↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
30/39

韋駄天

 イダテンコが立っている。槍を手にして、私を見ている。魂を砕かれ死ぬしかなかったはずの彼女が、こうして五体満足でいる。

 感極まった私は歓喜の涙を流しながら笑いかけた。


「良かった……本当に良かった……」

「ど、どうしたのリエルお姉ちゃん? そんなに泣いて……」


 差し出したその手からいきなり青い電流が放たれた。私もイダテンコも二人して驚き、後ずさりする。


「あ、あはは、なんかビリビリしてるね! なんだろこれ?」


 イダテンコはちょっと引き気味の笑みで槍を振り回す。電撃が穂先から迸り、鉄の床を黒く焦がした。


「さ、さあ……分かんないな……」


 まだ神経はイダテンコと繋がっている。伝わってくる情報から、この青い小さな雷が彼女の意思で制御できていないことが分かる。魂を治した時、何かおかしなところを弄ってしまったのだろうか? 特に異常は感じられないのだが。


「まあ、多分その内収まるんじゃないかな?」

「だねー。ま、かっこいいからいいか!」


 そう笑って槍の柄部分を床に叩きつけると、彼女の体を包み込むほど太い雷撃が縦に走った。モルトヴァの出した簡素な鉄屋根に直撃し、焼け焦げた黒い大穴を開ける。


「あっ。ご、ごめん! これモルトヴァの物だよね……?」

「そんなもの気にするな。それよりも」


 モルトヴァが振り向き眼鏡を掛け直す。私がイダテンコを蘇生させたことへの驚きはもう落ち着いているらしい。


「一旦撤退しよう。もうカオスヘクスが壁を破る頃だ」


 カオスヘクスは相変わらず箱へ攻撃している。分厚い壁はぐしゃぐしゃの紙くずのように変形しており、いつ大穴が開いてもおかしくなさそうだ。


「お前のスキルの調査はそれからだな」


 うわ。まだ調べるんだ……それもそうか。今まで怪我人一人を治すのがやっとだと思っていたら、治せないはずの壊れた魂まで治してしまったのだから。


「ちょっと! それじゃあ、この街が滅んじゃうじゃん!」


 イダテンコがモルトヴァへ食ってかかる。電光が一際激しく走り、私の直前の床を焼いた。どうやら彼女の感情の変化に影響を受けているようである。


「て、テンコ、落ち着いて! 本当に死んじゃうよ!」

「そうだ。お前一人で敵う相手ではない。改めて殲滅作戦を立てるべきだ」


 モルトヴァはもちろん、不本意ながら私もイダテンコを宥めようと試みる。だが、彼女は止まらない。頬を膨らませ、ますます激しく電撃を迸らせた。


「いいもん。私一人で行くから」

「おい、何を……」


 止めようとするモルトヴァを無視して槍を振り回し、両手で構えてみせるイダテンコ。目線の先は激しく凹んだ壁だ。

 それまで途切れなく走っていた雷が一瞬止まる。

 そして、スキルを叫んだ。


「《超重雷走(ヘビィ・ボルト)》!」


 瞬間、繋がった神経が超スピードの視界を送り込んできた。


 鉄色に溶ける周囲の風景。穂先に集まる青い雷光。そして、薄青に輝く先端は閃光と共に、歪みきった壁へ抵抗なく潜り込んだ。一瞬の内に大穴が開き、外で更なる攻撃を加えようとしていたカオスヘクスの胴をぶち抜いた。


 イダテンコの体はあっという間に街の上空へと飛び出す。眼下の街を捉えると、青いカオスヘクスの姿が映った。

 大きい。あまりに大き過ぎる。細長い体は街を三重に取り囲んでおり、隙間なく青い翼が生えている。その全てが、今まさに空へ羽根を放とうと羽ばたいていた。


「馬鹿な、何故イダテンコの力で防護壁を破れる!」


 驚愕したモルトヴァの声が私自身の鼓膜を叩く。二人分の感覚が一人の脳に入ってくるのはちょっと不思議な気分だ。混乱する。


「行くぞー!」


 イダテンコが叫ぶ。同時にカオスヘクスの全身が煌めいた。青い羽根が刃となり、弾丸を遥かに超える速度で迫る。

 しかし、次の瞬間イダテンコの体は地上に降りていた。一瞬、上空を飛ぶ大量の青い羽根が視界の端に映る。


 槍を構え、疾走(はし)る。その速度は青い羽根の弾丸よりも速かった。


 手にした槍が硬い物を貫く感触。砕けて破片を散らす青い体。千切れ飛ぶ青い翼。カオスヘクスの胴体に大きな穴が開いた。

 羽根は未だ空へと向かって撃ち出されている途中だ。まるでイダテンコ以外の時間が止まっているかのようである。


「おりゃおりゃおりゃー!」


 飛び交うイダテンコ。次々に穴を開けられ破片を撒き散らすカオスヘクスの肉体。あれほど巨大だった体があっという間に削られていく。


 カオスヘクスは全く反応できていなかった。イダテンコの速度はどんどん上がっていく。雷鳴が轟き、青い体を青い電撃が引き裂いていく。信じられないほど圧倒的な力だ。今のイダテンコを止められる者などいないだろう。


 一瞬、訳の分からない不安が私の胸を過ぎった。いや、これはイダテンコが感じたのか? 神経が混ざり合っているせいで、どっちの感覚なのか分からなくなってきた。


「だ、大丈夫? テンコ」


 私の口で声を発するも、それがイダテンコに伝わった感じはしない。実は何も言えてないし伝えられていないんじゃないか。そんな気さえした。


 絶対的な速度。圧倒的な攻撃力。イダテンコが負ける気はしない。だが、理由無き不安は強くなるばかりだ。これはいったいどういうことなのか。


 一瞬イダテンコが立ち止まった。睨む視線はカオスヘクスの頭を狙っている。


 しかし。

 視界の端に映る彼女の腕は、風景に溶け込みつつあった。向こうの住居や瓦礫が透けて見えている。


「て、テンコ! 体! 体がおかしくなってるよ!」


 伝わっていない。

 再び駆け出すイダテンコ。槍でカオスヘクスの頭部を荒っぽく貫き、空中で反転する。やはり彼女の姿はぶれて像を結んでいなかった。まるで煙のようにゆらゆらと見え隠れしている。


「テンコ! テンコッ!」


 必死の呼びかけは意味をなさない。やっぱり届いていないんだ。

 ならばどうにかして、力づくて止めねばならないだろう。繋がったままの神経を再び伸ばそうとする。

 だが、届かない。伸びた神経が肉体を触れられない。四肢から先がまるで存在していないみたいだ。その範囲は徐々に広がっているように感じた。


 どうすればいい。どうすればこの異常事態を止められる。


 敵を貫く雷光。空を切る青の羽根。砕けるカオスヘクスの肉体。イダテンコが加速すればするほど全てが溶けて消えていく。感覚が遠く遠く、離れていく。


 せっかく救ったのに。


 また私の手から摺り抜けて行こうというのか。


「テン……」


 もう一度彼女の名を呼ぼうとした瞬間、後頭部に強烈な痛み。

 私じゃない。イダテンコの感覚だった。視界が一気にクリアなものへ変わり、ぐらりと頭部が揺らぐ。倒れかけたその体を、誰かがそっと支えた。


「ダメよ。共食いは」


 聞き覚えのある声。煙のように揺らぐ青い髪が視界を覆った。

 ヒクイドリ?


「創造神様に言われたじゃない」


 訳の分からないことを言いながらイダテンコの体を下ろす。今まで絶え間無く発生していた異常な電流は収まっていた。イダテンコはぼうっとしながらヒクイドリの顔を見つめているようだ。


「な、なんて言ったの? 共食い……?」

「あなたじゃないよ。私の愛しのデザートさんのこと」


 黒く空虚な瞳孔はイダテンコではなく、繋がった神経で視界を共有している私を見つめているようだった。途端に異様な恐怖で鳥肌が立つ。


 ヒクイドリは目を二度瞬かせ、カオスヘクスに向き直った。もうとっくにボロボロになっているが、カオスヘクスは未だ息絶えてはいない。残った翼を開き、切っ先をイダテンコたち二人に向け、今にも放たんとしている。


 ヒクイドリの姿が消えた。次の瞬間、カオスヘクスの頭は粉々に吹っ飛んだ。今までイダテンコの猛攻に耐えていた金属光沢のある黒い頭が一撃で砕かれる。残った体は力を失い、住居を崩しながら瓦礫に沈んだ。


 再び現れるヒクイドリ。イダテンコの前に立っているというのに、その目はやはり私だけを見ていた。


「もう共食いはしちゃダメだよ」


 沈黙が流れる。まさか返答を待っているのか?


「は、はい、分かりました」


 口だけ笑うヒクイドリ。本当に待っていたのか。なんでこの人には聞こえているんだ。


「じゃあ、おやつだけ貰っていくね」


 そう言って振り向くヒクイドリの視線の先には、赤黒い何かが瓦礫の隙間からぼこぼこと吹き出していた。

 ヴリード。カオスヘクスはもう斃れたというのに、今更になって蘇生したらしい。徐々にグロテスクな赤子の姿を象っていく。


「ひ、ひひひ、今度こそ駄目かと思いましたが……どうやら混沌(カオス)は儂を見放さなかったようですな! やはり混沌(カオス)こそ至高! 混沌(カオス)こそ理想の存在!」


 げらげらと笑うヴリードへ向かい、迷いなく歩み寄っていくヒクイドリ。何をする気なのだろうか。イダテンコの視界を通してその後ろ姿を注視する。


「ん? 貴女は誰ですかな? もしや召喚されし者のお仲間でしたかな?」

「ありがとう。とてもおいしそう」


 返答になっていない返答を返し、彼女はヴリードの頭を撫でた。その瞬間、赤黒の赤子は白目を剥いて転倒する。痙攣すら起こさず、完全に動きが消滅した。

 あれほどしぶとく生き残っていたヴリードが、一瞬の内に死んだ。


 今覚えた感情は畏怖か恐怖か。僅かな時間では判別がつかなかった。


「ごちそうさま。では、ご機嫌よう」


 言うが早いかヒクイドリの足元に魔法陣が現れる。そして、破裂音と共に彼女の姿は消えた。


 こうして、この世界の邪悪は姿を消したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。