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召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
24/39

乗り込め、神殿へ

「これは我々が責任持って直しておきますね!」


 ナオは私のギルドリングを取り上げ、歯をむき出しながら笑った。目の前で喋っているというのに、声がものすごくでかい。


「まあ、その、すまなかった。我慢してくれると嬉しいと思ってるんで」


 灰色の髪を弄りながら、ガラは目線も合わせず呟く。こっちはこっちで遠いのに声が小さい。なんてアンバランスな二人だ。


 ナオはどこからか丸い金属球を取り出し、その中に私の壊れたリングを放りこんだ。


「チューニングマッスィーン! オーン!」


 彼女が出っ張った部分をひっぱたくと、ガリガリという引っ掻くような音が内部から聞こえた。そして、すぐに甲高い金属音が響く。


「はいどーぞ! 新品ピカピカ、まるで新品! です!」


 実際、そのギルドリングは貰った時のように明るい輝きを放っていた。おとなしくそれを右腕にはめてもらう。


「てゆーか、結構治療時間かかるんですね! びっくりしました!」

「え、ええ?」

「管理官の知り合いにもヒーラー専の方が居るんですけどお、その人一瞬で国中の人間の怪我や病気を治しちゃったりするんですよお! やっぱ遅いと思います!」

「は、はあ、そうですね」


 嘘偽りが出来なさそうな物言いのナオ。多分その話は本当のことなのだろうし、その召喚され師に比べれば私のスキルなど明らかに劣っている。


「ってことはですよ! やっぱまだ見えてない、使いこなせてない能力とかあると思うんですよ! なんか他にも応用出来ます、きっと! 頑張れ頑張れ!」


 そう言ってナオは、ばしばしと私の背中を叩く。ものすごく下手くそだが、彼女が激励のつもりで言っているのは分かった。


 だが、正直言って今、私の気持ちは整理が付いていなかった。

 私を追い出したモルトヴァがエージェントに襲撃させ、私のスキルの詳細を調べようとした。それは分かった。分かったのだが。


 ……まるで実験動物じゃないか。少なくとも対等の立場ではない。モルトヴァは、本当に私を実験対象としてしか見ていないのだ。


「じゃ、私らは邪魔にならないよう隠れてるんで! お気になさらず!」

「あの、一つ良いですか?」

「なんです?」


 路地へ帰りかけたエージェントたちを呼び止める。勢いよく振り向いたナオは足を交差させた変な体勢で固まっていた。


「その、ここの地下に隠れている人々が居ましたよね? かなり飢えているみたいですので、どうにか手を貸してあげられないかなって」

「無理! です! 無理! 無理無理!」


 腕で大きなバツ印を作り、憎たらしいくらいの笑みを浮かべるナオ。その背後でガラが補足する。


「まあ、要するに、我々は命令でしか動けないということで。まず、管理官に相談して欲しい、と。必要なら俺からも進言するんで」


 ナオはともかく、ガラとはまともな会話が期待できそうだった。だが、結局最後に待ってるのはモルトヴァとの対面だ。私は彼とまともに喋れる自信がないし、するつもりもない。彼が私を同業と見ていないのであるならば、尚更だ。


「そ、そんなこと言わないでください、ガラさん! 一時しのぎでもいいですから、何か食料を持って帰ってあげたいんです。交渉している間に飢えに堪え兼ねたらどうするんですか!」

「俺に言われましてもねえ」


 困ったように眉根を寄せるガラ。埒が明かない。私ではどうすることもできないようだ。

 仕方ない、一度戻って皆を安心させてやらねばならぬ。解決はそれからだ。


 私は踵を返し、再び小屋内の地下へと向かった。今度は飛び降りる際に床板も戻しておいた。

 戻ってきた私を見るや否や子供達が寄ってくる。その先頭はログとエリだ。


「姉ちゃん! 無事だったか!」

「大丈夫ですよ。敵ももう居ないみたいです」

「ほんと? 良かったあー、急に変な言葉を喋り始めて心配してたんだよ」


 ああ、なるほど。ギルドリングが破壊された時、私が受け取る言葉がおかしくなったように、私が発する言葉も彼らにはおかしなものに聞こえていたのだろう。このギルドリング、役に立ちすぎて失った時が怖すぎる。


「とにかく、もう大丈夫です。事情は大体分かりました。あなた達はここから出ないようにしてください。私がなんとか食料を都合してきますし、悪徳神官もなんとかしてみせます」

「し、しかし……」


 まだ寝ている老人が難色を示す。


「ヴリードは信仰も忘れ、権力にばかり溺れた悪党じゃ。すぐに魔物の騒動が解決したとしても、儂らのことはどうにもならん」


 何度も出てくるヴリードという名。彼の悪どさは相当のようだ。それもそうか、魔物に襲われた市民たちを丸ごと追い出すなんて馬鹿なことをやる輩だし。


 だが、権力に溺れているということは、権力に弱いと言うことである。私みたいな召喚され師が一言スパッと忠告してやればいいのだ。


「私に任せてください。良い考えがあるんです。すぐ行ってきます!」


 皆が安心できるよう、私は満面の笑みを浮かべてみせた。大人たちや老人は不安そうな表情。だが、子供たちは笑顔を輝かせた。


「姉ちゃん、頼んだぜ!」

「気をつけてね、姉ちゃん!」


 ログとエリの声、そして子供達の歓声を背に受けながら、私は地下室を後にした。目指すは私たちが召喚された場所。神官のいた建物だ。


────────────────────────────────────


 改めて遠景から見ると、私たちの召喚された建物、神官たちのいる神殿は本当に豪華なものだった。

 周囲が石造りの質素な建物ばかりだというのに、それは一面ド派手な青塗りの高層建築。何故出て行く時気がつかなかったのか、不思議なくらいである。


 私は門の前に居る番兵らしき男に話しかけた。


「あの、すいません。ヴリードさんに会いたいのですけど」


 寝不足気味の顔をした番兵は、手にした警棒をフラフラさせながら私の顔を眺める。視線も定まっておらず、ものすごく眠そうだ。


「なんだお前は?」

「召喚され師です。神官のヴリードさんに会いたいので、通してください」

「帰れ」


 番兵は欠伸をしながら私の言葉を突っぱねた。ログのときもそうだったが、どうやらこの街では召喚云々についてはあまり広まっていないようだ。召喚され師の格は通行証として使えない。


 だが、神官たちなら私のことも分かるはずだ。忍び込み、彼らの前に現れてやる。今の身体能力なら人二人分程度の壁など一飛びで超えられる。


 門を離れ、外壁に沿って幾らか歩いた。途中、二人ほど市民とすれ違ったが、北西の街には一切目を向けなかった。彼らは街の反対側の住民なのだろう。


 中腹まで来たところで人目が無いことを確認し、軽く跳ねて壁を飛び越えた。楽勝だ。

 しかし、この時足元を確認してから飛ぶべきだった。私は飛び越えた先の池に真っ逆さまに落ちたのである。


「ぶえっ!」


 派手な水しぶきをあげ、水底へ沈む体。まずい。こんな派手な落ち方をしたらすぐ気づかれる。私は透明度の低い池の底で仰向けのまま待機した。


 案の定警備をしていたと思われる兵士が一人寄ってきた。彼もまた寝不足のようで、目元が黒く滲んでいる。息を止め、私は必死で水底に張り付いたまま彼が去るのを待った。


 兵士はしばらく池を眺めた後、視界から消える。良かった。この国の兵士はあまり集中力が高く無いようだ。これなら余計な相手に見つかることなくヴリードに会えそうである。


 私は慎重に池から顔を出す。建物の青い柱のところに一人、立ったまま居眠りをしている兵士がいた。今なら行けるだろう。ローブに浸みた水を絞り落としながら、なるべく音を立てずに兵士の側をすり抜けた。


 改めて見ると、この神殿は屋外と非常に対照的だ。まず、内部はとても明るかった。天井に幾つもある七色の不思議な明かりのせいだろう。恐らく、光魔法か何かを使って灯しているに違いない。


 内装もまたボロボロの街とは大違い。掃除が隅々まで行き届いており、空色の壁は鏡面のような輝きを放っている。厚い絨毯は適度に柔らかく、水を吸って重くなった靴が深く沈み込む。


 警備している寝不足の兵士たちを隠れてやり過ごし、磨き上げられた階段を幾つも登り、建物の上へ上へと向かう。

 私がこの建物を出た時、確かかなり階段を降ったはずだ。詳しい道順は覚えていないが、ひたすら登ればいつか神官たちに会えるだろう。そんな安易な考えだった。


 結果的に、その安易な考えはピタリと当たった。

 十回目の階段を登りきり、対面した両開きの扉を開ける。すると、そこでは多くの青い服を着た神官たちが円卓を囲んでいたのである。


「お、おお? 誰ですかな?」


 最も近くにいた禿頭の神官が私に話しかける。召喚された時は気がつかなかったが、この神官もまた寝不足気味の顔色をしている。例え神官たちといえど、魔物に脅かされていては眠れない。そういうことだろう。


「私は召喚され師のリエル=トルフです。神官のヴリードさんに会いにきました。ヴリードさんはどなたですか?」


 神官たちは顔を見合わせる。


「ヴリード殿なら、そこにおりますが……」


 部屋の最奥。円卓とは別の、青く滑らかな石製の豪華な机。そこにヴリードらしき太った神官が座っていた。私の記憶が確かなら、この神官は召喚時に居なかったはずだ。


「儂がヴリードでございます。如何しましたかな?」


 ……すごい。この神官、人間とは思えないほど太ってる。ちょっとした馬並みの体重がありそうだ。顔だってぶくぶくしててどこが首だか分かったもんじゃない。何よりその顔は、他の神官たちと違って健康な色艶を放っている。体だけでなく精神も図太そうだ。


 私は得意げに笑みを浮かべて言葉を連ねる。


「貴方、魔物を引き寄せたなんて言いがかりで、北西市街の市民を追い出したそうですね。そんな幼稚な理論を並べ立て、人を魔物の餌にするなんて! 恥ずかしいとは思わないんですか?」

「必要なことですから」


 にこにこと満面の笑みで返すヴリード。何がおかしいというのか。私の中で怒りがぐんぐん膨れ上がる。


「魔物どもは北西の山間から湧いております。貴女も見たと思いますが、この荒野にあるのはこの街だけ。活気があればあるほど、儂らは標的にされてしまうのです。とても、とても苦しい選択でございました」


 ヴリードは白々しく胸の前で手を合わせる。体型のせいで苦しそうだが、その厭らしい笑みは全く崩れない。


「傷ついた市民を犠牲にするしかなかった。儂も悲しかったのです。どうかこの気持ち、貴女にも分かっては頂けませんかな? リエル=トルフ殿」

「ふざけないで」


 魔法杖を軽く叩きつけ、音を響かせる。神官たちの注目が集まる。よし、言い負かしてやる。


「貴方のせいで追い出された人々は、皆一人残らず苦しんでいるんですよ! 魔物に怯え、飢えに苦しみ、明日も見えない中で──」


 突然ヴリードが右手を机に叩きつけた。


 鼓膜を貫く轟音に私の声が途切れる。驚いて肩が跳ね、言いかけた言葉が喉を通らず、小さな悲鳴となって口から漏れる。言葉を言い直そうとしているのに、私の声は言葉にならない。


 ヴリードは微笑んだ。


「失礼。少々頭に来まして」


 どくどくと脈打つ音がはっきりと聞こえる。顔から血の気が引いてる。なのに顔は熱くて熱くてたまらない。控えめに送られる神官たちの視線が、私の体に突き刺さっているのをはっきりと感じる。


 私、雰囲気に呑まれてる?


「まず一つ、貴女に言いたいことがある。何故よそ者の貴女が、よく知りもしない問題に頭を突っ込むのですか? 儂は悲しい」

「え……」


 よそ者なんかじゃない。私はこの目で飢えた人々を見てきた。ヴリードを悪と言う老人の言葉も聞いたのだ。それを聞き、助けようと。問題を解決しようとここに来た。


 そう言え。言わなきゃ。言いたいのに。

 なのに、私の口からは声が一切出ない。目に涙が滲んでるのが分かる。

 後ずさりたくないのに、一歩、また一歩と足が下がっていってしまう。


「もう一つ。貴女方は儂らの依頼を無視し、神殿から勝手に出て行きました。そのような臆病者たちに、何故儂らの勇気ある決断が責められなければならないのでしょうか? 不思議でなりません」


 ああ、そうだった。私はモルトヴァに連れられ、この建物をさっさと出て行ったのだ。依頼をヒクイドリに任せて。彼らから見れば、私たちは逃げたのである。そう受け取られても仕方がない。


 こんな……こんな馬鹿なことがあって良いのか?

 圧倒的に有利な条件を携えてここに乗り込んだはずなのに、私はヴリードに完全に言い負かされていた。


「で、でもっ! でも、ヒクイドリが行ったなら、すぐ魔物の問題は解決します! もう追い出したまま放っておく必要はないんですよ!? 助けてあげなくてはダメでしょう!?」


 必死で声を絞り出す。掠れた声は小さく、涙声を含んでいた。これじゃ子供のワガママにしか聞こえない。

 ヴリードもそれを察したのか、急に優しい声に変わった。


「リエル=トルフ殿。それは儂らも分かっております。貴女に言われなくとも、既に理解している問題なのですよ。魔物の問題が解決次第、兵士を救援に向かわせるつもりです」


 それでは間に合わないのだ。人々は正に今、飢えている。それをこのぶくぶく太った神官は分かっていない。

 怒りが湧く。同時に涙が込み上げる。絡みつくような怯えが声を震わせた。


「でもそれだとっ……ログも、エリも、飢えて飢えて大変そうなのに……早く、早く助けてあげたいのにっ……」

「リエル=トルフ殿。こちらへおいで」


 手で私を招くヴリード。私は一瞬躊躇したものの、おとなしく彼の元へ歩み寄った。途中、神官たちの視線がザクザクと突き刺さる。


「この街で新しい知り合いが出来たのですね。素晴らしいことです。儂ならば、貴女の知り合いを助けることができます」


 ヴリードの分厚い手が肩に触れた。湿った柔らかさがケープとローブを貫通して伝わってくる。


「儂の元で働きなさい。そうすれば、兵士を今すぐ向かわせましょう」


 含みのある、いやらしい瞳が私の右目を覗いていた。

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