死の街を歩く
「予想外の事態だったが、結果的に手間が省けたな」
休憩室に入ってきたモルトヴァが呟いた。視線の先にはヒクイドリに開けられた大穴がある。
「また、対カオスへクス想定、百三十五センチのレベルⅦ防壁がスオウ級に対して全く無力であることが分かった。記録しておくように」
「了解しました」
セラフが手に魔光紙のような物を持ち、指で何か書き込んでいる。記録魔法を使っているのかもしれない。
私は彼らのことを気にせず、イダテンコを助け起こす。目の焦点が定まっていない。まだかなり混乱している様子だ。
「テンコ、立てる?」
「うん……大丈夫……」
大丈夫じゃない。完全に動揺している。握った手を通して彼女の震えが伝わってくる。ショックを受けたのは両腕を切断されたことなのか、それともスキルをヒクイドリに破られたことなのか。ひょっとしたらその両方なのかもしれない。
「リエル=トルフ。お前のスキルは見せてもらった」
「え?」
モルトヴァが私のことを見ていた。いつも以上に渋い雰囲気の表情をしている。
「たかが一人の治療にかなりの時間が掛かったな。それで全力か?」
何? 何を言っている? モルトヴァの言わんとしているところが分からない。いや、単に分かりたくないだけなのかもしれない。
「そ、そうですけど……」
「嘘をつくな。それでは非力が過ぎる」
黒縁眼鏡を掛け直すモルトヴァ。威圧感に私の意気が衰えていく。
「召喚され師のスキルは、それが戦闘向きにしろサポート向きにしろ、概ね同等の強度を持つとされている。例外はない。だが、お前のスキルは一人の人間に対し鈍重な速度の治療が精一杯だという。ならば、明らかにお前は他者より劣っている」
そんなことない、なんて言えない。私が一人しか治せないは事実だ。
だけど……言い方があんまりにも、あんまりじゃないか。
「何が、言いたいんですかっ」
強く反論したつもりだった。だが、声がかすれている。声が詰まって涙が視界を歪めた。モルトヴァは一切表情を変えないまま言い放った。
「ここから出て行け。無能に用はない」
体の芯が焼けるような感覚。耳が遠くなり、視界がぐらついた。
反論したい。言い返したい。だけど……何も言えない。私が他の召喚され師より遥かに出来ることが少ないのは本当のことだから。
思いついた罵倒語を何もかも胸に秘めたまま、大穴に向かって駆け出した。
「リエルお姉ちゃん!」
後ろでイダテンコの声が聞こえたが、足が止まらなかった。振り返りすらしない。分厚い壁穴を一飛びで通り抜け、石畳を蹴り砕き、街道を走り抜ける。
どこでもいい。どこかに行きたかった。
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リエルのことを追いかけようとして、イダテンコは一歩踏み出した。その瞬間、彼女の姿は室内からかき消えた。
イダテンコが《超重雷走》を使用したわけではない。その場から瞬間的に、完全に消えたのだ。
モルトヴァは白衣の内側から通信端末を取り出し、話しかける。
「イダテンコ。お前はそこで待機しろ。心配しなくても、当方のエージェントがリエル=トルフのことを見張っている。命を失う恐れはない」
モルトヴァのスキル《区画収容》は箱型建造物を生み出すだけのものではない。建造物内の物品の位置は彼の意のまま。それが例え召喚され師であろうと、室内に居ればスキルの射程圏内だ。
現にイダテンコは一切の出入り口が無い空間に閉じ込められていた。内装は他の箱と同様だが、滑らかな鉄壁には継ぎ目一つすらない。
イダテンコはスピーカーから発せられたモルトヴァのセリフに怒りを募らせる。
「何言ってんの! あんな酷いこと言っておいて、それは無いんじゃないの!」
答えはない。聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか、イダテンコに判別はつかない。どちらにせよ、彼女は横暴に対して黙っていられる性格ではなかった。
「もー! ならこうしてやる! 《超重雷走》ッ!」
イダテンコが加速する。その速度、秒速五百キロ超。彼女に出せる最高速だ。
真っ直ぐの突きが壁面に突き刺さった。
薙ぎ払いが天井を撫でた。
天井からの突き落としが床を抉った。
砕けて欠片となった家具やスピーカーが宙を舞う。
「ぐぐっ、かったいなあ……!」
震える手を見ながら肩で息をするイダテンコ。室内の壁面にはほんの僅かな黒ずみが付いただけだった。自身の非力な攻撃力で突破できないことは、彼女も既に理解している。
それでも、イダテンコはリエルのことが心配だった。彼女にとって、リエルは仲間であり、大切な友人の一人だ。あの自己評価の低い不安定な彼女を、あのまま放っておくことなどイダテンコにできようか。
出来るわけがないのである。槍を構え直す。
「《超重雷走》ッ!」
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街中を歩く。どれだけ歩いても、やっぱり誰ともすれ違わない。風の一つも吹きやしない。ここは死んだ街だった。
石畳を叩く杖の音だけが響き渡る。
無能に用はない。
モルトヴァの言葉が頭の中で反響する。
「わ、私だって……わ、私だって成りたくてなったわけじゃ、ないのにっ」
それどころか、召喚され師としての未来への展望だって、ようやく抱けたはずだったのに。いきなり現れた男に、あっさり全否定された。悔しい。
抑えようのない涙と嗚咽が溢れ続ける。
その時、石畳の隙間に杖が引っかかり、手から滑り落ちた。甲高い金属音と共に転がっていく。私は拾う気にもなれず、ただその転がる杖を見つめる。
突然、私の後ろから誰かが飛び出した。薄汚れた短い金髪が光る。少年か?
ズタボロの衣服を着たその少年は、私の落とした杖を拾い、そのまま駆け出した。盗んでどうする気なんだろう。魔法が使えなければただの杖だというのに。
「ちょっと待って……」
やる気のない走りで追いかける。別に追いつけなくても良かった。どうせ、私にあったって意味のないものだ。
ところが、少年の全力疾走よりも、私のやる気のない走りの方が早かった。今まで意識していなかった、自身の走る速さに驚く。
あっという間に追いつきそうになり、慌てて速度を緩める。早歩き程度なのだが、それでも追い抜きそうで更に足を緩める。
「く、くそっ、追いかけてくんじゃねえよっ!」
少年が懐から小石を取り出してこちらに投げつける。顔のあたりに飛んできたので、反射的に右手で掴み取る。が、勢い余って握りつぶしてしまった。土煙に咳き込む。
「うひっ!? バケモンだぁっ!」
大慌てで速度を上げる少年。その勢いのまま、暗がりの路地に駆け込む。私も特に警戒せず彼の後ろを追い、入り込んだ瞬間何かに蹴つまずいた。
「わあっ!」
勢いよく吹っ飛んで壁に顔をぶつける。仰向けに倒れ込み、背中を思い切り打ち付ける。
うめき声を上げながら起き上がると、狭い路地に細い紐が結わえつけられているのが見えた。どうやら追っ手を撒く為の罠のようだ。計画的な犯行と見える。
埃を払い、改めて路地の奥へ目をやる。暗がりに少年の瞳が光っていた。小動物のような警戒心が垣間見える。
「ねえ。何のために私の杖を盗んだの。理由次第ではあげてもいいよ」
答えはない。紐を跨ぎながら、慎重に近づいていく。
「ほ、ほら、貧乏とかなら、それを売ってお金にするじゃない? そういうことなら、私それいらないから全然あげても──」
首が沈んだ。体勢が崩れる。なんだ? 後頭部に痛み。
少しよろめき、振り返る。逃げた少年より少しばかり年長の男の子。手にしていたのはそこそこ大きい瓦礫だ。
私はこの年長の少年にぶん殴られたらしい。
「うげっ……効いてねえ!?」
「い、いや、結構効いてるからね!」
路地の壁に右手を突っ張りながら答える。実際、召喚され師でなければ気絶か瀕死くらいのダメージはあるだろう。
「なっ、なんのために、こんなことしたの! 下手したら死んでるよ!」
「うるせえ! そんだけいい服着てんなら神官一派だろお前! 食いもん寄越さねえと殺すぞ!」
食べ物? 飢えているのか、この少年達は。確かに彼の頰はこけ、瓦礫を掴む腕は細い。必死の形相は獲物を前にした魔物のそれだ。
再び振り下ろされた瓦礫を奪い取り、地面に叩きつける。予想通り、この年長の少年は驚き慄いている。今の内だ。
「私、召喚され師なんだ。協力できることならなんでも言って」
「は!? 意味分かんねえこと言うな! 逃げるぞ、エリ!」
言うが早いか踵を返す年長の少年。交渉は失敗か。なら実力行使だ。
私は二歩で追いつき、通りの方に逃げ出した少年の腕を引っ掴んだ。
「ねえ──」
「触んな!」
上着の下から取り出されたのは錆びた短剣。それを躊躇なく、私の右腕に突き刺した。鋭い痛みが走るが、別に離すほどではない。召喚され師は打たれ強いのだ。
「こ、このやろっ!」
なんども振り下ろされる刃。ローブの袖がどんどん血まみれになっていくが、こんな質の悪い短剣では常人の腕も落とせない。召喚され師なら尚更だ。
「落ち着いて。私は話を聞きたいだけで……」
「兄ちゃんを離せっ!」
後ろから杖を盗んだ少年が飛びかかってきた。紐が首に食い込む。この二人、慣れてるなあ。こういった事を日常的にやっているのだろうか。
私はこっそり《過剰治癒》を唱え、自身の中に神経を集中させた。
首の方は大丈夫だ。背後の少年の力では首を完全には締められない。私を気絶させるには至らないだろう。
腕の怪我はそこそこ酷いが、命に関わる大怪我でもない。さっさと埋めて、この少年をビックリさせてやるか。
しかし、ここでアクシデントが起こった。治療している最中に、短剣が突き刺さり、その周りを組織で埋めてしまったのだ。
「あれっ!?」
「うっ、うわあっ! なんだあっ!?」
急に動かなくなった短剣を取り逃がし、勢い余って体勢を崩す少年。私は私で短剣を取り出そうとするが、なかなか上手くいかない。これほど大きい異物だとうまく追い出すことができないようだ。
結局私はスキルを解除し、錆びた短剣を刺された状態のまま二人を説得することにした。
「ね? 私はこれぐらい全然平気だから。なんで杖を盗んだのか、どうしてこんなことをしてるのか、説明してくれない?」
掴んだ腕は絶対に離さない。視線も外さない。浮かべた笑みだって崩さない。これで、きっと目の前の少年は喋ってくれるはずだ。
しばらく睨み合った末、少年は降伏するかのように視線を落としたのだった。




