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召喚され師  作者: 蜂八郎
誰かのためは自分のために
17/39

さよならとよろしく

「リエルお姉ちゃん、ちょっと聞いていい?」

「なに?」


 街を出たあたりでイダテンコが尋ねてきた。相変わらず彼女はニコニコ微笑んでいる。


「私に《過剰治癒(オーバー・ヒール)》をかけた時、どうしてボーッとしてたの?」

「ああ、それなら……」


 私はその時垣間見た景色を語る。滑らかな球体については余計な情報だと思ったので言わないことにした。イダテンコは相槌を打ちながら聞き、そして言う。


「私が死んだ時の景色だね。すっごい大きい津波に呑まれたんだー」


 その答えに絶句する。私が球に入り込んで見た景色は、イダテンコの死の間際に見た光景だったというのか。じゃあ、水から逃げるように走っていたあの幼女は。


「ご、ごっ、ごめんなさい」

「あはは、また謝ってる。そんなに謝らなくてもいいのに」


 槍をくるくる回し、肩に構えてみせるイダテンコ。気にしていないようだが、温泉で話したがらなかったことを私は忘れていない。触れて欲しくない話題なのは確かなのだ。


「それじゃーさ、仕事も終わったしこれからどうする? ムソウマルは?」

「俺か。俺はなあ……」


 ムソウマルは手にした金箔の小箱を掲げる。そして、ニヤリと笑った。


「こいつをどっかに埋めて、宝の地図を作る。そんでしばらくは諸国漫遊の旅でもするぜ。帰るのはそれからだな、わははは!」

「そっか。私はもう帰るつもりだよ」

「じゃあ、ここでお別れだな。リエル=トルフはどうする?」

「え……」


 一方はハブ世界に帰ると言い、もう一方はウツロ世界に残ると言う。私はどうするべきなんだろうか。できれば単独行動ではなく、どちらかに着いて行きたいところだが……。


 イダテンコは初心者だ。学ぶべきところは多くないかもしれないが、距離感はほど近い。

 他方、ムソウマルはそこそこの熟練者で、経験から様々なことを学べるだろう。だが、イダテンコに比べれば距離感が遠い。おまけに、しばらくは召喚にも応えられない。はてさて。


 私が悩んでいると、いきなりイダテンコに右腕を掴まれた。


「私、もうちょっとリエルお姉ちゃんと一緒にいたいなー。良いでしょ?」


 せっかちなのか、それとも私の悩みを察したか。どちらにせよ、その言葉は私にとってありがたい助け舟となった。


「じゃあ、テンコもこう言ってますし……」

「ああ。テンコならそう言うと思ったぜ。ちゃんと後輩の指導してやるんだぞ!」

「当たり前じゃん!」


 胸を張るイダテンコ。その誇らしげな様子を見てムソウマルは微笑み、ギルドリングをはめている左腕を差し出した。


「折角の機会だ。フレンドになっとこうぜ。テンコもやっとけ」

「うん!」

「フレンド、ですか?」


 また召喚され師特有の概念が出てきた。説明のためにムソウマルが口を開きかけたところ、イダテンコが体で遮る。自分が説明する気満々の表情である。


「フレンドってのは要するにね、仲のいい相手をギルドリングに登録しておけるってことなんだよ! 登録してる相手は状態とか何処に居るかとかが分かるし、危ない時は助けに行ったりもできるんだ!」

「なるほど?」


 パーティとは違うのだろうか。違うんだろうな。まあいい、なっておいて損はないはずだ。


「じゃあ、なりましょう。どうすればいいんですか?」

「まず、ギルドリングをはめている方の手の平を合わせる」


 ムソウマルがイダテンコに手で合図し、二人で左手同士を合わせる。


「そうしたら、二人でこう唱える。《これからもよろしく》」

「《これからもよろしく》ねー、ムソウマル」


 すると、ギルドリングが微かに輝き、後引く甲高い金属音が鳴り響いた。


「これでフレンドになれる。簡単だろ」


 私は杖を地面に置き、言われるがままに手の平をムソウマルの手と合わせる。ゴツゴツした、硬い皮膚の手だった。


「《これからもよろしく》」

「《これからもよろしく》……これで良いんですか?」

「もちろん。次、テンコの番な」

「うん!」


 次にテンコと手を合わせる。柔らかく、小さい手だ。一瞬、あの逃げ惑う幼女の姿が脳裏をよぎった。


「《これからもよろしく》」

「《これからもよろしく》。えへへ」


 イダテンコが両手で私の手を握る。心から嬉しそうな笑顔である。


「これで俺たちは友人同士。調べればいつでもお互いの位置や状態が分かる。召喚に応えることなく、相手の場所へ行くこともできる」

「へえ、そういう効果があるんですね」

「危ない時はギルドリングを握って《助けて》と言えばいい。暇してるフレンドが駆けつけてくれるさ。だから遠慮するんじゃないぞ」


 私の肩を二度軽く叩くムソウマル。念押しのサインのようだ。


「んじゃ元気でな、初心者お二人さん。足元掬われんなよ」

「あ……ありがとうございました、ムソウマル」


 私は礼を言う。ムソウマルはこちらを一瞥もせず、右手を小さく掲げた。そして、尾根矢とは反対の方向へと向かって歩き去って行った。


「ばいばーい……私たちも行こっか」

「そうだね、テンコ。ステータスで戻れば良いのかな?」


 慌てて首を振るイダテンコ。


「駄目だよー! アレは大体しっちゃかめっちゃかな位置に行っちゃうんだ。ギルドリングを使って戻った方が絶対良いよ!」


 まず、ギルドリングを外して握り、親指と人差し指で金属部分を擦る。すると、ステータス・オープンと同様、視界に文字列が表示される。前回訪れたギルド、その他ギルド施設の一覧が表示されるので、この中から一つ選べば施設の手前まで移動できる──イダテンコの説明を聞く限りはそういう事であった。


 イダテンコは私のリングを外し、右手に持たせてくれた。魔法杖は胸に立てかけておく。


「じゃ、前回居たところに戻ろーね」


 そう言いながらイダテンコは既に操作を行なっている。私も急いでやらなくては。擦って文字列を表示し、右手で目的の位置を叩いた。


 その瞬間、視界の下から青い光の線が流れる。召喚の時と似ているが、感覚が喪失するようなことは一切ない。驚くほど快適だ。

 光は視界を完全に覆い尽くし、すぐに下から晴れていく。私は既にハブ世界の草原に立っていた。空は相変わらずの快晴。数十歩先には木造建築のギルドが佇んでいる。


 ギルドリングはいつの間にか再び私の腕にはまり、手には杖が握られていた。


「わあっ。すごい快適!」

「オドフロスキィっていうすっごい人が作ってるからねー。創造神様以上に作るのが得意なんじゃないかなあ、あの人。あはは」


 冗談めかしく言いながら歩き出すイダテンコ。私はその背を追いかけようとし、はたと立ち止まる。


「どしたの?」

「……世の中は成るようにしかならない」

「ん?」


 館長先生の言葉だ。昔から私の中で息づいている言葉。そして今も。


「私ね、やっと居場所が見つかったような気がするの。ずっと大したこと出来なくて、代わりが幾らでも居るような事しか出来なくて。それが成るようになった結果の私だと思ってた……でも、まだ先があった」


 イダテンコが不思議そうな表情で私を見ている。

 ……急にやたらと語り過ぎたか。でも、今更止めたらそれはそれで恥ずかしい。なんとか最後まで言葉を絞り出さないと。


「事故みたいなものだけど、召喚され師になって。それで、やっぱり慌てふためいたり、迷惑かけたりして。だけど、やっと自分だけのことで、他人が出来ないことで役に立つことができた。私、召喚され師になって良かったと思う。本当に、いろいろありがとうね、テンコ」


 とってつけたようなお礼で締める。うう、喋るのが苦手な癖に無理するんじゃなかった。こんなこと急に言いだしたら完全に変人じゃないか。


 ああ、もう、ほらっ! イダテンコの目が困惑のあまり空を泳いでいるっ!


「ごごご、ごめんなさい! 反応を求めてたとかそういう訳じゃなくって、あの、ええと……」

「謝らなくていいよー! すごく喋るようになっててびっくりしただけだから!」


 満面の笑みを見せるイダテンコ。その笑顔が眩し過ぎて辛い。


「雰囲気も明るくなっててサイコーじゃん! あとは、その古傷も治しちゃったら完璧だね」

「ああ、これ……」


 私は左肩と左目を順に触る。そういえば私、こんなに大きい部分を無くしてたんだった。《過剰治癒(オーバー・ヒール)》なら自分自身の傷も簡単に治癒できる。そのように私は自然と理解していた。

 早速私はスキルを使おうとする。だが、魔法杖を左肩に向けた時、ふと記憶が蘇った。


 私を見る、暗く感情のない瞳。

 召喚され師になる切っ掛けを作った陰気な大男の目。そして、ギリギリまでスキル使用を躊躇させた目。


 クローディアスは今どうしているだろうか。また淡々と召喚に応えているのだろうか。多分そうだろうな。そうだろう。


 私は杖を下ろした。


「今はやめておくよ」

「えー? なんで?」


 当然の疑問を投げかけるイダテンコ。なんと言ったら理解してくれるだろうか。


 私は……クローディアスに、認められたい。偶然とはいえ私をこの道へ引き込んだ彼に。治療が間に合わず無理をさせた彼に。危機と窮地を救ってくれた彼に。

 召喚され師としての実力を認めて欲しい。


 だから、私はこの姿でなければならない。召喚され師となった時の、肉体の一部を失った状態のまま。


 つまりは──ただの、ワガママだ。


「目標が出来たの。私、クローディアスに召喚され師としての私を見せたい。それまでは、この傷をそのままにしておきたいの」

「ふーん? 願掛けって感じだねー。いいと思う!」


 イダテンコはあっさり認めてくれた。


「それまでは迷惑をかけてしまうけど、ごめんねテンコ」

「全然大丈夫だよ、それくらい! 私が左手代わりになるから!」


 そう言って、私の右腕をぐいぐい引く。


「じゃ、ギルドに戻ろ! それでさ、ギルドコインでサバナエール買って飲も! すっごいおいしいから!」

「へっ? ギルドコイン? サバナエール?」

「あっ」


 うっかりしていた、とでも言いたげな表情で自身の頭を小突くイダテンコ。


「召喚に応えて依頼を終わらせるとさ、ギルドリングにコインが溜まるんだよ。こうすると出てくるんだ」


 そう言ってイダテンコはギルドリングを右手中指で弾く。すると、金属片が落ちたような音と共に円形の硬貨がリングから飛び出した。それを掴み、私に見せる。硬貨には魔法陣を模したレリーフが刻まれていた。


「召喚一回で一枚溜まるよ。ギルドで交換できるから使ってみようよ。もちろんサバナエールもね!」


 イダテンコは私のリングも指で弾き、飛び出した硬貨を掴む。そして、変わらぬ力で私をギルドへ引っ張って行く。


「そういえばテンコ、なんで私と一緒にいたいなんて言ってくれたの?」


 ふと思いついた疑問をぶつける。イダテンコは二、三歩ほど考えた後、振り返って笑った。


「リエルお姉ちゃん一人だと、なんやかんや危なっかしくて心配だし! 良いでしょ?」

「ああー……」


 やっぱり私は、イダテンコから見たら子供みたいなものなんだなあ……でもそれは、きっと成長できる余地があるということ。


 ウツロ世界に召喚され、依頼を達成し、ハブ世界に戻る。それが召喚され師の生活。ギルド施設が近づくにつれ、私自身の召喚され師としての実感が、確固たる大きさを獲得しつつあった。


 頑張って立派な召喚され師になろう。

 クローディアスに立派な姿を見せてやろう。


 多分、私の顔は希望に満ちていた。

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