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召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
29/39

だから、私が助ける

「ぐひひひっ……邪魔をするなあ……!」


 ヴリードの下卑た声。連続する銃声。石が砕ける音。

 その全てが遠くに聞こえる。

 私の視線はイダテンコから逸らせない。


「テンコ」


 何度彼女の名を呼んでも、目を開けることも動くこともない。かすかな寝息をたて、静かに死へと歩み続けている。


 私のスキルはこのような状態を救うものではなかったのか?


「いい加減にしろリエル=トルフ!」


 私の肩を掴んで怒鳴るモルトヴァ。何も考えずに視線を上げると、唇を噛み締めた彼の顔があった。こんな表情もできたんだ。


「もうイダテンコは死んだと同じだ! 諦めて、来い!」


 私がそれに答えることはない。ただ黙って彼の瞳を見つめる。後から後から涙が溢れて止まらない。

 早くこの場を離れるべきか、奇跡を信じてここで待つか。今の私には判断をつけられなかった。


「管理官、ここは危険です! 早く退避を!」


 襲い来るヴリードに拳を叩き込みつつ、モルトヴァへと呼びかけるセラフ。左手の小さな銃が火を吹き、小さな肉体が粉々に吹っ飛んだ。

 しかし、その赤黒い肉体はすぐに再生する。


「げへっげへっ! 痛いじゃないですかあ!」

「管理官!」


 その時、強烈な地震が周囲を襲った。石畳に巨大なヒビが走る。周囲の空き家が崩れ始め、頭上からも大きな瓦礫が降り注ぐ。


「ひっ……危ない!」


 住宅が傾き、崩れた屋根が落ちてきた。慌ててイダテンコの上へ覆い被さり、瓦礫から彼女の体を守ろうと試みる。


「《区画収容(セキュア・キューブ)》!」


 モルトヴァがスキルを叫ぶ。その瞬間、凄まじい音を立てて瓦礫が砕け散る音がした。辺りがわずかに暗くなる。


 恐る恐る見上げると、そこには鉄の屋根がある。四隅から細い円柱が伸び、平たい屋根を支えている。私たちは、ちょうど箱の一面にだけ鉄板を貼ったような、スカスカの箱に守られたようだった。


「ここで待て。厄介なことになった」


 そう言ってモルトヴァは立ち上がり、素早く屋根の下から出ていく。

 その背中の向こう。カオスヘクスが棒立ちしていたはずの場所には、崩れた神殿が小山を築いていた。あちこちから薄い煙が立ち上っている。


「カオスヘクスが成長してしまったようだな」

「どうやらそのようですね。もう一人で解決できる問題ではないかと」

「おやおや、無視はいただけませんなあ!」


 懲りずに飛びかかったヴリードはセラフの銃撃で粉々にされ、遠くの瓦礫の上で再び再生する。巨大な舌を伸ばし、挑発するような笑みを浮かべている。


「無駄無駄! いくら攻撃しても無駄ですよお! 儂は全てと同質の混沌(カオス)! この世がある限り死ぬことは無いのですう!」


 ヴリードは口を肩幅よりも大きく開き、げはげはと凄まじい笑い声を上げた。

 その直後、彼の後ろに音もなく降り立つ巨大な影が現れる。モルトヴァとセラフが一瞬たじろいだのが見えた。


「我々はカオスヘクス」


 性別の分からない震え声。巨大な影は間違いなくカオスへクスだ。ただ、姿が大きく変化している。


 石と肉のまだら模様だったはずの体表は、滑らかな青一色。体は異様に長く、鳥を何十羽も繋げたかのような姿と化していた。その巨体に見合った頭部は無く、代わりに首の中に小さな黒い頭が埋まっている。


 死の気配を孕んだ風が辺りを吹き抜ける。ぞわぞわと鳥肌が立った。


「あるいは混沌の使者」


 ようやく背後のカオスヘクスに気がつき、ヴリードは嬉々として話しかける。


「おお、カオスヘクス様! あれがリエル=トルフです! 儂が求めているもので──」


 突然赤黒い赤子の姿が細切れになった。無数の青い羽根が瓦礫に突き刺さっている。カオスヘクスの攻撃らしかった。ヴリードのことはお気に召さなかったのかもしれない。


「あるいは崩壊の象徴」

「《区画収容(セキュア・キューブ)》!」


 モルトヴァがスキルを唱えた瞬間、私の視界が鉄色一色に変わった。何もない鋼鉄の中だ。さっき閉じ込められた時の箱とよく似ている。


 ただし、今回はモルトヴァとセラフもいる。そして死にゆくイダテンコも。何度見直しても、やっぱり好ましい変化はなかった。むしろ、顔色は明らかに死人のそれへと変わりつつある。


「いつまで惚(ほう)けているつもりだ、リエル=トルフ! イダテンコは死んだ! いい加減に切り替えろ!」


 私へ呼びかけるその声は確かに耳で聞いているのだが、脳が理解を拒んでいる。悔しさと悲しみが頭の中を完全に満たしている。外の出来事は全て他人事だった。


「管理官。やはり救援を要請すべきです。既に死者も出ています」

「いや、まだ機会はある。一度遠方へ退却し、集中攻撃の用意をしよう。群体型であれば本体はそう強くない。当方の攻撃力でも倒せる可能性は十分にある」


 もう、どうでもいい。


「《過剰治癒(オーバー・ヒール)》」


 治し続けよう。イダテンコが目を覚ますまで。

 しかし、その行為はモルトヴァの強引な手に引かれて中断させられた。


「リエル=トルフ、何をしている! 無駄なことはするな!」

「む、無駄じゃない……だって、私、なんでも治せて……」

「不可能なことだってある! もう完全に死んだのだ、イダテンコは!」

「そんなこと──」


 ごうん。


 箱の外で音がした。物を激しく叩きつけたような、凄まじい音。


「まずいな、予想以上に力がある。十分ほどで破られるぞ」


 モルトヴァの視線の先を追うと、箱の内壁が大きくへこんでいるのが見えた。打撃音は更に重なり、どんどんへこまされていく。


「リエル=トルフ。お前はハブ世界へ帰れ。足手まといだ」

「ま、待ってください! テンコも……」

「甘ったれるな! お前も死ぬぞ!」


 それでも私の意思は変わらない。


「あと一回! あと一回だけ、治療させてください! 治しますから!」

「……もう勝手にしろ!」


 モルトヴァはついに諦め、懐から小さな銃を取り出した。


「エージェント・セラフ! リエル=トルフの諦めがつくまで守れ!」

「了解しました、管理官」


 二人はカオスヘクスが来るであろう方向に向かって銃を構える。その姿を見た後、私は再びイダテンコの姿に向き直る。


「《過剰治癒(オーバー・ヒール)》!」


 神経を送り込み、イダテンコの弱った部分を治療する。それでもすぐに彼女の体は死に向かっていってしまう。永久に彼女は死に続ける。死が避けられない。


 ……だが私は、あえて見逃している部分が一つだけあることを知っていた。


 ああ。もう触れたくなかったのに。二度と触れないつもりだったのに。

 切羽詰まって行き場を無くした私の神経が、ある場所へと向かう。

 彼女の奥深く。塩辛さと甘さのある滑らかな球体がある場所。最早そこ以外に行き場がなかった。


 しかし、そこに球体はなかった。代わりにあるのは、同じ味がする破片。細かく砕けたそれは彼女の中に広く散乱している。


 そこで私はようやく理解した。

 この球体こそが魂であったのだと。

 これを治さぬ限り、イダテンコは死に続けるのだと。


「迷ってられない……!」


 一瞬の躊躇を振り払い、神経を破片の中へと一気に送り込んだ。そんなことをすればどうなるかは既に経験済みである。


 突如変化する視界。そこはやはり、未知の街だった。


 黒っぽい硬い地面。箱型住居。薄曇りの空。インチキ和風世界にて、イダテンコの火傷を治療した時に見た景色。彼女が死の間際に見た世界だ。


 ごう、ごう。

 遠くで不気味な地鳴りが聞こえた。振り返ると、地平線から大きな波が押し寄せてくるのが見える。前に見た時より更に黒く、そして大きかった。天を覆う雲を押し流し、雷を走らせながら迫ってくる。

 いや、幾ら何でも大きすぎるだろう。不条理だ。


 そして、すぐそこに居るのは……。


「テンコ?」


 蹲る幼い女の子の姿だった。私の声を聞いて顔を上げる。涙だの何だのでぐしょぐしょに濡れた泣き顔だった。


「お父さんもお母さんも居ないよう」


 ぐずる幼女は親を見失っているようだ。また視線を地面に向け、すすり泣きを続ける。


「ここに居たら危ないよ。逃げなきゃ」

「お父さーん、お母さーん……」


 聞く耳を持たぬ幼女。


 だが、私は助けねばならない。

 死にかけ続けている友人の命を救うため。そして、他者を癒す者という自分の居場所を守るため。

 きっとこの世界に鍵がある。私のスキルがそう告げているのだ。


「行こう!」


 自然と私の体が動いた。幼女を抱き抱え、黒い道を駆け出す。


「何処へ行ったらいいかな!」

「お父さん……お母さん……」


 私の言葉が届いていないのか? ほぼ同じ言葉を繰り返し続ける幼女。対話を諦め、目的を変える。


「ああもう、おーい! お父さん! お母さん! 何処にいるんですか! 返事をしてください!」


 精一杯声を張り上げた。まずはこの子を親に預ける。鍵を探るのはそれからだ。


「おとうさーん、おかあさーん」


 繰り返される幼女の言葉。誰もいない街に吸い込まれていく私の呼びかけ。確実に迫る津波の存在を伝える不気味な地鳴り。全ての音が同時に展開されている。


「──!」


 あ。

 聞き覚えのある声がした。視線を声がした方向へ向ける。


「──!」


 両親と思われる男女の声は遥かに遠く。地平線の向こうから聞こえている。なんでそんな距離から普通に聞き取れる声量で聞こえているのかは分からないが、そのように聞こえているのだから仕方がない。


 私は全速力で走る。

 男女の声はまだまだ遠い。なのに、津波の地鳴りはどんどん迫ってくる。


「ま、まずい、追いつかれちゃう……」


 まだ両親の姿が全く見えていないというのに、後ろから建物が砕ける音が聞こえる。雷が轟き、周囲の住居が粉々に吹っ飛んだ。


 うう、イダテンコなら余裕で辿り着けるはずなのに。大して身体能力が高くない私じゃ絶対に無理だ。どう足掻いても追いつかれてしまう!

 思わず私は愚痴を言葉にして発していた。


「私にも《超重雷走(ヘビィ・ボルト)》が使えれば──!」


 そう口走った瞬間だった。


 溶ける視界。流れる風景。私は閃光のような速度で道を駆け抜けた。

 何が何だか分からずひたすら走り続けていると、もつれさせた自分の足に足を引っ掛けて転んだ。幼女の体をかばい、地面に打ち付けられる私。


「あだだっ!」


 ごろごろと転がって行くが、私の手は幼女の肩を抱いて離さない。


 十回転以降の計測を放棄して勢いに身を任せていると、唐突に壁にぶつかって止まった。左の元肩部分を派手に打ち付けたせいでズキズキとした痛みが走る。


「うーん……だ、大丈夫だった?」


 私の呼びかけに幼女は答えない。震えている。恐怖心を抱いているのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと幼女が呟いた。


「お父さん、お母さん!」


 なんだ、結局またこの台詞か……そう思っていると、幼女が私の手を抜け出す。走る幼女の先には、二人の男女が立っていた。


「──!」

「会いたかったよう!」


 飛び込む幼女。それを受け止める二人。三人の泣き笑い声が響いた。


 うーん、なんだか状況に流されるままだったが、取り敢えず問題の一つは解決できたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「良かったね、テンコ。それじゃ、私はなんとか魂を治す方法を探すから……」


 あてもなく歩き出す私。その背中に幼女の声が届く。


「ありがとう、リエルお姉ちゃん!」

「え?」


 私は驚いて振り向く。


 ──周りの風景が戻っている。私は鉄色の箱の中に居た。


「え? え? どうなってんの?」


 何が起こったのか分からない。神経がまだ繋がっているというのに、どうしてはっきり覚醒しているのだろう。理解不能の状況だ。


 目の前のイダテンコは未だ眠ったまま。特に異常な変化を起こすこともなく、先ほど治療した際と同様の姿である。だけど、繋がった神経が嘘をつくことはない。


 涙が溢れた。


「テンコ、起きてテンコ!」


 生きている。確実に死んだはずのイダテンコが息を吹き替えしている。その事実が嬉しくて仕方がなかった。


「テン……」


 直後、雷電と閃光が辺りを迸った。押し寄せる風圧に思わず目を閉じ、歯を食いしばる。何が起こったんだ。カオスヘクスが壁を破ったのか。


 唐突に発生した現象は、唐突に収まる。

 目を開けると、そこにはイダテンコが立っていた。


「テンコ!」


 一切の傷のない完全な姿だ。ただ、彼女の黒髪の先はうっすら青く染まり、表面を激しく走り回る青の電光が異様な雰囲気を醸し出している。

 イダテンコは戸惑ったような表情で私を見た。


「リエルお姉ちゃん……私、なんか寝てたのかな……?」

「う、うん、多分」


 こくこくと頷く。死んでたなら眠ってたようなものだろう。嘘はついていない。


「なんだと……何をやった、リエル=トルフ」


 背後から戸惑ったモルトヴァの声。私は振り向きもせずに答える。


「治したんです、魂を。治せました。私、魂を治せましたよ!」


 徐々に増す歓喜が声色に現れた。

 嬉しかった。モルトヴァの想定を超えられたことが。居場所を守れたことが。そして何より、イダテンコの命を救えたことが。

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