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召喚され師  作者: 蜂八郎
誰かのためは自分のために
13/39

魔王、天暁

「天暁……!?」


 私は慄く。目にしているそれは、おおよそ人間のようなものだった。


 一片の髪もない頭。黄色く濁った目。かさかさに乾いた青い顔。紫色の唇。とても生者とは思えぬ顔だ。衣服は黒紫色のローブじみたもので、胸の前で開いて自然に垂らしている。


 覗く肌は紫のまだら模様。加えて無数の紙片のようなものがざくざく突き刺さり、醜い肌を一部覆い隠している。紙片には何やら呪文らしきものが書かれており、不気味な雰囲気をより強めていた。


 この……人とも言えないような物体が、天暁。魔王の名を冠するに恥じぬ化け物じみた姿だ。彼の背後で揺れる影が一層不気味に見える。


 私は裸体を隠すことも忘れ、呆気にとられた。

 退治すべき相手が、なぜ今目の前に?


 見回すと明らかにここは木造建築の屋内だった。幾つものロウソクに火が灯され、明かりを放っている。


 そして、壁際には多くの女性が整然と立っていた。衣服は多種多様で、どれも良い布を使っているように見える。どうも彼女たちは天暁の召使いか何からしく、目をつむったまま微動だにしなかった。


「なるほどなるほど、い~い体をしている。大好きだぞぉ……んお?」


 天暁は首を捻り、髪のない頭を掻いた。


「此奴、片手落ちの疵物(きずもの)ではないか。弟め、わざと教えなかったな」


 クスクスと押し殺したように笑う天暁。笛のような甲高い音が途切れ途切れに響いた。気味が悪いという他ない。


「あ、あなた……何処なんですかここは! どういうつもりなんですか!」

「ふはっ」


 嘲りの笑いを漏らす天暁。明らかに私のことを下に見ている。


「ここは尾根矢にある城さ。転移札を使って、我が影たる忍に君のことを拐わせたやったんだ。君のお仲間はなかなか手強かったがね」


 ああ。今、気がついてしまった。

 天暁の背後で揺れている影は単なる影じゃない。その頭部辺りには白い目が光っているではないか。恐らく呪術によって生み出された分身だ。こいつが私のことを手際よく攫ったのだ。


「そして、お前を我が姫君の一人に加えようと思っているんだ。嬉しいなあ」


 両手を広げて大げさに喜んで見せる天暁。


 ははあ。変態だなコイツ。有り余る力に任せ、自分の欲望を満たしているんだ。きっとこの女性たちも力や術で無理やり従わせられているに違いない──。


 そこで私はようやく違和感を覚えた。

 この姫君たちは全く動きがない。生気もない。まさか。


「何、これ……し、死んで……?」

「むふ。保存していると言って欲しいんだけど」


 天暁はおもむろに立ち上がる。木材が軋む嫌な音が、その死体のような体から響いた。


「これね、防腐剤と維持呪術を使ってるのはもちろんなんだけどね、中身を抜いて金属の関節に置き換えてるんだ。色んな格好を取らせることもできるし、夜のお供にも使えるんだ。すごいよね? 俺のオススメはこの綺麗な子。えーと名前は、花かな。でさ、前に尾根矢の城下町で見つけて、一目惚れ──」


 早口で言葉をまくしたてながら、姫君の関節をぐりぐり動かしてみせる天暁。口調はまるで子供のそれだ。おまけに、彼は死体を弄っているというのに、無邪気な少年のような笑みを浮かべている。


 おぞましい。その一言である。


「ふざけないで……あなたおかしいよ。狂ってる」

「えっ。いやいやいや、正気だよ。狂ってる人間がこんな理路整然とした趣味を持てる? 持てないよね? 分かってくれたね? 嬉しいよ」


 満面の笑顔。そのむき出した歯だけが異様に白い。気持ち悪くて直視できない。

 嫌悪のあまり、思わず私は背後に後ずさった。それに合わせて天暁は一歩、また一歩とゆっくり近づいてくる。


「うふふ、本当に綺麗な肌をしてるなあ。おっぱいも大きくて素敵だよ。名前は、そうだなあ、美雪かな。疵物でもきっとお気に入りになる。確信しているよ」


 死臭が鼻をつく。生屍人(アンデッド)みたいな臭いだ。


 まずい。本当に殺される。逃げなくては。

 だが、それは叶わない。


「うっ!」


 素早く寄ってきた人型の影が私の首を掴む。高々と持ち上げられ、息が詰まりそうだ。右手で拘束を外そうと渾身の力を込めるも、影の腕は多少歪むだけでビクともしない。


「おっ、おっ? なんだ君、随分と力があるなあ。忍の腕が今にも千切(ちぎ)れちゃいそうだ。怖いねえ」


 余裕の笑い声をあげる天暁。

 ダメだ、私なんかじゃ絶対敵わない。イダテンコがいれば。ムソウマルがいれば。きっとこんな奴、どうにかしてくれる筈なのに。


「半日もすれば君の仲間がここに来るだろう。その時に備え、大急ぎで準備しとかないとね。綺麗になった姿を見せてあげるのが楽しみだよ」


 天暁は影の体から何かを取り出した。刃渡りの短い刃物のようである。それで私を切り裂き、内臓を処理するつもりなのか。


 ああ、死ぬ。私は今度こそ本当に死んでしまうだろう。折角悪夢のような戦いから生き延びたというのに。召喚され師となったのに。


 私は結局ダメな奴だったんだ。

 諦めの涙が頬を溢れ落ちて──。


「ん!?」


 天暁が頓狂な声を上げる。影の腕が緩み、私の肉体が床に落ちる。倒れこんだまま激しく咳をしていると、魔王が冷静な口調で状況を分析している声が聞こえた。


「国境の兵士が纏めて倒された……彼らの五感は何も捉えてない……周辺の兵を偵察に──」


 ばつんっ。

 妙な音が鼓膜を叩いた。黒い飛沫が飛び散る。


 見上げた私の目に映るのは、一人の少女の姿。

 黄色い羽根飾り。青黒い紋様の掛け布。鉤状の針がついた長槍。


「イダテンコ参上、韋駄天の如く!」


 天暁の下僕たる影の胴を切り裂きながら、彼女は叫んだ。振り返ったその顔は満面の笑みを浮かべている。


「リエルお姉ちゃん、大丈夫だった?」

「て、テンコ……!」

「俺もいるぜ、リエル=トルフ!」


 遅れて軽鎧姿のムソウマルが飛び込んできた。抜き放った刀が閃き、天暁の首をあっさり撥ね飛ばす。どす黒い血を吹き出しながら、魔王の首が床を跳ねた。

 一瞬治癒欲が鎌首をもたげたが、これまでの経緯からギリギリ嫌悪感が優った。


 ムソウマルは刀に付着した血を払ってから私を見る。そして、あからさまに視線を逸らしながら言った。


「ほら、服と杖だ。ちゃんと着替えとけよ」


 片手に抱えられていたローブが私の体に覆い被さり、魔法杖が床に落ちる。

 しかし、驚き過ぎて着替えなんかに集中していられない。


「う、嘘でしょ? どうやってここを?」

「何のためにパーティを組んだと思ってんだよ」


 ムソウマルは左手のギルドリングを振って見せた。どうやら、このリングは互いの位置を確かめる機能もあるようだ。後でもっと詳しく使い方を教えてもらうか。


「そん、な、バカな。村からここまで、どれだけ距離が、あると、思ってんだっ」


 その声の主は天暁だ。切り落とされた首がぎこちなく言葉を発している。無様な姿の魔王に向かってイダテンコが笑いかけた。


「せいぜい三十キロ程度だったよ。目と鼻の先だよねー」


 継矢が尾根矢軍に対してとった安全な距離。それは二人にとって、既に切っ先を魔王の喉元に突きつけた状態に等しかったのだ。私も同じ召喚され師だというのに、あまりにレベルが違い過ぎて開いた口が塞がらない。

 イダテンコは魔王の首に槍を向ける。


「何か言い遺す事があったら聞くよ? 私ら呼んだ人に教えといてあげるから」

「ふ、ふふ、ふふふっ……いやあ、予想外だったよ、ここまで召喚されし者が強かったとは……だが」

「んえ?」


 不敵に笑う天暁に対し、イダテンコは怪訝そうな声で首をかしげる。

 その時、それまで静かに佇んでいた姫君たちが揺れた。


「テンコ! 周りの死体が!」


 私は大声をあげて注意を促す。

 天暁が姫君と呼び可愛がっていた美しい女性の死体たち。それらが一斉に変貌を始める。

 筋肉が裂けた。関節が外れた。皮膚が破れた。


「ひい……!」


 彼女たちの変化に私は慄く。

 皮膚を失い露出した筋肉。肥大し盛り上がった肉体。鋭く尖った金属の歯と爪。体勢は低く、そのシルエットは獣のそれだ。落ち窪んだ眼窩が赤い光を帯びる。


 魔王を追い詰めたはずが、私たちはあっという間に数十体の魔物に囲まれた。イダテンコは素早く距離を取り、手にした槍を構える。


「あらま、これはこれは」

「魔王は用心深いものなんだよ」


 天暁の声がどこかから聞こえた。魔物の影に隠れて姿が見えない。


「持てる呪術を最大限に注ぎ込んだ、尾根矢の兵の完成形。その名も『天狗姫』。精々楽しんでくれ」


 一斉に飛びかかる魔物軍団、天狗姫。まずい、こんな狭い空間で乱戦になったら、いくらイダテンコの速度でも活かしきれない。二人が力を合わせなければ、ここを切り抜けるなど不可能だ……!


「この程度かよ!」


 ムソウマルの声だった。

 その勇ましい声が私の耳に飛び込んだ時には、彼の刀が最も近くに居た天狗姫の喉を斬り裂いていた。丸太のように太い首が落ち、返す刀で更に二体の天狗姫が叩き斬られる。


 異常な厚さの筋肉も、鋭い牙や爪も、金属製の骨格も全く関係ない。彼の刀は全てを同質に切断した。


「負けないよ!」


 イダテンコが走り出す。その姿はすぐに搔き消えた。

 彼女の移動中の姿は一切目に見えない。天狗姫が円形に弾け飛ぶのを見て、ようやく彼女がそこに居たことを認識するのが精一杯だ。動きを止めたであろう瞬間だけは残像らしき色が見えるのだが。


 輝く剣閃。繋がる残像。私の鼓動、二つ分。


 辺りを取り囲んでいた天狗姫たちは、首や四肢を落とされ、粉々の肉片にされ、物言わぬ肉塊となって散乱していた。


 どうやら私は召喚され師の力を見くびっていたようだ。分類としては最も下級であるガジンと言えど、ウツロの存在が敵う相手ではないのである。


「俺が十三体だ。テンコは?」

「え、えー……八体? うーん、負けたー! こいつら意外と硬いよー……」


 地団駄を踏んで悔しがるイダテンコ。得意げに刀を回すムソウマルだったが、ふと辺りを見回した。


「あ? 天暁はどこ行ったんだ?」


 彼の首がない。ムソウマルは肉片を蹴り退けながら調べ始めた。


「リエルお姉ちゃん、早く着替えた方が良いよ。あいつまだ何か企んでるかも」

「う、うん」


 イダテンコは槍を構えたままだ。彼女の忠告を素直に聞き、私は立ち上がる。下着を履き、ローブを着る。ケープを纏い、魔法杖を拾い上げた。

 しかし、天暁は見つからない。


 ムソウマルが歩み寄ってきた。


「肉に埋まってる訳じゃなさそうだ。どっかに隠れたな」


 ぐらり。私は急に目眩を感じ、足をもつれさせた。まだ体調が優れないのか……と思いきや、辺りに散らばる物品もぐらぐらと揺れている。この部屋自体が揺れているのだ。


「やはり予想以上の速度だったな、召喚されし者たちよ」


 最初に天暁が座っていた場所の床が爆発した。木片とチリが舞い、黒い巨影が立ち上がる。


「所詮、天狗姫は時間稼ぎに過ぎん。これが本当の切り札さ」


 それは、分厚い板のような大剣を携えた、黒光りする鋼鉄の巨人だった。兜には金の装飾と角が突き出ており、かなり高い天井すらぶち破りそうな巨躯である。関節部には呪文が刻まれた紙が無数に貼り付けられ、風に揺らめていた。


 天暁の声は兜あたりから聞こえてくる。この鎧を破壊しなければ、天暁を倒すことはできない。そういうことか。


「でかいだけじゃん。私が貰うからね!」


 言葉が言い終わらない内にイダテンコが跳んだ。真っ直ぐには挑み掛からず、一度右壁に跳んでから首筋に突っ込む。空気が歪む。

 強烈な金属音が響いた。巨人の首筋から火花が血のように溢れ、体勢が一瞬崩れる。だが、すぐに持ち直した。鎧には傷一つなく、その巨体は健在である。


「うーっ、かったーい! 腕が痺れちゃった」


 イダテンコは左側の壁に張り付いたまま、右手をぶんぶん振って顔をしかめる。


「無駄だ無駄だ! この呪術鎧は千人分の魂で強化している! 例え召喚されし者といえど、この装甲は破れんぞ!」


 天暁が大剣を振るう。イダテンコの居る壁がひしゃげて微塵に吹き飛び、部屋が激しく揺れる。私は立っていられなくなり、その場に仰向けでぶっ倒れた。思い切り後頭部を打ってしまい、鈍い痛みに呻く。


「『召喚され師』だってば。リエルお姉ちゃん大丈夫? 立てる?」


 いつの間にか傍にイダテンコがしゃがみ込んでいる。やはりというか何というか、天暁の攻撃は全く当たっていなかった。私は彼女に助け起こしてもらい、再び立ち上がる。


 風圧で部屋の灯りはほぼ消えてしまい、壁穴から覗く夜空の満月が唯一の明かりとなっていた。


「ははは、貴様らの速度は本当に素晴らしいな! だが、いつまでその速度を維持できるかな? これは百年間だって全力を出せるのだぞ!」


 月夜に天暁の耳障りな声が響く。その大剣が再び振り上げられた。天井が砕け、木材や金属部品がバラバラと落ちる。


 次は私ごと叩き斬るつもりだ。イダテンコは槍を構え、一歩も引くつもりは無さそうである。だが、彼女の力ではとても受けられないだろう。逃げるしかない。


 その時、間にムソウマルが割って入った。

 刀に手をかけ、巨人の顔辺りを睨みつける。


「はいはい、御膳たてご苦労様。後は俺に斬られて完成だ」

「ほう! 試してみるか? やるだけ無駄だぞ」


 大剣がまっすぐ振り下ろされる。それはやけにゆっくりとした速度に見えた。走馬灯というものか、それとも仲間二人の速度が速すぎる故なのか。


 ムソウマルが跳ぶ。刀が抜き放たれる。真正面から刀と大剣がかち合い、金属の潰れる音が鼓膜を貫いた。


「ははは! やるじゃないか!」


 天暁の大剣は根元からへし折れていた。切先は私たちの頭上を通り、壁板を粉砕して背後の暗がりへと消える。いよいよ灯りはなくなり、満月の光が強くなる。


 ムソウマルの刀もまた砕けていた。大剣にかち合ったからではない。鎧の首に当たるまでは健在で、そこで弾かれたのである。天狗姫を散々斬り結んだあの刀さえ傷一つ付けられないとは。天暁の鎧はあまりにも硬すぎる。


 勢い余ったムソウマルは部屋奥の壁に両足をめり込ませて止まった。天暁が勝ち誇ったように左腕を振り上げる。


「だが……この剣は魂を注ぎ込むことによって無限に再生する。お前の刀は折れ、お仲間の武器も通らない。ははは! これぞ王手詰みだ!」


 見る見る内に折れた大剣が再生していく。この男、嘘偽りなく本当に強い。イダテンコの槍が弾かれ、ムソウマルの刀もまるで通用しないなんて!

 逃げるか、降伏するか。私の思考がその二択から選ぼうとしたその時、不意にムソウマルが呟いた。


「やるじゃないか。俺の一(・)本(・)目(・)を折るなんて」

「なんだと?」


 天暁が振り向こうとした。その前に、ムソウマルは根元から折れた刀を鞘に収める。しゅらん、という金属の擦れる音が聞こえた。刀身はほぼ無くなっているというのに。


「だけど──次はどうかな?」


 再びムソウマルが跳躍する。そして、上段から刀を抜き放った。


 白く輝く剣閃が、これまでと変わらぬ残像を描く。


 月明かりに照らされ、美しく煌めいたそれは──巨人の振り上げていた左腕を斬り。装飾付きの兜を割り。分厚い胴体鎧を断ち。


 天暁の切り札は真っ二つに切断され、勢いよく両側へと開いた。


 私たちの目の前に着地したムソウマル。刀を素早く一回転させてから納刀すると、茶色い短髪の下でニヤリと笑ってみせた。


「これが俺のスキル、《白剣武者《ハンドレッド・チャレンジャー》》だ。刀が折れれば強靭さと威力を増して打ち直される」


 ずぅん、という重い金属音。それは静かな月夜に吸い込まれ消えていく。天暁の声はもう二度としない。


「成仏しろよ、魔王様」


 ムソウマルの一刀のもと、天暁は月下に斃れた。

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