製の蓋を力任せに剥ぎ取り、薄暗い地下へ飛び降りる。すると、通路に居る人々と鉢合わせた。
「ね、姉ちゃん! 無事だったのか!」
歓喜に叫ぶログ。彼の背後でエリや子供達、大人たちも顔を輝かせる。
素早く彼らの顔を数えてみると、その数は一人も欠けていなかった。老人が用意した地下室は人々の安全を守り抜いたようである。
ああ、良かった。胸を撫で下ろす。
「もう大丈夫。魔物たちは退治されました。地上に上がってください」
「し、しかしだな、ヴリードたち神官どもはええ顔せんじゃろう」
一番後ろに居た老人が疲れた表情で反論する。何と言ったら良いだろう。
「それも心配しないでください。実はちょっと、いろいろ大変なことが起こって……それで、解決したというか……」
言葉を濁す。カオスヘクスについては何と言ったら良いのやら。まあ、後でゆっくり時間をかけて説明してあげよう。まずは安全と安心だ。
「とにかく、来てください」
地上へ上がった人々は皆驚愕の表情を見せる。
それも当然だろう、かつて暮らしていた、目にしていた、歩き回っていた場所が石と岩の山となっているのだから。
「あそこ、もともと神殿があった場所まで行きましょう。安全ですよ」
「え、神殿が無くなってる!」
「なんだあの建物は……?」
そこで私はあの箱がどういう施設なのかよく知らないことを思い出した。
どうしよう。あれ、何なんだろう。一応休憩できる場所であることは聞いているのだが、何があるのか、どんな場所なのかをモルトヴァから聞き忘れた。先に行って下見をすべきだったかもしれない。だが、もう取り返しはつかないのだ。
「途中、私の仲間も連れて行きます。みなさん、足元に注意しながら私に着いて来てくださいね」
なるべく笑みを保ったまま、杖を高く振り上げながら人々を先導する。彼らはキョロキョロ視線を動かしながらも、ちゃんと私に着いてきてくれた。
イダテンコのいる場所は分かりやすい。その周辺に元々モルトヴァの箱があった為、瓦礫が平らに潰されているのだ。
「あ、リエルお姉ちゃん。その人たち誰?」
私を見つけるなり笑顔を浮かべるイダテンコ。多少元気は回復したようだ。
「ああ、この人たちは地下に避難していたんだよ。一緒にあの箱で休もうってことにしたの」
「そっか。じゃー、そろそろ行こっか!」
イダテンコは足をふらつかせながら立ち上がった。その姿を見てログが驚く。
「え、仲間ってこいつか!? 俺と対して歳変わんねーじゃねーか!」
「そうだよ。イダテンコっていう名前なの。良ければ覚えてね」
ログは聞きなれない名前に目をぱちくりさせ、肯定とも否定ともとれない微妙な声を漏らして黙った。
一行は瓦礫を踏みしめながら歩く。不安定な足場のせいで時間を取られたが、特に怪我をする者もなく、全員無事に箱まで辿り着くことができた。疲れを押してイダテンコが積極的にフォローをしてくれたのが大きかったかもしれない。
「さて、どうするかな」
箱の入り口を探る。黒い表面はあちこち継ぎ目のような凹みがあるが、ぱっと見入り口らしき場所はない。
「姉ちゃん、これ何なの?」
エリが怪訝そうな表情で問う。
そんなことを言われても、私だってこれについてはよく分からない。だが、ここまで彼らを連れて来た以上、私に責任があるのも事実だ。何とかしなきゃ。
「ちょっと待ってくださいね」
私は箱に手を触れ、入り口を探ろうとした。
その瞬間、触れた部分が光った。円形の簡素な魔法陣のようなものが広がる。
「え、何──」
疑問を口にする暇もなく、箱が稼働を開始する。
金属が擦れる音。縦に伸びる箱。噛み合いへし合い形作っていく柱。
あっという間に箱は一つの高層建築となって佇んでいた。大きさは神殿とそう変わらないだろう。ただ、全面黒いせいで威圧感があった。
「すげえー!」
「なにこれ」
「なんだこれー!」
ログとエリが背後で興奮の叫びを上げる。
その中に私の困惑の声が小さく混じった。




