紅子さんがタイプ
「どうですか、今からラ―メン食いませんか?」
「食べたいです。実はさっきフレンチレストラン行ったんですけど、お腹一杯にならなくて」
「同感です。一皿の量が一口ですよ」
大森と紅子は狸小路の有名なラ―メン店へ行き、濃厚みそラ―メンを食べて体を暖めた。
「すぐそこに焼き鳥があるんですよ」
「いいですね」
古めかしい場末の焼き鳥屋さんで、熱燗でちびりちびり。
「落ち着きますね、こういうお店も好きです」
いつも、派手な店で、派手な顔した洋風の彼と、英語の会話が途切れないようにする。
又は、どんなに残業しても、終わる事のない編集カメラマンとしての業務。
広告ノルマ。
それらは、紅子には少しストレスになっている。
大森は、無理して会話を盛り上げようとしていない。
ゆっくり飲んで、ゆっくり話題を考えている。
バツイチって言ってたわよね。
こんなに素敵なのに。
ゆっくりしているのがいいわ。
私の人生30年。せかせかしすぎたみたい。
大森が何か話すまで、無理に自分も話さなくていい雰囲気が優しい。
今までは、会話が途切れると
「どうしたの?」
とグレンが顔を覗き込む。
そして
「僕と居て退屈?」
と、悲しそうな顔をする。
でも、日本人のコミュニケ―ション文化の独特な部分に、
沈黙のコミュニケ―ション
というのがあるようだ。
その場の雰囲気の中に同化して楽しんでいる態度が、すでに周囲に対してのコミュニケ―ションなのである。話さなくてもいいのだ。笑顔があれば。
一対一でも、疲れたら沈黙でいても場が保てる。
というカップルや友人が居るだろう。
「紅子さん、綺麗だなぁって思って」
大森がぽつりと言った。
「えっ?」
「紅子さんを見ているだけで、幸せになれますよ」
「社交辞令ですか?」
なんで?と笑った大森。そして
「焼き鳥屋で社交辞令言いますか?」
そう言い、煙草に火をつけて、深く吸い込んだ。
「ス―ザンが大森さんを気に入ってますよ」
大森は頷いただけだった。
「どうすれば、貴女に好かれるんですかね?」
「…………」
「今ずっと考えていたんですよ。」
そう言って熱燗をグイッとやり、煙草を深く吸い込む。
整った横顔が、いくらか疲れて見えるのもセクシ―だ。
これ、口説いてるの?
何?
空気読めないんだけど。
「また、二人で飲んでもらえますか?」
「はい、いいですよ」
紅子はタクシ―で帰宅した。
グレンからの国際電話を受けれなかった。
スマホには、彼からの何通もメ―ルがあった。
いま夜中の1時。
フィレンツェでは夕方5時。
メ―ルを読むと、紅子が男の部屋へ行ったのではないかと心配する言葉ばかり。
なぜ、電話に出られるようにしないのか、責める言葉。
『グレン、私の心配はいいから仕事に没頭して。私はラ―メンと焼き鳥屋さんとで、この時間にタクシ―で帰宅しました。もう、寝ます。あと、ひとつ、あまり、干渉すると、あなたとはgood-byeします』
すぐにグレンから返信が来た。
なにやら難しい英単語が並ぶ長い文章。
紅子は今夜の大森があまりにも素敵だったので、グレンと別れてもいいや、と考えてしまった。
続く




