地下の住民たち
「俺がログ。こっちの妹がエリ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる年長の少年ログ。隣には怯えた様子の少年……ではなく、少女エリ。二人とも薄汚れた金髪で、兄妹だったようだ。
「ごめんね、驚かせちゃって。あなた達のこと、話してくれると嬉しいな」
視線の位置を合わせるためにしゃがみ、出来る限りにこやかに喋る。だが、腕に刺さったままの短剣まではごまかせない。なるべく兄妹の目に映らないよう後ろ手にした。
幾らか待って、妹のエリが涙声で喋り始めた。
「お、俺ら、ずっとロクなもん食べれてなくて……神官たちはたくさん食えてるっていうから、それでこうやって取っ捕まえて、ちょこっと脅してやろうと……」
「エリ。弱気なところを見せんじゃねえ」
ログに小突かれて黙るエリ。二人は弱々しくも鋭い目で私のことを睨んでいる。そう簡単に打ち解けられそうにはない。
「とにかく。お前が神官じゃないってんなら用はない。紛らわしい格好はやめて、どこかへ行けよ」
「ま、まあまあ、そんなこと言わないで」
どうにも会話の取っ掛かりが見えない。何かいい対価があればいいのだが、生憎私のスキルは治療専門だ。彼らの空腹を満たすことには使えないだろう。杖以上に価値のあるものもないし……。
いや、治療は使えるかもしれない。この衛生状態ならば、怪我や病に倒れた仲間、或いは保護者が居る可能性も十分にありえる。それと引き換えと行こうじゃないか。
「ねえ。貴方の仲間に怪我か病気をしている人は居ないかな。私なら治せるよ」
二人の目が反応した瞬間を私は見逃さなかった。
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ログとエリ兄妹に連れられ、狭い路地を幾つも抜ける。何処に行ってもきつい死臭が鼻を突いた。時には路地裏にも死体が転がっている程である。私はローブや杖が当たらないよう細心の注意を払って歩いた。
ある程度進んだところで二人はボロボロの小屋に入った。床の一部を外すと、そこには地下室へのハシゴが。
「先に降りて。私は後から行くから」
二人は怪訝な顔で見合わせた後、エリが先に降りていった。続いてログ。
「さて、と」
兄妹が降りきり、真下にいないことを確認してから私は飛び降りた。何てことのない距離。二人は驚いたが、すぐに平静を取り戻した。
「治して欲しいのは爺様だ」
ログは言う。爺様とは、元神官なのだと。長年自分たちの面倒を見てくれていた、優しい人間なのだと。
「何日か前に神殿を追い出されてから、ずっと眠ったまんまだ」
薄暗い地下道をまっすぐ抜けると、そこには多少広い空間があった。ログたちと同様、ボロボロの衣服をまとった大人が六人、小さい子供が二人。奥で寝ているのが話に出てきた爺様か。
「ログ。誰だそいつは」
「寝たきり爺様を治してくれるってよ」
いかつい顔をした痩せ男の問いに答えるログ。皆怪訝な表情で互いを見返す。
「怪しいな。医者の癖に片目がないとは。第一、こんな如何にも馬鹿そうな女に何ができる?」
痩せ男が私の胸へ軽く拳を叩き込む。視線は明らかに私の胸へ注がれていた。どうやら、この部分に偏見があるようだ。
「ま、まあまあ。まず、その人の容体を見せて頂けませんか」
大人たちを制止し、私は爺様の横に座る。長い髭を蓄えた老人は全く反応を見せず、小さく呼吸しながら眠ったままだ。まずは中を見なくては。
「《過剰治癒》」
神経が老体に潜り込む。
なるほど、年相応に衰えてはいる。だが、この程度の老化で寝たきりにはならないはずだ。筋肉はしっかりしているし、神経にもおかしなところはない……というところで、ある一点に釘付けになった。
首筋のある一点。ごく小さな砂つぶのようなものが見える。この周辺だけ組織が明らかに衰弱していた。神経で触れてみると、砂つぶのゴツゴツした表面の突起部分から、何か液体らしきものが出ている。まさかこれが原因なのか?
砂つぶを体外へ弾き飛ばし、衰弱した部分を作り直す。すぐに神経が元の働きを取り戻し始めた。もう治療完了だ。
「これで大丈夫ですよ」
騒めく周囲の声。それは疑惑か、それとも困惑か。
……治癒魔法だけではこうはいかなかっただろう。傷を治し体力を補うことはできても、これほど小さな原因を探って取り除くことは不可能だ。他の魔法との組み合わせ、或いは医療技術による手術が必要になる。
私は昔よりずっと進歩している。肉体を半分失った人間だって治療できるし、不治の病も治せる。原因不明の昏倒だってこの通りだ。
それでも到底他者のスキルには及ばないという。これ以上、私にどうしろというのだろう。溜息が自然とこぼれた。
その時、老人が目をカッと見開いた。勢いよく跳ね起き、大声で叫ぶ。
「ヴリードッ! 出てこい、細切れにして魔物の餌にしてやるっ!」
開口一番罵声を吐き出す元気を見せる老人。長い髭が暴れ、唾が飛び散った。周りの人々が驚いて騒めき、ログとエリ含め子供達が悲鳴を上げる。その声を聞いたことで、老人はようやく正気を取り戻した。目をパチクリさせ、人々の顔を見る。
「お、おお……お前たち……ここは? 何処じゃ?」
「れ、例の地下です爺様。爺様は神官連中に追い出されたんですよ。一週間も寝たきりで」
「なんじゃと! かあっ、ヴリードの野郎! ふざけおってえっ!」
老人がまた怒り狂い始めた。ヴリードという者に恨みがあるのは明白だが、恐らく記憶が混濁している。このままだと埒が明かないので、私は慌てて彼のことを窘めた。
「だ、大丈夫ですよお爺さん。ここにそんな人居ませんから落ち着いて」
「ぬおっ!? お前誰じゃ!?」
「私が貴方のことを治療したんです。眠ったままだったみたいで」
目を白黒させながら私を見る老人。その視線は私の顔の傷を離れ、金色の杖に向き、最後に腕へ突き刺さった短剣に釘付けになった。ただでさえ見開かれていた目が、更に大きく引き裂かれんばかりに開かれる。
「あ、ああ、これは別に心配しなくても大丈夫です。ログさんたちと揉み合いになった時に刺さってしまっただけで……」
「何じゃと! ログッ、お前何ということを……!」
「だから大丈夫ですってばあっ!」
しばらく押し問答を繰り返した末、部屋にはようやく静寂が訪れた。暴れた老人のゼエゼエという呼吸音がやけに大きく聞こえる。
「申し訳ない。ログがとんでもないことをしてしまった。本当に申し訳ない」
「大丈夫ですから、心配しないで」
何度目だろう、この言葉。疲れが押し寄せ、座り込みたい気分だ。とにかく老人も落ち着いたので、話を聞き出せそうな雰囲気である。
「あの。何があったのか教えていただけますか?」
「う、ううむ、それはですな……」
髭面を掻きながら老人は目をグリグリ動かす。記憶を整理して思い出そうと必死になっているようだ。
「まず、ここは家のない者の為に儂が買い取った地下室……のはずじゃな。彼らのような家のない者たちを隠れ住まわせ、世話をしとった。ログも随分住んどるはずじゃの」
「十年住んでるよ」
部屋の隅で膝を抱えながら、吐き捨てるようにして言うログ。相当昔からログは孤児だったらしい。他の人々もそうなのだろうか。
「今まで上手くいっとったんじゃが……ある日魔物が急に襲ってきおった。街の北西側でかなり死人が出て、町中死体まみれになっとった。そこでしゃしゃり出てきたのがヴリードという名の悪辣な神官じゃ」
老人は自分の頭をぺしぺし叩く。やり場のない怒りを自身にぶつけている。
「奴は孤児乞食の臭いが魔物を誘い込んだと言い放った。そして、それを見逃していた北西の市民にも責任があると宣った! そしてあろうことか、生き残った者たちを全て追い出しにかかったんじゃ!」
また老人のこめかみに青筋が浮き始めた。怒り狂っている。
「もちろん反抗した者はおったが、贄と称され理不尽に殺された。儂一人では力不足じゃった! 口答えしたその日から、脅されるわ軟禁されるわ散々な目に合わされた挙句、ヴリードの前へ引っ立てられて頭をぶん殴られたんじゃ! それ以降、意識がぷっつり途切れてこの通り……」
「俺とエリが、神殿の近くで倒れてた爺様を見つけて、ここまで引っ張ってきたんだ。この地下室は見つかってなかったみたいだからな」
なるほど……魔物の襲撃にまともに耐えられないから、邪魔な市民を追い出し囮としたのか。だが、それがいい案とはとても思えない。現にこうして追放から免れた民が、憎悪と飢えのあまり見境なく牙を剥いている。魔物を退治したところで、彼らの恨みつらみは解消されないだろう。
だが、心配ない。この世界には私たちが来ている。
既にヒクイドリが魔物の巣に向かっているはずだし、地上にはモルトヴァの拠点がある。更にイダテンコまでいるのだ。じき、魔物どもは一匹残らず根絶されるだろう。
「大丈夫ですよ。私たち召喚され師が召喚された以上、もう安心です。魔物たちはすぐに退治されることでしょう。必ず平和な世界が戻ってきますよ」
「召喚? ああなるほど、ヴリードめ、安易な手段に出おったか」
老人は召喚の儀について知っているようだ。あまり良くは思っていないようだが、それでも我々の強さについては多少なりとも理解があるはず。ならば安心してくれるはずだ。
その後の問題がどうなるかは分からないが、意識を取り戻した老人が糾弾することで、ヴリードとかいう悪徳神官は引きずり降ろせるはず。なんなら私が証言してやっても良い。この老人は怪しい術で眠らされていた、と。召喚され師の言うことならば、神官たちも信じてくれるはずだ。
「申し訳ありませぬ、斯様な手間をかけさせてしまって……本来は我々の問題じゃというのに」
寝た姿勢のまま、深々と頭を下げる老人。
ウツロの世界はウツロの民のもの──モルトヴァの言葉が想起させられた。
頭をブンブン振って、その言葉を脳内から追い出す。
確かに彼の言いたいことは理解できる。理解できるが、それでも。
こうして目の前の人々が苦しんでいたら、手を差し伸べ救いたい……それが人という生き物じゃないのか。
彼への反抗心だけで私は決意した。この人たちをこの手で救おうと。
「それが私たちの仕事ですから。だから後は私たちに任せて──」
ひゅん。何かが空気を切る音。
その正体を知る前に、目の前の老人の頭が吹っ飛んだ。
赤い赤い、鮮やかなモノが空中を舞った。




