魔王の置き土産
「こ、これは、まさか……!」
松明を手にして薄暗い部屋に入ってきた継矢。その目は驚愕に見開かれていた。背後では彼を連れて来たイダテンコがニコニコしている。
「魔王天暁。確かに仕留めたぞ」
ムソウマルは両手で天暁の首を持って見せた。真っ二つに割られたその首の表情はそれぞれ、驚きに満ちた状態で固まっていた。
「信じられない……兄をこんなにあっさり倒すなんて……」
「えーっ! お兄ちゃんなの!?」
「あっ……ええ、そうなんです」
素っ頓狂なイダテンコの声に驚きつつ、素直に答える継矢。兄とは似ても似つかぬ精悍さの弟は気まずそうに頬をさすった。
「白状しますが、リエル=トルフさんの誘拐を手引きしたのは拙なのです」
「ほお、そうだったのか。一番頼りない奴を狙ったってところかな」
継矢は軽く頷く。ひ、ひどい。だが事実だ。
「申し訳ありませんでした」
「え、ええ、いえ、まあ……」
「いいよいいよー、どうせ継矢は意地悪お兄ちゃんに逆らえなかったんでしょ。なんだかんだ仕事も早く終わったし、結果オーライだよ。ね!」
しどろもどろの私に代わって、イダテンコがにこやかに彼のことを許した。
あれ、その役回りは実際に拐われた私のものでは……と思ったが、特段うまい言葉も出てこないので黙ることにする。
「兄は……天暁は、かつて海の向こうの国で共に呪術を学ぶ兄弟でした。しかし、彼は自らの才能に溺れ、欲望を満たす為だけに呪術使うようになりました。そして、この国で魔王を自称するまでになってしまったのです」
「未熟な間に優秀になり過ぎると、周りの人間を人間と思えなくなっちまうもんさ。この手の奴は何十人と討ってきた」
六百を超える召喚を経験してきた少年は得意げに話す。彼のスキルを考えれば、二本目の刀で真っ二つにされた天暁は大した相手ではなかったのだろう。
「そうかもしれませんね……とにかく、これで兄の呪術は解け、拡散した異形兵どもは悉く死に絶えることでしょう。兄の始末をつけてくださり、本当に、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる継矢。その姿を見て、私はなんとなく後ろめたさを感じた。
圧倒的な速度で走り、他者を連れての移動も行える《超重雷走》イダテンコ。
ただでさえ強く、刀が折れる度に強さを増す《白剣武者》ムソウマル。
結局、私だけ何の仕事もしていない。それどころか、攫われて死ぬ寸前まで追い詰められていたのだ。私が感謝される謂れなど無い。
杖を握る右手に力が入り、ぎしっという音が小さく鳴った。
「礼くらいしっかり受け取っとけよ」
ムソウマルが小さく呟く。
……私に向かって言った? 僅かな動きから、継矢の感謝に対する忌避感を悟られたのだろうか。情けない態度を察知されたことにより恥ずかしさを覚え、私は無言のまま深く俯いた。
「それでは、拙はまだやる事が残っていますので、これで」
「なんだ? まだ何かあるのか」
継矢がにこりと笑う。
「この城の地下には、もともと罪人を捕らえ置くための牢があるのです。そこに娘が捕らえられています。早く助けてやらないと」
「あはは、なーんだ、そういうことだったのかー。水臭いこと言わないでよー。私なら一瞬で助け──」
「駄目です」
継矢はイダテンコの誘いを真正面から断る。キョトンとした表情をする彼女の横をすり抜け、継矢は部屋の出口へと向かう。
「兄のことです。侵入者を阻む為、幾つもの罠を仕掛けているでしょう。ここは専門家に任せてください」
闇に消えていく継矢の背中。私たち三人はそれを黙って見送る。
しばらくして、私は控えめに沈黙を破った。
「いいんでしょうか、あのまま行かせてしまって」
ムソウマルは背筋を伸ばし、両手を後頭部に回してから言った。
「ま、別に良いんじゃないか。依頼にあいつの身の安全なんて入ってないしな」
「もー! なんて無情なこと言うの!」
イダテンコはムソウマルのことを睨みつける。しばらく彼女の怒った顔を眺めるムソウマルだったが、ふと笑みを浮かべて言った。
「冗談に決まってるだろ。天暁は一人で世界のバランスを崩すほどの呪術師だぞ。単に優秀なだけの人間じゃ確実に足元掬われるぜ」
「じゃあ!」
「行こうぜ。まだ死んでないと良いけどな」
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尾根矢の城は想像以上の大きさだった。
廊下の天井は鳥が住みつきそうなほど高い。左右の部屋はどれもこれも一軒家が丸ごとすっぽり入りそうなほど大きい。立ち並ぶ家具も金色のギラついたものばかりで、魔王の趣味が垣間見えた。
外を見れば、そこには幾つもの巨大な尖塔が立ち並ぶ。建築物はどれもこれも攻撃的な造形をしており、刀剣や槍を模した装飾がそこら中に施されていた。それらをすっぽり囲む壁もまた山のように巨大だ。これではこの世界の軍が手を出せないのも頷ける。
城内には肥大した筋肉を持つ巨大な魔物が何百体と居たようだ。だが、その全てが今や完全に息絶えている。天暁の命と同期していたのは間違いない。何処までも自分本位の魔王だったようだ。
「ここみたいだぞ」
階層を探し回り、幾つもの階段を下った先、ようやくムソウマルが一つの扉を発見する。両開きの分厚い鉄扉は不自然に開かれ、頼りない灯りが揺らめく階段が深く深く続いていた。
「罠とかありそー?」
「俺は専門家じゃないが……見たとこ全部解除されてるな」
壁を眺めながら呟くムソウマル。彼の視線の先には、恐ろしげな表情を模した円形の紋章がある。そのすぐ下部分には呪文が書かれたと思しき紙が貼り付けられていた。なんの疑いもなく入り込めば、この顔から発せられた攻撃によって殺されていたのかもしれない。
私たちは階段を注意しながら降りていく。壁面にはこれ見よがしに設置された紋章が幾つもあり、その全てが解除されているようだった。
「意外とあいつも出来る呪術師なのかもな」
そう言って笑うムソウマル。心配し過ぎた自身を笑っているのかもしれない。
しかし……私はある疑問を抱いた。
天暁がウツロ世界きっての呪術師であることは明白である。私たちと対峙した際も、ただではやられず、天狗姫や巨大鎧を繰り出して対抗した。彼の予想を遥かに上回る実力を持った、二人の召喚され師に先制攻撃をされたにも関わらず、だ。
そんな魔王が、こんな見え見えの罠ばかり仕掛けるものだろうか?
「この罠、単調過ぎませんか?」
「えっ?」
先を歩くイダテンコが振り向いた。
「だってあの人、もの凄くズル賢いんですよ。なのに、これらの罠は全部見えている、とてもあからさまなものばかり。きっと何か考えがあると思うんです」
「かもな」
先頭を歩くムソウマルが頷く。だが、完全に肯定している訳でもないらしい。
「俺はこういった呪術師を何人も斬ってきた。どいつもこいつも面倒臭い呪いを振りまく、意地の悪い奴ばかりだった。自分本位、自分だけが大切、そんな汚い連中だ。だからこそ……」
ムソウマルが立ち止まり、振り向く。薄暗いためよく見えないが、その表情は微笑んでいるように見えた。パーティいちの経験者としての風格が垣間見える。
「自分の生死には直接関係のない囚人供を抑える罠など、ハッキリ視認できる簡単なもので済ませた。そのようにも考えられないか?」
その考え方を否定することはできない。
自分が一番大事。そういった思考回路は、自身にも覚えのあることだったからだ。見せつけるような罠も、中にいる者への威嚇と考えれば十分理解できる。
私が黙ったことにより、暗い階段には沈黙が流れた。静寂を乱すのは私たちの足音だけ。魔王はとっくに死んだというのに、漂う不気味さだけは消えてくれない。
「さあて、そろそろ着くぞ」
地下階は更に薄暗い階層だった。灯りはあるのだが、階自体が広い分だけ頼りなさは増している。
石畳の床や土塊の壁面には、ところどころ赤黒いものがこびり付いていた。中には明らかに人型に広がったものまであり、この場で繰り広げられたであろう殺戮の様相を想起させる。
「あれ? あそこじゃない?」
唐突にイダテンコが一方向を指し示す。突き当たりのそこには確かに、不自然な開き方をした扉が見て取れた。両脇には三つ首の魔物が倒れ伏しており、魔王が生きていた頃に厳重な警備が敷かれていたのは間違いない。
ムソウマルは素早く、しかし慎重に扉を通り抜ける。やはり罠らしきものはあったが、全て継矢の手で解除済みのようだった。ここに至っても罠は隠されることなく設置されている。私の抱いた疑念は更に強くなった。
狭い廊下を十歩ほど歩いた。すると、再び鉄扉が私たちを迎える。そこを抜けた瞬間、継矢の声が聞こえた。
「どうしてここに!」
驚いたような声を発する継矢。彼は大きな牢の前で鍵の解除に勤しんでいた。牢の中は何も見えない。この異常な暗さ、呪術的な何かが中を見せないように働きかけているようだ。現に牢の上下左右四箇所には、呪文が書かれた札が貼り付けられている。
「ちょっと心配してたんだ。杞憂だったかな」
「いえいえ、心強いですよ。難しい罠ばかりで気疲れしていたところです。あなた方が控えていてくれれば千人力というもの」
ムソウマルの言葉に笑顔で返す継矢。汗を拭う彼の表情は少々疲れを見せている。相当の集中をして解除を行なっていたのがよく分かった。
「これが最後です。何かあったら危険ですから、皆様は離れて」
継矢は手にした毛筆で呪文を上書きしている。このように罠を封じ、解除してきたのだろう。全く見た事のない方法だが、これらの呪術に対しては十分効果的なようだ。
じゅっ。
紙の焼ける音。呪文を書き加えられた紙が焼け落ちた。重厚な鍵が外れ落ち、石畳にヒビを入れる。
「雪! 俺だ、お父さんだ! 迎えに来たよ!」
継矢が牢を開け放ち、中へ勢いよく駆け込む。私たちも後に続いて牢へ踏み込むと、暗がりが一気に晴れた。やはり、呪術的な視覚妨害が働いていたのだ。
「おろうはん」
舌ったらずの掠れた声がする。それは、継矢が抱き抱えている少女の発した言葉だった。
「ごめんな、ずっと一人にさせて……もう一緒だ」
「ん」
全身に何十枚と貼り付けられた呪術札。隙間から覗く、崩れてボロボロの白い肌。全く爪のないシワだらけの両手。眼球のないひび割れた顔面。
継矢の娘は、あまりにも酷い姿の少女だった。唯一、白い長髪だけは驚くほど美しい輝きを放っている。
こんな……これが彼の大切な娘だというのか。目も当てられない醜さだ。
私は多分顔をしかめたと思うが、パーティの二人は気にも留めていない様子だった。自然な表情で親子二人を見つめている。
「さあ行きましょう。この城にはもう用もない」
継矢が娘を抱え、にこやかに立ち上がる……絵面はともかく、これで仕事は無事に終わりという訳だ。何事もなく終わった事で、私は安堵のため息を吐く。
かちん。
限りなく小さな異音が安心を粉々に打ち砕いた。
驚いた私は肩を跳ねさせ見回すが、辺りには何の変化もない。継矢も気がついてないのか、全く平常の笑みだ。だが、ムソウマルとイダテンコの二人は明らかに異変に気がついていた。二人と視線が交わったことで不安が爆発的な速度で増す。
「ねえ──」
私が声を発すると同時だった。辺りの風景が溶け、私の体は月夜の大地に放り出される。
《超重雷走》だ。草地に倒れ込みながら、私はイダテンコのスキルで運ばれたことに気がついた。視線は自然と暗い地平に向く。
直後、光。
巨大な光球が夜の闇に膨れ上がった。それが爆発であることは想像に難くない。
遅れて、強烈な爆音が心臓を叩いた。




