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召喚され師  作者: 蜂八郎
誰かのためは自分のために
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白昼夢

「あーよかった。やっぱやれば出来るじゃん、リエルお姉ちゃん!」


 イダテンコが私の背中を軽く小突いた。不意を突かれて軽くよろめき、緊張感がふっと抜ける。


「ありがとう、ありがとうございます! 雪を救うどころか、病まで治してもらって……なんとお礼を言ったら……!」


 継矢が涙声の謝礼を述べる。雪の方は感極まって泣いてばかりだ。折角治したのに泣き腫らしちゃって。思わず私は笑顔を浮かべる。


 召喚され師となって、スキルを使って、私はようやく吹っ切れた。

 誰にも頼られない、期待もされないという立場は、確かに楽である。だが、期待に応えられた方がやっぱり嬉しい。期待以上なら尚更だ。


「やったな、リエル=トルフ」


 肩を叩いたのはムソウマルだ。今までで一番の笑みを浮かべている。


「心配してたんだぞ。ずっと暗い表情してたからな」

「そ、そうでしたか……?」

「ずーっとそうだったよ!」


 二人の笑い声が響く。

 私もちょっと笑ってしまったが、そこでイダテンコの火傷を放置していることに気がついた。私としたことが、すっかり忘れていた。


「テンコ。治療しましょう」

「え? あーそっか。まー、私はこれぐらい平気なんだけどねー」


 強がりなのか本当に軽傷なのか。召喚され師だし、意外と痛みへの耐性や回復力も高いのかもしれない。だからと言って、目の前の怪我を前に私が我慢できるわけもないのだ。


「そんなこと言わないで。あとで悪化したら大変だよ。治療しましょう」

「わはは。生き生きしてるな、リエル=トルフ!」


 ムソウマルに茶化されるが、私の目は既にイダテンコの傷口に釘付けである。どこをどう治すかを脳内でシミュレートすると、もう堪らない。彼女の許可も取らずに杖を向ける。


「《過剰治癒(オーバー・ヒール)》!」


 見えない神経が杖を通り、イダテンコの右腕へと伸びる。それは炭化した皮膚に難なく入り込んだ。


 さあ治療を……というところで、私は彼女の中にある何かを発見した。


 よく分からないが、滑らかな球体のような感触である。甘いようなしょっぱいような、不思議な味覚も伝わってくる。いったいなんだこれは? 雪の体を治療した時はこんなもの無かった。個人差だろうか。気になった私は、ついその中へ神経を差し込んでしまった。


 気がつくと私は知らない街中に立っていた。


「あ、あ?」


 辺りを見回す。なんだこの街は。全く見たことのない様式だ。


 黒っぽい地面が遠く続いている。箱型の住居らしき建物が左右に立ち並ぶ。謎の棒状物体がぽつぽつと立ち並び、上部には黒い紐が何本も接続されている。空は薄曇りだ。


 何かの弾みでハブ世界に戻ったという訳でもないだろう。このような形の建築物は一切なかったし、ハブ世界は草原ばかりだったではないか。


 混乱しきった頭で状況の理解に励んでいると、隣を誰かが駆け抜けて行った。五歳前後の幼女だろうか。かなり急いでいる様子で、掠れた息切れ音が聞こえる。何をそんなに急ぐ必要があるのか。


 なんとなく眺めていると、急に足元が冷たくなった。下を見るとそこは水が満ちている。なぜだろう。ろくに働かない思考回路で考え続ける。


 水かさは増していく。勢いは強い。気を抜くと流されそうだが、気合いを入れても体は動かない。これだとあの幼女は流されてしまうのではないかな。視線を上げると、幼女はやはり水に追いつかれかけていた。


「──!」


 遠くで叫ぶ男女が見えた。走っている幼女の両親かもしれない。幼女がもっと早く走れば間に合ったかもしれないが、もう遅かろう。幼女が足を取られて転ぶ。濁流がその小さな体を飲み込んだ。やっぱりね。間に合うはずもなかったんだ。


「──!」


 まだ叫んでる。とっくに姿は見えなくなったのに、まだ諦めきれないようだ。そんなに心配なら水の中に入ればいいのになあ。だいたい彼らには親としての覚悟が足りてない。目を離したら幼子がどこに行くかなんて分かったものでは──。


「リエル=トルフッ!」


 私の意識が覚醒した。聞こえたのはムソウマルが発した声のようだ。


「む、ムソウマ……」

「やっと気がついたか! お前何やってんだ!」

「え?」


 目にしたムソウマルの表情は焦りを湛えたものだった。彼がこんな表情をしているのは初めてだ。私は訳も分からずおどおどし、イダテンコに助け舟を求めようとする。

 が、しかし。


「り、リエルぅ……?」


 太く浮きだした血管。無秩序な発達を遂げた筋肉。異常な角度で飛び出した手、手、手。

 イダテンコの右腕は、完全に人外のそれへと変わっていた。繋がった神経は彼女の混乱と痛み、そして恐怖を伝えている。


「あ、あっ、てっ、テンコ……わ、私……こんな……ごめんなさい!」


 慌てて神経を引き抜く。すると、制御を失った腕が暴れ出した。イダテンコの意思が効いていないようで、彼女は左手で必死に抑えようとしている。


「斬るぞ、テンコ!」


 言うが早いかムソウマルの刀が閃いた。異形化した右腕が切断され、更なる追撃で細切れにされる。暴走した腕はあっという間にただの肉片となって地面に散らばった。


 私はどんな表情をしたらいいのか分からず、ただイダテンコの顔を見る。彼女は痛みを堪えつつも、精一杯の笑顔を見せた。


「あはは、気にしなくていいよ。次がんばろーね」


 動揺している私を慰めてくれた。彼女だって異常事態への恐怖や切断面の痛みを感じていると言うのに。目尻には涙が滲んでいるというのに。その優しさがありがたくもあり、辛くもあった。


「そうだね、そうする」


 しかしまあ呆れたことに、もう私の目には鮮血溢れるイダテンコの傷口しか映っていなかったのである。


 結局次の《過剰治癒(オーバー・ヒール)》でイダテンコの右腕は完治した。当然だが、彼女の中の滑らかな球体には一切神経を近寄らせない。もう、絶対に触れたくなかった。


 絶句している継矢親子に私は謝る。


「本当にごめんなさい、私まだ全然制御が効いてないみたいで」

「そーそー、まだ全然使いこなせてないんだよー」

「そ、そうですか……」


 苦笑いを浮かべる継矢と、恐怖の表情で固まっている雪。


 ああもう、さっきまですごく上手くいっていたのに! 自分のスキルを精一杯使っていこうと決心したのに! どうしてこう、しまらない結果になるのか。


 私が他人に頼られる立派な人間になれるのは、まだまだ先のことのようである。


────────────────────────────────────


 翌日。村で一夜を明かした私たちは、元いた国へと向かって出発した。帰りの景色は行きの時よりずっと色鮮やかに輝いて見える。まるで自然そのものが魔王からの解放を喜んでいるかのようだった。


 そんな雰囲気に影響されてか、雪は童謡らしき歌を楽しそうに歌い、イダテンコが適当な合いの手を入れる。一行は賑やかな雰囲気を保ったまま凱旋した。


 神官たちは大喜びで私たちを迎える。継矢とその娘が無事出会えたことを知ると、彼らは大いに喜んだ。


「皆様には是非宴に参加していただきたい!」


 一人の恰幅のいい神官が私たちを誘う。その笑顔を見てると、良いことをしたなあという実感が改めて湧いてくる。

 その誘いに二つ返事で応えようとしたその時、ムソウマルが割って入った。


「悪いけど、俺たちは次の仕事あるからさ。簡単に済ませてくんねえかな」

「お、おお、それもそうですな。皆様ほどの御力を持つ者を我々が縛る訳にはいきますまい……おい、金爛箱を差し上げろ! 今すぐ!」


 神官の野太い声を合図に、若い神官が小さな金箔の箱を持ってくる。


「こんな物で宜しければ受け取っていただきたい」


 ムソウマルは豪華な箱を受け取ると、踵を返して門を出る。私たちも倣って家屋を後にした。


「いいんですか? 折角宴に誘ってもらったのに」

「全然オッケーさ。宴なんてずっと座ってなきゃなんねーし、もっと色々仕事を押し付けられることもある。くそ意地きたねえ奴らの場合は俺たちを毒殺しようなんて考える輩までいる。散歩でもしてた方がよっぽどマシだぜ」


 そのように喋るムソウマルはしかめっ面だ。彼が召喚に応えた六百回の中で、何か嫌な目に合わされた事があったのかもしれない。


「まあ……この国の連中は気のいい奴らっぽいけどな」


 振り返ったムソウマルに釣られ、私たちも振り向く。門の前には多くの人々が出て手を振っていた。その中には継矢と雪もいて、私たちを控えめに見送ってくれている。


 なるほど。確かにムソウマルの言う通りなのだろう。彼らは心から笑っているように見えた。

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