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召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
28/39

私が殺した

 それに私が気づいたのは、涙をありったけ流した後だった。

 机の奥側の壁。そこで、壁掛け型の魔光紙のようなものが六つ光っている。薄暗い部屋というのものあってそれはかなり目立った。


「なんだろう」


 元気を出そうと無理に言葉を出す。杖につまづいて転びかけながら、机の前まで行き、その光る面に目をやった。


「あれ、これは……」


 映っているものは外の光景だった。

 質素な石造りの建物。薄い色の石畳。砲台が覗く灰色の箱型建造物。そして、青と肌色の鳥型カオスヘクス。これはもしや、今現在外で繰り広げられている光景か。どうやっているのかは全く分からないが、これもモルトヴァのスキルの一端なのだろう。


 私とは何もかもレベルが違う。


「どうして同じ召喚され師なのに、こうも違うんだろうなあ」


 机に手を置き、自らの不甲斐なさを他人事のように嘆いてみる。そんなことをしても自尊心をいたずらに傷つけるだけと分かっていても、何かこうして言葉を発しないと小部屋の沈黙に圧殺されそうだった。


 映像の中でカオスヘクス周辺に爆炎が立ち上る。僅かに遅れて遠くで小さく地鳴りのような音が響く。

 モルトヴァが攻撃を始めたのだろう。イダテンコは大丈夫だろうか。召喚回数五十回ちょっとの彼女は、遥かにベテランのモルトヴァへ迷惑をかけたりしていないだろうか。


 まあ、その心配は必要ないか。凄まじい速度で移動できるイダテンコが攻撃に当たるとは考えにくい。例えカオスヘクスだって彼女を捉えることは出来ないだろう。私が心配するなんて傲慢だ。


 溜息をつきながら視線を落とし──視界の端、映像の中にイダテンコの姿が見えた気がした。顔を上げ、目を凝らす。


 降り注ぐ砲弾。カオスヘクスが抵抗するように放つ肉塊弾。空中や青い体表で炸裂する爆炎。


「あっ」


 今一瞬イダテンコの黄色い羽根が見えた。見間違うものか。間違いなくあの子の頭飾りの羽根だった。


 食い入るように六つの映像を見る。一瞬たりとも見逃さない。全てを視界に収め、同時に見る。


 居た。右上の画面に現れた。市街にある住宅の屋根の上で槍を構えている。

 家々が比較的まともな状態をしていて、ちらほらと人も映っていることから、これは北西側の街ではない。南側だろう。


 何故そんな場所にイダテンコがいるのか。そこに居たらカオスヘクスの攻撃の余波で市民に被害が出ないだろうか。


 そんな事を考えていると、またイダテンコの姿が消えた。直後、映像の上の方で爆発が起きる。再び現れるイダテンコの姿。煤けて服の袖部分が破れている。腕は火傷と切り傷まみれだ。


「て、テンコ……!」


 まさか。


 モルトヴァの攻撃が市民に届かないよう、守っているのか。これが彼の立てた作戦なのか?


 いいや。そんなはずがない。

 モルトヴァがウツロの人間の命など気にするはずがないのだ。

 これはイダテンコの判断でやっている。そうに違いない。


 どくどくと脈打つ音が自身の内側から聞こえる。もう居ても立っても居られない。私は今すぐここを飛び出し、イダテンコの元へ駆け寄りたかった。そして、私のスキルで彼女を援助するのだ。それが私の居場所だ。


「待っててね、テンコ」


 声が届かぬことを知りつつも、自身の決意のために言葉にして発する。そして、私は振り返りながら駆け出した。放ったらかしの杖を拾い上げ、扉に駆け寄る。


 扉は開かない。どこを弄れば開く。記憶の中でモルトヴァの動きを再現する。


 彼は扉に近づいて……そうだ、扉の端の黒い板にギルドリングを近づけたのだ。私は自身のギルドリングを右の板部分に近づける。


「何をしているリエル=トルフ」


 扉は開かず、代わりにモルトヴァの声がした。どこからか聞こえてくる。


「イダテンコを助けに行きます。あの子一人じゃ心配です」

「馬鹿な事を言うな。これ以上余計な事をされると命の保証ができん」

「じゃあ今、テンコがやっていることは作戦の内なんですか!」


 モルトヴァの返答は聞こえなかった。代わりに私の居場所が変わる。一面継ぎ目のない鉄色の空間だ。窓も扉もない。


「モルトヴァさん! これはどういうことですか!」


 またも返答がない。もう聞こえていないのか、それとも聞いていて無視しているのか。多分後者だろう。


「このっ! ここから出なきゃいけないのに!」


 何度も壁を蹴りつけてみるが、やはり私程度の力では傷もつかない。ムソウマルならこの壁も破れるのだろうか。私は右腕のギルドリングを見つめる。

 左腕を治癒し、これを使うべきか否か。


 いや。いやいやいや、ダメだ。私は私のワガママでこの傷を敢えて治さなかったんじゃないか。舌の根も乾かぬ内に治して助けを求めるなんてしたら、イダテンコに笑われてしまう。というか、そんなこと恥ずかしくって出来やしない。


 私は大人でありたい。


 イダテンコの方がずっと先輩であることも、既に散々恥をかいていたことも忘れ、私は下らないプライドをむくむくと膨れ上がらせていた。


 とにもかくにもここから出なければ話にならない。私が今できることと言えば、自らのスキルを使うくらいである。


「《過剰治癒(オーバー・ヒール)》!」


 杖先から神経を伸ばす。生物相手でなければ効果はない、そう思い込んでいたのだが、意外にもそれはすんなり壁の中へと入り込んでいった。杖を通っている以上当たり前のことなのだが、今の今まで完全に意識の外だった。


 神経が壁内の構造を伝えてくる。

 壁は人体より遥かに分厚く、内部の小さな空洞には冷たい空気が満ちている。六角形が三次元的に幾つも組み合わさった形をしていて──。


 いや、そんなどうでもいいことを確かめている場合ではない。ここから私は出たいのだ。どうにかして私を外に出せないか、神経を辺り一面に伸ばしていく。


 真上にあるのは休憩室。四方と下方は土。ここは地下に埋まった部屋だ。これじゃダメだ、もっともっと情報を集めなければ。


 神経をどんどん遠くまで伸ばす。その速度は私の全速力の倍以上。それでも今置かれた状況を思えば、焦燥を覚えざるを得ない速度だ。

 もっと早く、もっと広く、もっと効率的に脱出方法を探さないと。


 屋内の家具や機械、外壁に至るまで隅々に張り巡らす。何か移動させるスイッチのようなものがあればいいのだが……それらしきものはどこにもない。だいたい、人間の体とは勝手が違いすぎて理解不能だ。


 なんでもいい。何か糸口が見つかってくれ。


────────────────────────────────────


 モルトヴァは突然片膝をついた。顔色は青い。セラフが駆け寄る。


「管理官。顔色が優れませんが」

「黙れ」


 左手を額に当て、必死に苦痛を堪えるモルトヴァ。彼は今、全身を引っ掻き回されるような不快感を覚えていた。


 無論、その原因はリエルが使用しているスキルである。《過剰治癒(オーバー・ヒール)》の神経が《区画収容(セキュア・キューブ)》によって生み出された箱型建造物に張り巡らされ、無自覚のうちに感(・)覚(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)状(・)態(・)を(・)治(・)癒(・)した。故に、スキル使用者のモルトヴァに感覚がフィードバックされ始めたのだ。


 本来存在しえない感覚は不快感と苦痛を齎すものである。

 金属の味。古紙の匂い。電灯の明るさ。絨毯の柔らかさ。電子機械の情報。人体を遥かに超える大きさの建築物から、あらゆる感覚が一瞬で一度にモルトヴァへ押し寄せる。


「が、ぐあっ!」


 情報の濁流を脳で処理しきれず、モルトヴァは透明な胃液を吐き出す。

 いくらイゴンの召喚され師といえど、彼は身体的に強くはない。おまけに何の役にも立たないと思われた味方から未知の力でいきなり殴りつけられたのだ。大ダメージを受けるのは必至である。


「ぐぐう、いったい何が……! 今すぐ、区画(キューブ)全てを消去し撤退を……!」


 原因が分からないモルトヴァは、一旦退くことを決断した。

 震える手先で拠点を指し示す。直後、砕け始める箱型建造物。同時にモルトヴァは強烈な痛みを感じた。


「がふあっ! ぐああ!」


 神経を無理やり断ち切れば痛みを感じるのは当然だ。堪えきれなくなったモルトヴァの体が地面に倒れ臥す。食いしばった歯の隙間からは鮮血が溢れた。


「管理官。お気を確かに」

「分かってるっ! くそっ、くそう!」


 乱雑にひび割れ、がらがらと砕け落ちながら消えていく箱。その全てが絶えず激烈な痛みをモルトヴァへ送り続けていた。


────────────────────────────────────


「うくっ……な、なんで急に崩れ始めて……?」


 鋭い痛みを感じて神経を引き戻したところ、周囲の分厚い壁が崩壊し始めていた。天井の明かりがチカチカと点滅して消える。

 頭を庇いつつ見上げてみれば、僅かに上層階が垣間見えた。今飛び上がれば外へ出れそうだ。


 降ってきた一際大きい瓦礫を杖で弾き、思い切り跳ぶ。小さな欠片を払い除け、まだ残っている足場へ乗った。すぐに休憩所の大穴から飛び出す。


「よし! なんかよく分かんないけど出れた!」


 振り返り、崩れ消え行く箱を軽々飛び越える。視界にカオスヘクスが映った。遠目に見てもかなりダメージを受けている様子だ。


 露出した肉部分はモルトヴァの攻撃でほぼ焼き尽くされ黒焦げの状態。青い石で構成された部分もあちこち砕けており、向かって右の翼に至っては根元から焼け落ちている。ヴリードの顔は無くなり、代わりに中身らしき赤黒いものが小さく見えている。


 砲撃も全て止んでいた。今ならいけそうだ。


「南側まで行かなきゃ」


 石の屋根を蹴り潰しながら空中を駆ける。カオスヘクスの攻撃を警戒して相当の大回りを図ったが、幸いそれは一切の動きを見せなかった。このままじっとしていてくれれば良いのだが。


「テンコ! おーい、テンコ!」


 南側の市街地に突入し、友人の名を必死で叫ぶ。街道の人々の視線は気にならない。今最優先すべきはテンコの治療だ。早く腕の傷を治療してあげないと。


 イダテンコが現れたのは、南側市街地の中央あたりに差し掛かった時だった。急に彼女の黄色い羽根が私の少し前に現れ、屋根の上に静かに降り立つ。


「ああ、テンコ! 良かったあ……」

「リエルお姉ちゃん! 大丈夫だったんだねー!」


 槍を握る手はやはり切り傷と火傷に塗れている。


「その傷すぐ治すからね! 《過剰治癒(オーバー・ヒール)》!」


 幸いイダテンコの傷はかなり浅かった。一瞬で治療し、出来る限りの笑顔を浮かべて見せる。


「わー、なんか早くなってない?」

「何回もやって慣れてきただけだよ。とにかく、これで大丈夫だね」

「うん!」


 槍をぶん回し、屈託のない笑みを振りまくイダテンコ。来て良かった。


 さて、彼女と合流したはいいが、最も大きな問題はどうすべきか。再び私はズタボロの青い鳥に目をやった。


 カオスヘクスは相変わらず突っ立ったままである。再生することも移動することもなく、不動を貫いている。頭だった辺りには赤黒い点がまだ見えていた。


「どうしようか、あのカオスヘクス」

「うーん。私の槍だとあんまりダメージ入らなさそうだしなー。モルトヴァかヒクイドリにやって貰うしかないんじゃない?」


 やっぱりそうなるか。それしかないよなあ。溜息をつく。


「ヒクイドリさんを探して、あの人に一気にやって貰った方が良いかもね。モルトヴァに任せるのは嫌だよ」

「そうだねー……ん?」


 急にイダテンコが目を細めた。視線の先にはカオスヘクスがいる。


「どうし──」


 私の発言は、右腕を掴んだイダテンコの《超重雷走(ヘビィ・ボルト)》に断ち切られる。溶ける視界。流れる風景。直後、遠くで真っ赤な光が煌めいた。


 周りの光景は一瞬で元に戻る。だが、私の勢いは保たれたままだったようで、凄まじい速度で街道に放り出された。石畳を剥がしながら住宅の壁に激突し、ようやく動きが止まる。


「あたた……」


 ひどく打ち付けた腰を摩りつつ、私はイダテンコの姿を探す。

 右の遠くにカオスヘクス。左にはモルトヴァが積み上げた壁。どうやらモルトヴァの拠点辺りに戻ってきたらしい。あの僅かな時間で私とイダテンコはカオスへクスをすり抜けたようだ。


 だが、イダテンコの姿は見当たらない。


「テンコ! 何処行ったのテンコ!」


 おかしい。遠くへ行くはずがないのだが。街道のど真ん中まで歩き、そこでぐるりと一周しながら見渡した。


 体がほぼ反転した瞬間、黄色い羽根が一瞬見え、自らの目を疑って擦る。なぜそこに? 私は慌てて駆け寄った。


「テンコッ!」


 私が衝突した壁の中。そこにイダテンコの小さな体が半分埋まっていた。つまり、先程私は彼女をクッションにしていたということになる。


「ごめんなさい、全然気がつかなくって」


 杖を石畳に突き刺し、空いた手でイダテンコの腕を引っ張る。彼女は意識を失っているようで、壁から離れるとそのまま膝をついた。


「テン……」


 そして、絶句する。

 彼女の胸のど真ん中に大穴が開き、血が溢れ出ている。

 更にそこには、赤黒く丸い何かが潜んでいたのだ。


「ぐふふっ!」


 縦に押し潰した赤子のような異形。輪をかけて短く、それでいて不釣り合いなほど巨大な手を持つ腕。濁った黄色一色のおぞましい目。

 それは笑い声をあげ、イダテンコの背中から飛び上がる。赤い血が飛び散った。彼女の体が地面に倒れる。


 目の前の状況が信じられなかった。まさか、イダテンコでもかわせない攻撃があるだなんて。


 うつ伏せに倒れたイダテンコの上で、四つん這いになった赤子は私を見据える。ショックと気味悪さで全身に震えが走った。


「いやあ、また会えて嬉しいですよ、リエル=トルフ」


 聞き覚えのある怖気立つ声。


「ゔ、ヴリード!? なんで、なんで貴方が!」


 イダテンコの治療も忘れて慄く。とっくに消え去ったはずのヴリードが、赤子のような姿で再び現れるなんて。

 彼は口をがばりと開き、狂気的な笑い声をあげた。


「ぐひはははっ! 肉体を一部貸してもらったのですよ、貴女を迎えるためにね! 混沌(カオス)はやはり素晴らしい!」


 そう言いながら全身を震わせ、突如私に飛びかかるヴリード。


「ひっ! ぐあうっ!」


 ヴリードを払いのけようと振った右腕はあっさりかわされた。まだらに赤黒い手が私の首に食い込む。その小さな体格からは想像もできないほどの力だ。気を抜けば意識が飛ぶだろう。


「うひひひひ! 火炎で焼かれた時は終わりだと思いました! 苦しかった! 死ぬかと思いました! しかし、混沌(カオス)は儂を見放さなかった! 貴女という褒美を用意してくれていた!」


 赤子の口から伸びる巨大な舌が私の顔面を舐める。糸引く粘液の臭いに吐き気がこみ上げた。


「あと一歩のところであちらの少女に庇われたのは想定外でしたがね! まあ、ライバルが減ったものとして良しとしましょうか!」


 その言葉で一気に不快感が吹っ飛んだ。代わりに心を占めたのは強烈な罪悪感と自分への嫌悪である。


 イダテンコが私を庇ったなんて。また私のせいで人が傷つき倒れたなんて。私はあの子を少しでも助けてあげたかった。それだけなのに。


「貴女も混沌(カオス)の素晴らしさについてはいい加減分かってくれたでしょう! さあ、一つに! 儂と一つに!」


 首に食い込む力が更に強くなる。ああ、意識が途切れる。嫌だ、こんな奴に落とされるなんて! こんな奴と一つになるなんて、絶対に嫌だ!


 その時、突如目の前のヴリードの顔に靴が食い込んだ。


「ぶげっ」


 無様な声を上げながらぶっ飛ぶヴリード。ようやく息が自由になり、私は派手に咳き込んだ。同時にその靴の主へと視線が伸びる。


「せ、セラフさん!」


 黒いスーツにハゲ頭の大男。モルトヴァのエージェントの一人、セラフだ。彼がヴリードを蹴り飛ばしたようである。

 彼はネクタイを締め直し、私を見る。黒眼鏡越しにうっすら瞳が光った。


「アレは任せて下さい。早くイダテンコ様の治療を」

「は、はいっ!」


 そうだ。イダテンコは私を庇って大怪我を負っていたんだ。私が責任持って治さなくては。

 大急ぎで跳ね起き、杖を引っ掴み、流れるようにスキルを使う。


「《過剰治癒(オーバー・ヒール)》!」


 神経を送り込み、胸の大穴を治療する。イダテンコは心臓や肺といった重要な臓器を悉く破壊されていた。私がいなければ死んでいただろう。良かった、私のスキルが強力な治癒で。


「テンコ、大丈夫? 起きて、テンコ!」


 スキルを解除し、イダテンコの体を起こす。彼女は目を開けない。呼吸は非常に浅い。体温もあまり高くないように感じた。

 何かミスをしたか? 或いはヴリードが何か細工をしたのかもしれない。もう一度スキルを使用して体内を探る。


 だが、イダテンコの肉体には何の問題もなかった。あの砂つぶのような物体はどこにもないし、筋肉も神経も全て正常だ。血液だって足りてるし、脳も万全。


 ただ、肉体が死へと向かい続けている。


「な、なんで、なんで起きないの!? テンコ、起きてテンコッ!」


 私の焦りはどんどん加速していく。何度もスキルを使用し、解除し、また使用する。でも治らない、治せない。イダテンコは完全に健康な状態なのに、死にかけている。


 こんな馬鹿なことがあっていいのか?


「ねえっ、テンコ! 起きてよ! 起きてえ……!」


 声に震えが混じっている。それは死につつある友人への悲しみか、自分の居場所を再び失いつつあることへの恐怖か、或いはその両方か。


「手遅れだ」


 無慈悲な声。振り向くと、青い顔をしたモルトヴァと目があった。かなり気分が悪そうである。


「なに? どういうこと?」

「もうどうやってもイダテンコは助からん。魂を破壊されている」


 意味が分からない。肉体は完全に治っている。死ぬはずがない。

 頭を振って頑なに否定しようとする私へ向かって、モルトヴァの不機嫌そうな声が次々に押し寄せてくる。


「カオスへクスの攻撃は特別だ。ウツロの者の防御は意味を為さず、召喚され師のスキルは緩やかに貫通される。そして、攻撃の当たり方次第では魂を直接破壊する。そうなれば最期、その者はどう足掻こうが死ぬ。死ぬのだ、リエル=トルフ」

「そっ、そんな、そんなこと……!」

「言ったはずだ。お前がエゴを振りかざせば死者が出ると。もう諦めろ。自身の浅はかさを悔やめ」


 そんな訳がない。私が居るのに死ぬなんて、そんなことある訳がない。あっていいはずがない。


「お、《過剰治癒(オーバー・ヒール)》ッ!」


 悪あがきのスキルを発動する。見えない神経がイダテンコの全身の状態を私に伝えてくる。 


 間違いなく、完璧に健康体だ。何度見直したってもう治す場所なんてない。大丈夫なんだ。絶対に死ぬはずがないんだ。

 なのに、彼女が感じている情報だけが減っていく。


 ああ、私が居なければ。

 安易に飛び出さなければ。

 あのまま閉じ込められたままでいれば──彼女が私を庇うこともなかった。


 私がイダテンコを殺したのだ。

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