パーティ結成
これまでの事をなるべく客観的に話す。
主観的な情報──つまり、自分の働きの完成度、クローディアスに抱いた畏敬の念やら嫌悪感、カオスへクスへの恐怖などは、単なるノイズにしかならないからだ。とにかく必要なものだけ選別して話した。
テーブルに着いた者たちは全員黙って話を聞いてくれた。なんだかちょっと私が偉くなったように感じ、少しばかりの優越感を得る。
私が話し終わってすぐ、黄色い羽根飾りを揺らしながら、イダテンコが感嘆の声を上げた。
「うわー、すっごいなあ! ウツロの人でも召喚され師の働きに加勢できたりするんだ! 私もこれから協力できるときは協力しよーっと!」
目をキラキラ輝かせながら楽しげに横揺れするイダテンコ。それを押しのけ、彼女に負けないくらい興奮した表情を見せる茶髪の少年・ムソウマル。
「クローディアスってのは強いな、カオスへクスを一人で倒せるなんて! ギルマス並じゃん! くっそー、俺も早くカオスへクスと戦いてえ!」
興奮で体の制御が効かない年少組を尻目に、比較的年齢の高い方であろうアイスラビットとフラマーは目をつぶって何か考えているようだった。
「我は未だ中級者の入門といった立ち位置の召喚され師であるが……それを念頭に一つ質問をさせて貰いたい、アイスラビット。ウツロの民が召喚され師に成ることはあるのか」
フラマーは黒い顔をしかめさせながら、アイスラビットに問いを投げかける。彼女は首を振った。
「私もギルメンとはいえ、ガジンだからあまり詳しくはないけどね。それでも、ウツロの民が召喚され師になるってパターンは聞いたことないねえ」
長髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべるアイスラビット。まあ、彼女はこの怪しい笑み以外見せていないように思えるが。
そんな召喚され師たちの会話を上の空で聞きながら、私は召喚される前の場面を思い返していた。
潰れたテント。砕けた金属片。倒れて動かない兵士たち。そして、赤く染まったガーネ。
ガーネは嫌いだ。嫌な女だ。いけ好かない奴だ。
あのまま放っておいて死んだって、私にとってはどうでもいいこと。
むしろ喜ばしいことじゃないか。そう思うべきなんだ。
でも。
私が動けたら、彼女を助けることができた。そのことに変わりはない。むしろ、助けなければならなかった。ガーネは私よりずっと優秀だったのに。戦いの中、出来る限り安全な場所に私を導いてくれたのに。
なのに、私だけこうして生き残っている。
さっきまで完全に忘れていたのに、なんで今思い出してしまったんだろう。
こんな思いを抱くくらいなら、代わりに私が死んでおけば──。
一つ、深呼吸。
ネガティブ思考に陥るのは私の悪いクセだ。思考を切り替えよう。
「あの、皆さん。いろいろ分からない単語があるので、この機会に勉強させて頂きたいのですが」
「……うむ、勿論だ。我々の分かる範囲であれば答えよう」
「フラマーに同じく」
フラマーとアイスラビットは私の提案を承諾してくれた。ムソウマルとイダテンコは互いに武器を振り回し、自分たちの世界に入っているようである。
そっとしておこう。
「じゃあまず、カオスへクスって何なんですか?」
「さっぱり分からない」
予想外の返答に私は驚き目を見開いた。その反応を見て小さく笑い声を漏らすアイスラビット。
「その正体は誰も知らないんだ。取り敢えず分かっておいて欲しいのは、私たちも殺されることがあるくらい、とんでもなく強いってことかな。もちろん詳しい生態について研究している人も居るんだけどね」
「連中はウツロ世界の生物に寄生し、怪物へと変貌させる。黒くて光沢のある、目も口もない頭をお前も見たはずだ」
「ああ……」
フラマーの言葉で私はあの黒光りする頭を思い返す。
なるほど、ひょっとしてあのカオスへクスは花にでも寄生したのかもしれない。そして、城内の人間も吸収した。きっとあの胴体に張り付いた顔はそれだったのだろう。あの老若男女関係なく集められた顔……。
嫌なものをまた思い出して顔をしかめていると、アイスラビットが煙を吹きかけてきた。
「そうだねえ……次は世界の構造といこうか」
煙いが、案外悪くない匂いだった。草地の香りとよく似ている。
「これは大きく三つに分けられる。まずは貴女の生まれ育った世界『ウツロ』。次に今我々のいる世界『ハブ』。最後に、我々召喚され師の故郷『ウツツ』。我々召喚され師という存在は、ハブとウツロを行き来しながら日々を過ごすのさ」
「そして、我々召喚され師もまた、三つの括りに分けられる」
フラマーが口を挟む。落ちくぼんだ黄色い目がギラリと光る。
「まず、我々のような初心者・中級者は『ガジン』と呼ばれる。十分な経験を積み、他者から認められる上級者になると『イゴン』という呼び名に変わる。これらの呼び分けは召喚ギルドが率先して行なっており、ギルドに所属していない召喚され師は、自分がそう呼ばれていることに気がつかないこともある」
そう説明すると、フラマーは押し黙った。一つ足りないのだが。
「あの」
「分かってる」
うっすら紫がかった白髪を右手で弄りながら、フラマーは答える。
「最後が『スオウ』だ。熟練者揃いのイゴンを遥かに超える強さを持つ、召喚され師の中でも最上級の実力者たち。最も、ほとんどがギルドに所属しておらず、唯一《記憶創造》オドフロスキィのみが技術提供者として所属するに留まる。そんな連中にわざわざ名前を付けて最高戦力扱いするなど、はっきり言って滑稽でしかないがね」
えー、と?
私の故郷が『ウツロ』。この草原世界が『ハブ』。他の召喚され師たちの故郷が『ウツツ』。
素人召喚され師が『ガジン』。熟練者が『イゴン』。最高位が『スオウ』。
一度に畳み掛けられるとこんがらがって辛い。
「クローディアスはどの辺りの人だったんでしょう」
「カオスへクスを一人で倒したんでしょー? 絶対多分スオウだよ、きっと!」
イダテンコの元気のいい声が響いた。確かにあの男の実力は凄まじいものがあった。一撃で魔物の大群を打ち破り、カオスへクスにも立ち向かって打ち倒している。最高位の実力者たるスオウであっても全くおかしくはない。
だが、アイスラビットは疑問を呈する。
「しかしだね。我々召喚ギルドのマスターはイゴンだけど、彼も単独でのカオスへクス撃破に成功したと聞いているよ。リエル=トルフの話を聞く限り、クローディアスは苦戦しながら倒したみたいだし、彼はイゴンの上澄みと言った方がしっくり来ると思うねえ」
「えー」
「そんなこと言うなよ、萎えるじゃん、もう!」
「おっとすまない」
明らかに意気消沈した様子の年少二人組を見ながら、アイスラビットはまたまたニヤリと笑う。嫌がらせに成功したから……と言うよりかは、予想通りの反応を見れて満足、といった雰囲気だ。私を除いて、ここにいる召喚され師はそこそこ付き合いがあるのだろう。
「取り敢えず、これくらい知っておけば大丈夫ですよね」
「いいや? 大事なことを一つ忘れてるよ」
「えっ」
大事なこと、とは。少し考えてみるが、特に思いつかない。すると、フラマーが呆れたようにため息をついた。
「召喚にはどうやって応えるつもりだ」
「あ、ああ……なるほど」
召喚され師なのに召喚に応えられないのでは、いったい何のための存在なのかが分からない。確かにそうだ。
「ま、別に難しくないんだけどね。ステータスを開けば左側に召喚って書いてる部分あるから。そこから適当に選べばウツロに飛べるさ」
なあんだ、そう難しくはなさそうだ。ステータス・オープンさえすればいいのだから。うん。
「毎回体重突き付けられるってことじゃないですか、やだなあ」
「慣れだよ慣れ」
そう言ってケラケラ笑うアイスラビット。釣られて年少二人組も控えめに声を出しながら笑った。フラマーは笑わない。というか、この色黒の男は今まで一度も笑ってない。そういうタイプの人間なのだろうということで無理やり納得する。
「じゃあ、今度こそ大丈夫ですね」
「ああ。後は実際にウツロへ出向いて学べば良いさ。一番若手のイダテンコなんか、学び合う相手としてちょうど良いんじゃないのかい」
「うん、行く行く! 行こ、リエル=トルフ!」
振りに元気よく答え、キラキラした笑みを振りまくイダテンコ。頭の上で黄色い羽根がゆらゆらと揺れた。若い子は本当に元気だなあ、そんな老人みたいな考えを抱きながら自然と私は微笑む。
「ちょっと待て、俺も行くよ! こん中じゃ一番のベテランとして色々教えてやるからさ!」
ムソウマルが右肩を回しながら突っかかる。
……この少年が一番だって? 冗談だろう。
「いやあ、そんな無理しなくても……」
「してねえ! もう六百回以上行ってんだ俺は!」
「ええ!?」
私は頓狂な声を上げる。十四、五歳にしか見えないこの少年が、既に六百回も召喚に応え、ウツロで依頼を達成してきたというのか。とてもじゃないが信じられない……そんな思いを抱きながら私は辺りを見回す。
私の視線で何となく察したのか、皆が口々に自分の召喚回数を述べ始める。
「私はさっきのでちょうど五十回!」
「我は二百と数回」
「私がだいたい五百回かな。ムソウマルが一番多いのは事実だねえ」
わあ。
私が無心でムソウマルのことを見つめると、それに気がついた彼は人差し指と中指を突き立て、ニンマリ笑った。軍隊か何かで通じるサインだろうか。ギルドリングはこういったものまでは翻訳してくれないようだ。
「へへ、俺は只のガキじゃないってことさ。んじゃ、パーティ組んで行こうぜ! お互いのギルドリングを打ち付けっと一緒に召喚に行けるのさ!」
言われるがままに私とイダテンコはリングをはめた方の腕を突き出す。ムソウマルが左腕のリングを見せ、それを私たちのリングに軽く打ち付けた。澄んだ金属音がやけに長く響く。
「これで俺たちゃパーティってわけだ。なんかこれステータスで見れるんだっけ?」
「もちろん」
アイスラビットの返答を聞き、私以外のパーティメンバー二人は同時に《ステータス・オープン》を唱えた。私には見えない文字を目で追いだす。
「おーホントだ、私じゃない名前も表示されてるね。あれ? リエル=トルフって名前すっごい長ーい」
「過剰治癒って書いてオーバー・ヒールかあ。回復専って感じだな。怪我した時は頼んだぜ」
えっ。他人の内容も見れるのか。それはちょっとマズイような……慌てて私も《ステータス・オープン》を唱えて内容を確認する。
しかし、私が心配するような書き方はされていなかった。自分のプロフィールの右側に新たな箱が追加され、その中に二人の名前・スキル・召喚回数が書かれているだけだったのだ。体重までは記載されていなくて本当に良かった。
しかし、これはこれで情報が無さ過ぎて不便だ。スキルとやらも名前しか書かれておらず、いったいどんなものなのかさっぱり分からない。試しに魔法杖で叩いて変化が無いか調べてみたが、全く何の動きも無かった。
私の動きが言わんとしていることに気がついたのか、ムソウマルが露骨に不貞腐れた表情を見せる。
「他人のスキル詳細見れないの不便だよなあ。創造神が直々に作ったUIのクセに、人間視点ってのがなってねえよ」
「スキル?」
「なんか、召喚され師になった時に手に入る技みたいなやつだよ。ステータス欄見ても名前しか書いてなくってさ、いちいち自分で使って調べなきゃなんないからめんどくせえんだ」
彼のスキルは《白剣武者》と表記されている。ふむふむ、これだけではいったいどんな能力なのかよく分からない。
「まーでも、割と名前と効果は一致してるじゃん。予想するのも楽しみのひとつってやつ?」
「そんな回りくどい配慮いらねー」
なるほど。イダテンコのスキルは《超重雷走》。こちらは既に体験済みで、おそらくはとても速く走れるという内容のスキルだろう。確かに彼女の言う通り、文字に『雷』『走』などといった意味のものが書かれているあたりから、この効果を予想するのは不可能ではない。
ならばムソウマルのスキルも字面から予想可能だろう。『剣』から刃物に関するスキルであることが分かり、『武』という字から戦いに特化したものであることが分かる。
……? 結局よくわからない。まあいいか、どうせすぐ目にするのだから。
「それじゃあ、そろそろ行きませんか。実際どんな流れなのか体験しておきたいですし」
「へへ、実はもう決めたんだぜ」
歯を見せて笑うムソウマル。気がつくと、パーティメンバーの足元には青い召喚陣が現れている。もちろん私の足元にも。六百回を超える召喚を経験していると豪語するだけあって手際が良い。
「目標は魔王退治! サクッと片付けてやろうぜ! エイエイ、オー!」
「おー!」
「お、おぉぅ……」
年少二人組の元気な声に紛れ、私の控えめな掛け声が混じる。そして、恒例の破裂音と共に私の意識は漆黒の世界へと投げだされた。




