たのしいしょうかん
心臓の拍動が一つ。そして、視界が開け、感覚が戻ってくる。ある程度召喚の感覚が掴めてきたのか、もう狼狽えることもなかった。ただ、身をまかせるだけだ。
私たちが現れたのは木造の広い部屋だった。
向かって左側に壁はほとんどなく、陽光に照らされた質素な庭がはっきりと見える。右側を見ると、こちらは何やら黒光りする収納、きらびやかな刀剣、ざらついた紙に描かれた黒い絵など、無秩序な雰囲気を醸し出していた。
「おっ、インチキ和風じゃん。ひっさびさだなあ」
ムソウマルが誰に言うともなく呟く。どういう意味かは分からないが、こういった雰囲気はインチキ和風らしい。
さて、改めて前を向き直ると、そこにはやはり神官らしき人々がずらりと並び、破裂音と共に現れたであろう私たちに対して慄いている様子である。
今回は概ね青色の装束で、頭には黒い帽子が被さっていた。後頭部からは細い筒状の何かが伸びており……何と言うかこう、変としか言いようのない姿である。
クローディアスが召喚された時、私たちのことも変に見えていたのだろうか……ふとそんな事を考えた。
「おお、まさか成功するとは」
「こ、これが召喚されし者……!」
「『召喚され師』だよー」
名称を訂正するイダテンコ。このやり取り、クローディアスもやっていたなあ。お決まりの問答なのだろうか?
ムソウマルが一歩踏み出し、踏ん反り返った。
「それじゃ、何の用で呼び出したのかサクッと説明してもらおうじゃねえか」
「では、余の方から」
一人の神官が前へと進み出る。彼は巻いた紙を開き、なにやら呪文らしき文言を唱える。すると、開いた紙から黒い線が立ち上った。それはのたうち複雑な動きをしながら、なにやら空中で図柄を作り始める。
「わ、すごい」
私は一人の魔女として感心する。
一応、故郷にもこういった魔法はあるにはある。『文字魔法』と呼ばれる代物であり、それは空中で描いたものを単純な動きで他の媒体へ移す、というものだ。もちろん私は使えなかったけど。
しかし、文字魔法は今目の前で繰り広げられているような、まるで一個の生命体の如き自然な動きは不可能である。私如きが言うのもなんだけど、まさに未知の技術。素直に感心せざるを得なかった。
閑話休題。神官の説明を要約すると、以下のような話であった。
およそ三年前のことである。北の小国『尾根矢』にて自身を魔王と称する男が現れた。『天暁』という名のその男は、怪しげな術を用いて王を殺害。国を守る兵士たちにも呪術を浴びせ、彼らを異形の化け物へと作り変えた。
そして、彼は尾根矢の王となった。
強力な兵士を得た尾根矢は一転して強国へと変貌。周辺他国を次々に攻め、国土を征服し、略奪と虐殺の限りを尽くした。
我々の国はかつて圧倒的強国として名を馳せたが、尾根矢との戦争では敗走を繰り返し、南方へと追いやられつつある。このままでは世界が天暁の手によって支配されてしまうだろう。
魔王天暁を、召喚され師の手で葬ってほしい。
「どうか、お願い致します」
深々と頭を下げる神官たち。彼らは皆深刻そうな表情で──。
「よっしゃ、任せとけ! 呪術師の一人や二人、この刀で瞬殺だぜ!」
「私たちが来たからにはもう安心していいよー」
こちらはあまりに軽い。
「あ、あの、みんな? そんな簡単に請け負っちゃうのはちょっと……」
「ふふーん。これくらいの依頼ならよくあるしねー。リエルお姉ちゃんもすぐ慣れちゃうよ」
リエルお姉ちゃんて……いつの間にやら、私とイダテンコの距離が一方的に縮まっている。
「そうそう。リエル=トルフが戦えなくてもよ、俺たちと一緒に遊んでれば安心だしな!」
そう言ってカラカラ笑うムソウマル。こちらはこちらで戦いを遊びと考えている節がある。私はどんな反応すべきが迷った結果、苦笑いを浮かべながら気持ち悪い笑い声を漏らすに止まった。
「えー、そ、それじゃあ……尾根矢国までの足の手配はできますか?」
「は。使者が来ておりますので、近隣の村までは馬が出せるかと。そこから先はご自身の足で向かうことになろうと思われますが」
「んじゃ、それでゆっくり行こうぜ!」
元気のいいリーダーの掛け声が響く。
神官一同はあらかじめ決められていたのであろう、使者の元へと連れ往く動きを始めたのであった。
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はてさて。
表で待っていたのは、神官たちとは随分雰囲気の違う長身の男だった。
まず、後頭部でまとめられた長い髪の毛は濃い金色である。神官は皆黒髪だったというのに。もっと言えば道ゆく人々も皆が皆黒髪だというのに。
衣服も大きく異なっていた。目の覚めるような青色のシャツは胸元をはだけさせており、色黒の厚い胸板が覗いている。その下は真っ白い半ズボンで、板状の木靴がはっきり見れた。
誰がどう見てもこの男だけ異文化人だ。
「拙は使者の『継矢』です。皆さんよろしく」
にこやかに笑いながら右手を差し出す使者の男、継矢。
その顔つきは若い。二十五歳前後であろう。ついでに言っておくと、彼の背は私より頭半個分ほど高い。先ほどまで私より背の低い人間ばかりだったということもあり、なんだか安心できた。
やっぱり成人の男はこれくらいあってくれないと困る。
「おう! 俺はムソウマルだ! こっちの槍使いがイダテンコで、こっちの片手落ちがリエル=トルフ! 皆召喚され師だから安心してくれよな!」
「もちろんですとも。ささ、こちらの馬にお乗りください」
馬。馬だ。鞍が乗った馬が五頭。馬車はどこにもない。
「んじゃ俺これな!」
「私はこっちにするねー」
二人は手近な馬の背へ身軽に乗ってみせる。
うわ、本当に乗らなきゃダメなのか。乗馬なんてやった事ないのに!
「どうかしました?」
「うひっ、いや、なんでも」
継矢の問いかけに私は慌て、杖をブンブン振り回しながら馬へ向かっていく。まあ乗ったことはなくても、今ここで鞍に乗っかることぐらいはでき……でき……。
「の、乗れない!」
両腕が揃っている健常者ならまだしも、私は片手。しかも魔法杖まで持っている。おまけに乗馬初体験ともなれば、乗れるわけないじゃない!
そんな私の姿を見て、ムソウマルが声をかける。
「ジャンプしろジャンプ! 飛び乗れ!」
「え、ええ?」
幾ら何でも私みたいな運動不足女では、飛び跳ねてこの上に乗るのは不可能だろう……と思いつつも、私は思い切って力一杯跳ねた。
「あっ」
視界が開けた。
一面に広がる平屋の屋根屋根。遠くにそびえる緑の山々。空は澄んだ青に満ち、かわいらしい綿雲がぽつぽつと浮かぶ。
故郷に比べれば質素なものだが、整然とした綺麗な街──感心していると、私の肉体は唐突に重力に引っ張られた。世界が上に落ちていく。
「痛あっ!」
空中で体勢を崩した挙句、したたかに腰を打ち付けてしまった。痛みがじいんと背中に広がっていく。しかし、屋根より高い所から落ちたとは思えないほど痛みは軽かった。精神側の受けた衝撃の方が大きかったかもしれない。
「あはは、飛びすぎだよー」
楽しそうに笑うイダテンコ。仕方ないじゃない、こんなに飛ぶなんて思わなかったし。
「分かったろ? 召喚され師になるだけでメッチャ身体能力上がるんだよ。多分、今の状態でも大人二、三人くらいなら一蹴できるぜ」
「うう、それを最初に言って欲しかった……」
その後私は三回跳び直し、ようやく馬の背に乗っかることができた。怪訝そうにこちらを見る継矢と通行人の目が痛い。顔から火が出そうだ。
「では出発します。他の馬には服従の呪術札を下げてるので、ただ乗ってるだけで大丈夫ですからね。リエル=トルフ殿もご心配なく」
案の定私だけ心配されてる。恥ずかしさに頭を下げていると、馬が勝手に歩き出した。すぐ前の馬にはイダテンコ、その前にムソウマル。先頭には継矢の馬が歩く。変わって私の後ろには、荷物を載せるための無人の馬が続いた。
とことこ。とことこ。早歩き程度の速さで馬は歩く。
住人は少なくないが、皆質の悪い服ばかりだ。中にはほぼ下着姿で歩いているような男までいる。この国が魔王に追い詰められているというのは本当なのだろう。私たちを見る目には期待のようなものが含まれているように感じた。
静かな街を抜ける。
農道らしき狭い道を通り抜け、鬱蒼とした木々に覆われた山道へと差し掛かりつつあった。
鞍の乗り心地はかなり悪く、臀部がひどく痛い。だが、それも私が馬車に慣れきっていたからであろう。前のパーティメンバー二人はとても楽しそうにしている。やれ珍しい鳥がいただの、やれ大きな羽虫を捕まえただの、完全に観光気分だ。
ああ、私も早く慣れなくては。もう恥ずかしい格好はしたくない。杖を握る手に力が入った。
だからかもしれない。反応が一拍遅れた。
「荷物を置いていけ!」
左の深い茂みから男の声。直後、何か大きなものが私の上を飛び、右側に落ちていくのを感じた。どちらを向こうか一瞬迷った後、結局右側を見る。
すると、半裸の男が引っくり返って目を回していた。誰だ。
「なにっ……うわあっ!」
「ぐわあっ!」
再び男の悲鳴。私の視線の先に次から次へと男たちが追加されていく。異様な状況に混乱していると、視界の左端にイダテンコが現れた。
「盗賊はこれで全員かなー?」
「一人残してるぞ、せっかちだな」
ムソウマルが上空から落ちてきて、どすんと重い着地音を立てる。彼の右手は、ボロい衣服を纏った小男の胸ぐらを掴んでいた。それを見て平謝りして見せるイダテンコ。
どうやら……よく見ていなかったが故に推測の域を出ないが、二人は盗賊が現れると同時に、一瞬で全員を片付けてしまったようだ。とても信じられない出来事だが、実際目の前で起こってしまったのだから仕方がない。
「ひ、ひいい! 助けてくれえ!」
「ハ! どうもしないよ。誰の差し金だ」
小男は怯えた顔で指差す。その先には少し驚いた表情の継矢が居た。ムソウマルが睨みつけると、彼は微笑んだ。
「拙の部下でございます。先ほどのゴタゴタで不安を覚えまして、実力の方を見るために少し試させて貰いました。どうかお許しを」
ゴタゴタ……つまり、私のことじゃないか。
「リエル=トルフは今日が初陣なんで、まだ感覚が掴めてないんだ。ま、心配すんな! 俺たちがいるさ!」
「それで、私たちは合格かなー?」
「愚問というものでしょう」
俯きながら苦笑する継矢。
「皆、下がれ」
その声を合図に、賊たちはふらふらと立ち上がり、体の痛みを愚痴りながら元居た茂みの方へと消えていった。
「ですが……これはまだまだ序の口です。天暁の兵士たちは人間の比ではありません。決して、決して油断無きよう」
「ふふん。私たちにとっては物の数じゃないけどねー」
「頼もしいお言葉です」
うわあ。私、全く会話の輪に入れてない。どうしよう……どうしようもないか。私は置物だ。置物としてやり過ごそう。そうだ、私は置物なんだー……。
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日が沈みかけた頃、私たち一行は谷間の小村に辿り着いた。村人は一人もおらず、無人の小屋が寂しげに佇んでいる。今日はここで一夜を明かすようだ。
「この村は数ヶ月ほど前に放棄されております。どの家でも使って構いませんよ」
「オッケー了解。んじゃ皆、あのでかい家にしようぜ」
ムソウマルの指差す先には一際大きな木造建築があった。屋根の一部に穴が空いてるものの、今日のような穏やかな天候であればそう問題はあるまい。私もイダテンコも賛成の意を示した。
用意されていた荷物を持ち込み、継矢が部屋の中央で火を灯す。更に水を張った鍋を吊るし、それを熱し始めた。なるほど、この凹んだ部分が暖炉代わりなのか。和風というのは意外な驚きに満ちているようだ。
その時、イダテンコが家に駆け込んできた。満面の笑みを浮かべている。
「ムソウマル! リエルお姉ちゃん! 温泉あるよ、温泉! 行こ行こ!」
「温泉?」
「お風呂だよー!」
ほう。こんな閑散とした村に、まだ使用できる風呂場があるのか。ひょっとしたら継矢が部下に整備させていた、とか。そんな疑問を抱えて彼の方を眺めてみると、そっけない返答があった。
「皆様ご一緒にどうぞ。拙は夕食の用意をしますので、お気になさらず」
そういえばしばらく風呂には入っていなかったな……うん。行こう。
「よし! じゃあ行きましょうか、テンコ」
「わーい! ムソウマルも行こ!」
「ええ? 誰か一人くらい村にいた方が良くないか?」
ムソウマルはあまり乗り気ではなさそうだ。継矢に倣って鍋の前に座っている。そんな彼を継矢は次のように諭した。
「この村は尾根矢軍の進行方向とはかなり外れています。心配しなくても、奴らはこんな小さな村までは来ませんよ」
「ほら継矢さんもこう言ってるし」
どうやらイダテンコに引き下がる意思はないらしい。ムソウマルは彼女と鍋を二、三度見比べ、大きなため息を一つつく。
「分かったよ、行くよ! しょうがねえな」
「やったー!」
彼が折れたのが余程嬉しかったのだろう。イダテンコは右拳を振り上げて喜びを見せた。




