夢の名残り
以前のIDで書いていた作品とリンクする部分があります。
ちなみにそちらはログイン不能状態で放置です。
「妾の知る限り、現在生き残っておる純血の幻妖はただの一人。同族の番を得られぬのでは種としては滅びたも同然よ」
自らも既に伝説上の存在と化しつつある竜は痛ましげに面を曇らせた。
「…この世の者とも思えぬ儚げな美貌の種族、か。まるでお伽噺の妖精族だな」
そう言うと男は自分の両脇に座ってモグモグと食事を続けるタマとミケにじぃっと目を凝らした。
「……こいつらがねえ?」
「三月も共に過ごしておれば色々と思い当たる節があろう。こやつらの目の良さ耳の良さは、常人の比ではないからの」
それはある。
その最たるものが樹海での一件だが、『儚げ』という表現の部分で首を傾げたくなるのは如何ともし難い。
むしろ生命力の塊のような気がする。
どんな未曾有の危機も危なげなくスルーして飄々(ひょうひょう)と漂いながら、百年やそこらは生き延びそうだ。
「幻妖は天候の変化を読み取ったり地下水脈を探し当てたりするのも得意でな。あれらを囲う人間の半数は、見目の良さよりそちらの能力を重要視しておったようじゃ」
「……あぁ」
「それでかよ…」
「ふむ?ナニやら心当たりがありそうじゃな」
今まで忙しなく食べ物を頬張っていた二人が、ゲンナリとした様子で匙を下ろした。
「三年くらい前にさー、オレとミケ路上狩で取っ捕まって船乗りに売っ払われたんだよ。こー言っちゃなんだけど良い値で取り引きされたらしいぜ?」
「で、何度か航海に連れ出されて『高い金払ってんだから役に立て』みたいな事言われて、アレコレ聞かれるわけよ。天気の変化がどうとか航路の安全面がどうとか。なんで素人のガキに聞く?とか思ったけど、船が沈んだりしてそいつらと一蓮托生ってのは御免だったから、適当に勘を働かせて受け答えはしてたけどな」
「それってオレらを買った船主が、薄々素性に気が付いてたって事だろ」
「…それはお目が高いと言うべきかや?」
「いんやー?結局のところ半信半疑だったんじゃねーの」
「三度目の航海の時、オレらが海に出るのは止めといた方がいいって言ってんのに『船に乗りもしないうちから何を言う』とかってヒトの忠告聞かないから、タマとオレでコッソリ船から逃げ出したんだ」
「因みにその船はどうなった?」
「沈んだよ」
「うっかり海竜の縄張りに侵入して、体当たりで沈められたって聞いた」
「―――…なんと間抜けな。妾はお主らが無事ならそれで良いが」
「んで、その『幻妖』とかいうのがオレらのご先祖ってのは何となく解ったけどさー。ならオレらも人間じゃねえの?」
素朴な疑問を投げ掛けたのは、割りと何でもすぐ思った事を口にするタマだ。
「いや、単に先祖返りであろう。お主らのその逞しさは人間そのものよ。花と言うより何度引っこ抜いても次々生えてきよるペンペン草じゃ」
何気に酷ぇ。
「―――それから、『幻妖』も『解語花』の異名も所詮は人間がつけた呼び名。あやつら自身は自らの種族を『ハヤミミ』と名乗っておった」
「「―――早耳?」」
「名は体を表す、というやつだな」
「左様、実に端的な呼び名よ。風を読み解き水の音色を探る流浪の民には似合いの呼称であろ?」
脆弱であるが故にあらゆる危険から身を遠ざけるべく、総身の感覚を研ぎ澄ませた異能の民。
「それにしてもじゃ。純血の幻妖にもこれほどハッキリとした『先見』の能力を備えておる者はおらなんだのに、そこの童共はつくづく規格外な生き物よ」
「「「先見?」」」
三人分の声が重なった。
「確たる予兆も無いうちから『なんかヤバそう』でスタコラ逃げ出して何度も命が危うい局面を回避しておるのじゃ。自らの身の回りの危険に限定されるとはいえ立派な特殊能力じゃろ」
「確かになぁ…」
「効果抜群の守り猫ではないか。浮舟亭の従業員にはもってこいじゃな」
「「浮舟亭?」」
「…宿の屋号だ」
「へー、初耳」
「だよな」
「ククク、『猫』が逃げ出せば『舟』が沈むやも知れんぞハイネ。精々甲斐甲斐しく世話を焼いてやるのじゃな」
「…るせぇ、こちとら雇用主様だ。今までのタダ飯の分はキッチリ働いて返させる。いーな、お前ら!」
「了解~。あ、おっちゃん!デザートに梨の甘煮追加で!」
「オレはミートパイもう一切れ!」
「……好きにしろ」
「「やりぃー!!おっちゃん、太っ腹~」」
「……猫可愛がりしておるのぅ」
そして後日、この日のディアドラとのやり取りが切っ掛けになって、新しい浮舟亭の看板の意匠が決まるのだが。
新装開店した浮舟亭の看板には小舟に見立てた三日月と猫のシルエットがモチーフに描かれる事になった。




