17
正午。約束の場所で待つ。やはりエリは見つからなかった。
戦闘音に、顔を上げる。向こうからシュリがやって来るのが見えた。シロハも一緒。だが、エリの姿はない。
突如、シュリの姿が隠れる。角から、ゴブリンの群れが襲いかかったのだ。八体はいるか。しかし数瞬の後には、再びシュリの姿が見えた。飛び掛かったゴブリンは、漏れなく絶命して、地面に骸を晒している。
やはりシュリは強い。シロハを連れていることなど、何の枷でもない。シロハも街の惨状は目にしたはずだが、特に影響を受けている様子はない。シュリが隠したか、それに慣れるよう教育を施されたか。とはいえさすがに疲れたのか、口数は少ない。
「エリは見つからんかったか」
合流後、シュリが言った。
「ええ。ですがエリを見たという人には会えました。位置から考えて、シュリさんたちの捜索範囲にいると思ったのですが」
「いや。儂らも見つけておらん。となると……」
「屋敷へ避難した可能性が高いでしょうね」
「そうか……。しかし、君の話によると、屋敷は制圧されたんじゃろ? そこへ逃げていた人らは……」
「分かりません。しかし大々的に屋敷を陥とすわけにもいかないでしょう。ヒルデさんは生きていることになるんですから……」
秘密裡にゴブリンを屋敷内に入れたのだ。避難者には気取られぬよう、彼らの安全は守るかもしれない。いや、分からない。こうなるなら、逃走する前に屋敷の様子を確認するべきだった。いまさら遅い後悔だが。
「まあ、行ってみんことには分からんか。では行こうかの」
「はい」
屋敷を目指す。シュリに合わせて、歩いていく。手遅れならばもう手遅れだろうし、今無事ならば、多少遅くても大丈夫だろう。
路地を通っていく。時折、群からはぐれたと思しきゴブリンが襲ってくるが、僕が全て倒した。屋敷で何があるか分からない。シュリの体力を使わせるわけには、いかない。
すぐに屋敷は見えた。開放された門の中に、続々と避難者が駆けこんでいく。騎士によって守りも固められている。どうやら避難者を殺してはいないようだ。一安心する。勿論、エリが中にいる保証はないのだが。
ここで思い出したが、僕は一度カーラから逃れている。のこのこと屋敷内に入るのはまずい。
「すみません、僕がこれ以上行くのは、少々……」
「分かっとるわい。屋敷内へは儂だけで行く。リン君はシロハと一緒に、ここで待っておれば良い」
「え、おじいちゃん、行っちゃうの?」
シロハが不安気に、シュリの手を握った。
「何、大丈夫じゃ。ちょっとエリを捜しに行くだけでの。その間は、ほれ。リン君が護ってくれるからの。……リン君、君はこの家の中に入って儂を待て。なに、緊急時じゃ。目くじら立てる輩はおらんじゃろ」
「分かりました」
頷く。シュリより確かではないが、ゴブリンからなら護れるはず。
シュリは腰を少しかがめて、シロハの頭に手を乗せた。
「では、行ってくるからの」
「……あ、あぶなくなったら、すぐわたしをよんでね!」
「ほほ、そうしよう」
シュリは微笑んだあと、真剣な顔になって僕を見た。
「ところで、リン君」
「なんですか?」
「君は、どうしてエリを助けようと思ったのかね?」
「はい?」
問いの意味が分からない。というか、今はそんな話をしている場合ではないとも思う。
「リン君は死ぬことが目的なんじゃろう? なら、エリを助ける意味なんてないんじゃないかね?」
「それは……」
いきなり訳の分からない会話が始まって不安なのか、シロハが僕たちの顔を見上げた。
シュリがまたシロハの頭を撫でる。
「今はまだ良い……。じゃが、そのうち、その矛盾は身を滅ぼすぞ」
「はあ」
身が滅ぶなら、それはそれで問題ないと思うのだが。僕の表情を見て、シュリは首を振り、呆れたように溜息をした。
「ゆめ、考えることを辞めてはならんぞ」
シュリが屋敷へ去って行くのを見届ける。
僕は壁を回り込んで、家の扉を開ける。鍵はかかっていなかった。中には住民もゴブリンもいない。シロハと共に、二階へ上がる。
窓からは、屋敷の塀の中まで丸見えだった。これで領主の安全は確保されていたのかと、ヒルデが心配になる。今更遅いか。
門を入って、屋敷の前庭は避難者でごった返している。シュリの姿を捜すと、人混みの中を滑らかに歩いているのが見えた。その、歩みの先。
庭の隅。若葉色の髪が揺れている。
次々と人にぶつかられているが、エリだ。
良かった、と胸を撫でおろす。エリを連れて小屋へ戻れば、ひとまず安全だろう。シロハもエリを見つけたらしく、「おねえちゃんだ」と呟いた。
屋敷内に押し寄せる人波は、一通り収まったようだった。近隣住民の避難は、概ね終了したらしい。
シュリがエリの許に辿り着く。二人は何事かを話した後、屋敷の門へ向かう。
僕たちも合流の準備をしなければならない。そうシロハに告げようとした。
その時、屋敷の窓という窓が割れた。
中から、緑の波が溢れるように。庭中へ広がっていく。
それと同時。屋敷を守る騎士たちが、意識をそらした一瞬。彼らは次々と、咽喉から血を噴出して絶命した。窓で隔たれた室内に、無音の絶叫が届く。
刀身についた血を、満足げに拭っているのは、ダング。北門の門番。カーラの協力者。
庭では既に蹂躙が始まっていた。集まった避難者たちは、なす術もなく、ゴブリン達に殺されていく。過度に密集した人々の足許を縫うように、緑色の影は戮殺を続ける。赤色が所々に広がる。
――いや。
色の空白地帯。円形に、何もない場所がある。内心には若葉色と白。
シュリの槍圏内。僅かでも接近しようものなら、ゴブリンは一瞬で絶命する。色の空白地帯の周囲に、緑色の死体が積み重なっていく。鬼のような強さ。
シュリの動きは、決して俊敏ではない。むしろ緩慢。戦闘というより、優雅に舞っているかのよう。
つまり、無駄な動きが一切ないのだ。あらゆる無駄を削り落とし、敵を殺すことだけに集中した結果。一度槍を振るだけで、二三体の首が飛ぶ。背後から接近しようと、何体で吶喊しようと変わらない。風に吹かれるように、ただ殺されるのみ。
こうして遠くから見て、改めてシュリの腕に戦慄する。
流石に怯んだのか、ゴブリンたちも殺しの手を止め、シュリの周りを取り囲む。その隙に避難者たちが逃げようとするが、ダングが門の前に立ち塞がって、それを許さない。
屋敷内の避難者を護っていたのではない。できるだけ集めて、殺すつもりだったらしい。カーラの目的を考えれば、最後の虐殺といったところか。
つまりは、あの場にいる全員が死ぬまで、終わらない。
シュリが殺されるとは思えない。しかし最初から屋敷が罠だったのなら、この場に僕が留まる理由も、既にない。ここは加勢に行くべきではないか。
破れかぶれで突っ込んで行く人々を、立ちはだかるダングが切り殺している。武器と徒手、兵士と住民では差があり過ぎる。
しかし僕には、シロハがいる。彼女を護りつつ、闘う自信はない。彼女にはここで待っていてもらうべきだろう。今、敵の戦力――冒険者や騎士と交戦中でないゴブリンの大半は、間違いなく屋敷に集中している。近所の家まで捜索の手を伸ばすことは、まずあるまい。
「すいません、シロハさん。僕も少し、出てこようかと思います」
「どうして……? わたしは?」
「大丈夫です。シロハさんは、ここで少しだけ、僕たちの帰りを待っていてください」
シュリがしていたように、僕もシロハの頭に手を乗せてみる。彼女はしばらく、不安そうに首を振っていたが、やがて俯いた。
「……うん」
「ありがとうございます。すぐに戻りますからね」




