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召喚され師  作者: 蜂八郎
召喚され師はウツロのために
19/39

イゴンの男

「ええーっ!?」


 私は大きな声で叫んでしまった。緑の泡を湛えたサバナエールが倒れかけ、慌てて手を添える。

 イダテンコは耳を塞ぎながら悲鳴をあげた。


「んもー! うるさいよ、リエルお姉ちゃん!」

「あっ、ご、ごめんなさい」


 窘められて縮こまる。だが、こんな大声を上げてしまうのも仕方がないのだ。


「皇国には帰れないって……ほ、本当なの?」

「私は知らないけど、自分からは行けないって……アイスラビットはそう言ってたような……」


 イダテンコは部屋奥の暗がりに目をやる。当然その先には、紫煙を燻らすアイスラビットがいた。薄い青の長髪をかき上げ、いつもの怪しい笑みで私のことを見据える。


「私たちは召喚され師。召喚に応えなければウツロへは行けない、当然のことだ。例えリエル=トルフがウツロ生まれでも同じことさ」

「そ、そんなぁ……」


 意気消沈し、椅子に腰掛ける。

 事の発端は私の発言。元いた皇国に一度帰りたい、家族に会って話したい、という旨の内容だった。それを真っ向から否定されてしまったのである。


 アイスラビットはパイプをコツコツ叩き、足を組み替える。


「だいたい、ウツロ世界は一つじゃない。砂漠の砂粒より多い数存在しているんだよ」

「ええ、そんなに……嘘ぉ……」

「例え任意で行ける手段があったとしても、その中から狙った世界に行けると思うかい?」


 そんなの不可能だ。

 諦めのため息を大きく吐き出し、金の魔法杖に縋り付いた。


 考え直してみると、ウツロ世界というものが一つであるはずがないのである。


 皇国に伝わる秘術中の秘術である召喚術。今まで一度も使われていなかった以上、私のいたウツロ世界が唯一つのものだったら、召喚され師などという職は存在しようが無いのだ。三つの世界という情報に囚われ、先入観で物事を見ていた。


「まあ、事故にでも巻き込まれたと思って諦めた方が良い。他の召喚され師だって、車に轢かれたり病に倒れたものが大半だからな」

「ああ……うん、それもそうですね」

「なんだ、そっちは知ってたのか」


 肩を竦ませてお手上げのポーズを見せるアイスラビット。予想外の反応を見せた時の彼女はとてもつまらなさそうだ。怪しい笑み以外の表情は初めて見たかもしれない。


 だが、まあ。

 戻れないというのであれば、それはそれで諦めがつくというもの。第一、戻ったところでガーネの死は確実だ。ひょっとしたらその責任を追及されたりすることがあるかもしれない。流石にそれは嫌だ。


 私は召喚され師なんだから、もう戻らなくていいんだ。召喚され師として生きていけばいい。みんなそうしてるんだから。

 そうは思うのだけれども……。


 会話は落ち着いたが気持ちが落ち着かず、サバナエールを一口あおった。


 ──この飲み物は瑞々しい草色の泡を立てる。泡の形状は細く鋭く、まるでミニチュアサイズの草原のようだ。実際、息を吹きかけたり入れ物を傾けたりすると、それらが一斉にたなびく。


 見た目が見た目なら味もそうで、喉に流し込むと胸いっぱいに草原が広がる感覚を覚える。時には吹き抜ける風の感触すら感じた。本当にそうとしか形容しようがない。私の知る限りの語彙では、この未知の味を上手に説明できないのである。


 総評すると、飲み心地は爽やかという概念そのもの。一仕事終えての気分転換にはちょうどいい。この為だけにギルドへ戻ってくることさえ、割に合っていると思えるくらいである──。


 しかし、今の荒海のような気分を落ち着かせるには不足だった。脳内で評価を並べ立てても、騒つく心がそれを押し流す。

 居た堪れなくなって更に一口流し込んだその時、ギルドの入り口から誰かが侵入してくる気配があった。


 鮮やかな緑色の髪をした細身の男だ。太い黒縁の眼鏡をかけ、白い薄手のローブのようなものを着ている。

 彼は室内を素早く見渡し、私をまっすぐ見すえた。逆三角形の痩せた顔の双眸で、氷のように冷たい光がギラリと光る。


「リエル=トルフという女はお前だな」

「えっ。ああ、はあ、そうですけど」


 軽く頭を下げて挨拶する。男は視線を逸らさずまっすぐ向かってくる。多分彼も召喚され師なのだろうが、鋭い目つきがちょっと怖い。

 その怯えを察したか、イダテンコが私と男の間に割って入る。


「何か用? 聞きたいことがあるなら、まず私に聞いてくれれば……」

「凡庸な召喚され師に興味はない。当方はリエル=トルフに興味がある」


 凡庸? イダテンコが凡庸だって? 友人を蔑(ないがし)ろにされ、私はムッとする。

 こいつ、テンコの凄さを何も知らないくせに、頭ごなしに貶すなんて。途端に彼の気難しい顔つきが邪悪なものに感じられた。


「当方の名はモルトヴァ。召喚回数千八百回。イゴンだ」


 イゴン。ギルドが設定した三つの階級の中間。ガジンの上で、スオウの下だ。


 なぁるほどぉ、納得がいった。自分よりランクが下のガジンにはらう敬意はないということか。ガーネみたいに嫌味な奴だ。ムソウマルの三倍の召喚回数という実績もあるあたり、ますます鼻持ちならない相手である。


「当方はお前とパーティを組み、召喚に応えるつもりである。異存はあるか」

「あ、あるに決まってるじゃないですか! いきなり言われてもそんな、簡単に決められないですよ!」


 杖をごつごつと床に叩きつけて怒りを示す。しかし、モルトヴァは微動だにせず、じっと私の顔を見つめ続ける。その態度はクローディアスに似ているが、この男はより冷たく厳格な印象だ。無感情というわけではない。


「ガジンであるならばイゴンの要請には応えるべきだ。お前の態度は目に余るものがあるな」

「ちょっとー! 幾らなんでも酷いんじゃない、それはー!」


 槍を突き付けるイダテンコ。その目は完全に敵を見るものだ。それでもモルトヴァは顔色ひとつ変えやしない。雰囲気は一触即発の状態となる。


 その時、アイスラビットが二人の間に割って入った。


「どうどう。ハブ世界での喧嘩はギルドルールで禁止だ。それくらいにしておきなさい。それでも続けるつもりなら、ギルメンの私が罰しちゃうぞー? ちょー偉いんだぞー?」

「ふん。ガジンの下っ端だろう」


 とぼけた口調の彼女を見て、モルトヴァは鼻を鳴らし、眼鏡を掛け直す。イダテンコも渋々槍を収めた。だが、その表情はまだまだ敵意が抜けていない。頰を膨らませながらモルトヴァを睨みつけている。


「とにかく。当方はリエル=トルフというイレギュラーな召喚され師に興味があって来た。どうしてもパーティだけは組んでもらう」

「そ、そんなあ。助けてください、アイスラビットさんー!」


 私は更なる助け舟を求めたが、彼女はくすくすと怪しい笑い声をあげた。どうやら、私はまた予想通りの動きをしてしまったようである。


「まま、良いじゃないか、リエル=トルフ。一緒に行ったって何か減るわけでもない。寧ろ、彼はイゴン級だよ? きっと色々学べるところがあるさ」


 私はきっと露骨に嫌な表情を浮かべただろう。この、ものすごく露骨に嫌な表情を浮かべているイダテンコのように。


「じゃあ私も当然行くからね! 良いよね、イゴンのお兄ちゃん!」

「モルトヴァだ。召喚され師たるもの、名前は一度で覚えろ」


 そう言って彼は左腕を掲げ、ギルドリングをチラつかせる。了承と受け取って良いのだろうか。


「当方がリーダーを務めよう。お前たちもギルドリングを出せ」

「うー、分かりましたよう……」


 諦めて右腕を差し出す。モルトヴァはリングを打ち付けようとしたが、勢いよく差し出されるイダテンコの左腕に邪魔された。眼鏡の下で目が鋭く光る。


「邪魔をするなら来る必要は無いぞ」

「ごめんねー、た・ま・た・ま、邪魔になっちゃって!」


 そう言ってリングを打ち付けさせる。

 すごい。二人の間に火花が散っているように見える。こんなに敵意を示しあっている人を見るのは初めてかもしれない。


「やれやれ、心配だねえ。私も行くかい?」

「来るな。これ以上ガジンを増やされては困る」

「おおっと。嫌われちゃったねえ」


 アイスラビットは後引くクスクス笑いを残し、奥の暗がりへと引っ込んだ。モルトヴァは思い切りため息を吐き、私のリングに荒っぽく打ち付ける。


「ではウツロ世界に赴く。準備はいいな」


 どうせ何を言っても無駄だ。無言で頷く私。

 イダテンコは鋭い目つきで彼を睨みつけたまま。


 私たちの視線を無視し、モルトヴァは召喚に応える準備を行う。


「目標は魔物の掃討。余計なことはしないでいい。当方の指示通り動け」


 彼が眼鏡を掛け直すと同時に、いつもの破裂音が響いた。


 特に感慨もない。感覚の喪失にもすっかり慣れた。

 だから、いきなり目の前に広がった青服の神官たちの奇妙な姿にも別に驚くことはなかった。帽子が二股に分かれてるぐらい、別にどうということはない。


 という訳で、私は普段通りに周りを見渡した。非常に滑らかな石で造られた青い壁。人が三人くらいは縦に入りそうな大きな窓。天井には魔法が関与していると思われる七色の灯りが輝いていて──。


 私の真横に見知らぬ女がいた。


 その女も私のことを見ている。まん丸の黒い瞳孔がはっきり視認できた。

 驚くほど綺麗な顔だ。素直に感嘆する。


「あら」


 女は首を傾げる。青い髪が煙のようにたなびいた。


「おいしそうね、あなた」

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