表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

16

 僕の話を聞いたシュリは、眉を顰めた。


「ゴブリンの大群じゃと――?」


「ええ」


「しかしそんな数のゴブリンを、どうやって用意したというんじゃ……? その――カーラ、といったか。その娘は何か言うとらんかったのかね」


「いえ、何も。しかし、エリさんはまだ街にいるのでしょうか?」


「恐らくの。まああの子にも、最低限の手ほどきはしてある。ゴブリンの一体や二体に後れをとるとは思えん。すぐにはどうこうせんじゃろうて。じゃが、大群となると……」


「そうですか……。まさか入れ違いになっていたとは」


「……助けに行かねばならん。それが儂の義務じゃ」


「僕も行きます。エリさんにはお世話になりました」


「それは助かる。なにしろこの老体に、走り回る体力はないからの」


 シュリが重々しい口調で言う。彼にエリを助ける義務があるとは思えないが、シュリが打って出るのなら安心だろう。しかしそうなると不安なのは、


「シロハさんはどうされるのですか?」


「うむ……」


 自分の名前が出たのを聞いて、シロハが僕たちの顔を、交互に見た。何を話しているかは分からずとも、深刻な雰囲気は感じたらしい。


「だいじょうぶだよ! わたし、おるすばんしてるから!」


「しかしの、シロハ……」


「敵の狙いから考えても、この家を襲う意味はないように思います。早く行くべきです」


「じゃが……」


 不思議なことに、シュリは迷っている。カーラの言葉が真実なら、街を襲うだけで事足りるのは明白。わざわざ遠い小屋まで来て、少女一人を襲う利益などないはずだ。


「いや、連れて行く。シロハは儂が護る。それでいいかね、リン君?」


「シュリさんがそう仰るのなら、反対はしませんが……」


 なんとなく話の流れは理解できたのか、シロハは以前僕と闘った時に使った、長い棒を拾ってきた。


「わたしね、もうおじいちゃんに槍を教わってるんだよ! だから平気」


「おう。じゃがの、シロハ。それはいざという時だけ使うようにの」


「うん!」


「では行こうか、リン君」


 林道を歩きながらも、実際のところ、僕は動揺していた。エリが街にいることに、ではない。シュリが動揺していることに、だ。シロハを連れて行くのは、どう考えても合理的な判断ではない。確かにカーラの言葉が真実である保証はなく、シロハの安全が完璧に保証されるわけでもない。とはいえ、連れて行く方が危険ではないか。


 いや、それとも――。


 それが、血の繋がりなのだろうか。父が僕に槍を教えたのと、また違う類の。


「しかし不可解じゃ。大量のゴブリンに加えて、それが人間の命令を聞くとは……」


「街の近くで、捕まえておいたゴブリンを解放しただけでは?」


「そうかもしれんが……。しかしゴブリンの頭は良くない。集めておくだけでも、ばれると思うんじゃがの……」


「……そうだ。何か魔法を使ったのでは? もしかして、魔法ならゴブリンを生むこともできるのではないでしょうか」


「原理的には不可能ではないじゃろう。しかし、如何な大魔法使いといえど、無から生物を生んだ例など聞いたことがない。人語を解さぬ魔物に、複雑な命令を受容させるというのも……」


 僕たちは早歩きで、決して走らないように進む。体力は出来る限り温存するべき。


 シュリは手に槍と、腰に剣を佩いていた。以前の棒より槍は短かったが、とはいえ僕のと較べると、相当に長い。


「良いか、リン君、シロハ。儂らの目的は、エリを助けることだけじゃ。決して街を救うことではない。それだけは間違えぬように」


「分かっています」


「はーい」


 林を抜け、建物の密集する街が見えてきた。エリは何処にいるだろう。朝の時点で僕に会いに来るのなら、宿か組合だ。そこでゴブリンが侵攻を開始したとすれば。


「エリさんは恐らく、避難誘導に従ったでしょう。であれば、南地区の避難所――倉庫か集会所にいる可能性が高いかと」


「そうか……。リン君、場所は分かっているかね?」


「はい」


 暇なときに、街を散歩する癖があって助かった。この街の地図は、概ね頭に入っている。勿論、倉庫と集会所の場所も。


「では手分けしよう。儂とシロハは、そう走れんからの。リン君はひとっ走り、反対側から捜索しとくれ。落ち合うのは……」


 正午に落ち合うと決めて、僕は走り出す。空を仰ぐ。陽は昇っていく最中。中天に至るまで、あと二時間強はある。

 その時までに、エリが発見できなかったら……。その時は、領主の屋敷へ行かねばなるまい。そしてエリの遺体が見つかったら、その時は。


 その時は、骸を回収して、小屋に戻る。それだけ。



 先程はゴブリンのいそうな場所を迂回したが、今度はそうはいかない。エリが襲われている可能性がある。とはいえ、出来る限り戦闘を避けたいのは変わらない。


 大通りに出る。ゴブリンの大群と、冒険者や騎士が闘っている。何故か、苦戦しているようだ。死人も何人か出ているらしい。路の反対側には、今まさに住民に襲いかからんとするゴブリン。

 無視して進もうとすると、そのゴブリンは狙いを替え、僕に飛びかかってきた。槍を突きだすだけで、あっさりと死ぬ。数は増えているが、力も知能も向上していない。やはりこれで、この街を陥とすなど、無理があるのではないか。


「あ、あの!」


「はい」


 見ると、襲われかけていた住民が、僕に頭を下げていた。


「ありがとうございました!」


「はい? ……そうですか。では」


 何を感謝しているのか分からない。だが、今はエリを捜すことが先決。細かいことは無視するべき。

 再び駆け出す。後ろから「頑張って下さい」と声をかけられた。彼は僕が何をしているのか知らないのに、なんの応援しているのだろう。


 しかし奇妙なのは、ゴブリンの挙動だ。相手を殺しても、何を奪うでも、食べるでもなく、無視して次の人間を襲っている。生きた女性は犯すが、相手が死ぬと途端に興味を失う。シュリの言った、人間の命令に従っているという仮説も、否定できない。「人を殺せ」という単純な命令に。


 いくら戦闘を避けるといっても、標的にされるのは避けられない。こんな場所で体力を使うわけにもいかず、一撃で急所を突いていく。穂先に血を塗り重ねる。拭う暇はない。


 集会所、倉庫と覗いて、「エリさんはいらっしゃいますか」と呼びかける。避難所内は酷い喧噪で、僕の声は全く響かない。返り血に衣を汚した僕の姿を見て、身体を強張らせる人もいる。


 ぐるりと見廻して、しかし若葉色の髪は見当たらない。已むを得ず、次の避難所へ向かう。


 空を見上げる。煙が立ち昇っても、雲一つできない青い空。約束の正午になるまで、あと半分といったところ。シュリはエリを見つけただろうか。


 四つ目の避難所が空振りに終わる。残るは二つ。まだ呼吸は乱れていない。


 路を駆けだすと、見知った顔に出くわした。


「ほら、先に行け!」


「で、ですが……」


「コフィーちゃんにいられると、俺も逃げられねえんだよ! だから早く」


「はい……、すみません」


 深い茶色の髪を持つ少女。宿のコフィーだ。冒険者らしき男一人がゴブリンの群れを食い止め、コフィーを逃がしている。無視しようかと思ったが、彼女ならエリの居場所を知っているかもしれない。そう思って、こちらへ走ってくる彼女に声をかける。


「コフィーさん」


「あ、リンさん! は、早く逃げないと……」


「この先に避難所があります。ですが、その前に。エリさんの居場所をご存知ではないですか?」


「エリさん……? あの、冒険者組合にいる、緑の髪の?」


「はい。もしかすると、僕が出た後、宿に来たのではないかと……」


 コフィーの遠く背後で、男は魔法を使ったらしい。手から炎が噴き出ている。ゴブリンが焼かれ、黒い炭になる。無駄が多い。火球にして飛ばせば、効率的に倒せるだろうに。予測通り、男は魔力切れになったのか、炎を出すのを止める。剣を抜いて、ゴブリンを相手にしているが、危ない。一体を倒すのが遅く、明らかに囲まれようとしている。


 コフィーは何度か瞬きをした。


「ええっと……、ああ! 確かにいらっしゃいましたよ。確か一度帰ると仰られていたような……」


 想像する。宿を出て、小屋へ戻ろうとするエリ。途中でゴブリンの侵攻が開始。すると、シュリ達が捜しているあたりに、隠れるはず。


「ありがとうございます。お気をつけて、コフィーさん」


「あ、あの、リンさん!」


「何でしょう」


「えっと、リンさんは――」


 その時、背後の男が死んだ。背後に回り込んだ一体に気づかず、後ろから剣で刺されたのだ。ゴブリンたちはぐるぐると周囲を見て、次の標的を僕たちに決めたようだ。

 五体のゴブリン。どの個体も、不釣り合いに長い剣を手にしている。


「すみません、コフィーさんは急いで避難所へ。あそこは守備が固められています。ゴブリン程度には破れないでしょう」


「でも――。え?」


 コフィーは背後へ眼を向け、男が死んだこと、ゴブリンが来ていることに、やっと気づいたらしい。


「どうぞ、お早く」


「あ、ああああ!」


 悲鳴を上げて、コフィーは走って行った。その姿を見届けてから、槍を構える。


 初めに突っ込んできた一体の咽喉を切り裂く。


 一歩前進。背後の一体も同様に切る。


 右から回り込もうとした個体を、蹴る。軽い。やはり子供並。敵は吹き飛ぶ。


 蹴った勢いを殺さず、振り向く。槍を振り下ろす。穂先ではなく、それより手前の柄を当てる。頭蓋を割る手応え。


 背後から飛び掛かってくる一体へ、石突を突き出す。怯んだところで、素早く反転。心臓を突く。


 蹴り飛ばした残りの一体。仰向けから起き上がろうとしている。接近し、咽喉を突く。


 先程の男も、魔法など使わず、普通に闘えば勝てたのでは、と思う。選択肢が増えるのは良いが、それは同時に、間違った選択肢も増えるということ。最適解は増えないのだ。

 他のゴブリンに目を付けられぬよう、細い路地に入って次の避難所を目指す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ