昔語り
店の出入り口付近で少々目立つやり取りをやらかしてしまった一行のために、女将が気を利かせて店内の一番奥まった席を用意してくれる事になった。
厨房に繋がるカウンターの影になって程よく視線が遮断されるその席は、普段は長居をする常連客や店主の家族が好んで利用する場所であるらしい。
「まずは食事の続きじゃな」
女はそう言ってあれこれ料理を注文すると、昼間から酒精の強い火酒を一息にあおった。
「あんたが居るってことは…、さっきの虫を片付けたのは魔道師じゃなくて―――」
チラリと男の視線が泳ぐ。
その台詞は目の前の女の正体を知っているのでなければ出てこないものだ。
「炎で一吹きだった」
「一瞬だったよな」
男は自分の連れである二人の子供がどういった経緯で目の前の女(竜)と知り合ったのかはともかくとして、この短時間で妙に馴染んでいる気がするのは何故なのかと不思議に思った。
人並み以上に警戒心が強いはずのタマとミケが、この人外の生き物をすんなり受け入れているように見えたためだ。
「なあ、ハイネのおっちゃん。このヒトおっちゃんの嫁かなんか?」
ぶっふ―――――!!ゲヘゴホ!!
飲んでた酒を噴いた。
「てめっ…ミケ、そら恐ろしい事言ってんじゃねえぞっ…!」
そんな事態に陥いるなら、俺的には世界の終りだ。
「けっこー親しげに見えるよな?タマー?」
「ん」
モグモグ、ごっくん。
「絵面的にはお似合いだぜー?」
タマタマタマタマ―――!なっ…何を言う…、何を!!
あまりの言われように一気に血の気が失せる。
「これ童、気色の悪い事を言うでない。そこの青っ洟垂らしておったクソガキが妾の番のはずがあるまい。ただの知り合いの小倅よ」
「「ふーん?」」
二人は同じ仕草で首を傾げた。
「…俺の死んだ育ての親とこの女が親しい間柄だったってだけの話だ」
「うむ。カルミアは良い人間であった。可愛いげのない悪タレ坊主の世話を自ら買って出るようなお人好しでな。いずれはこの男に自分の宿を継いで欲しいと常々言っておったが」
二対の色の違う目がそれぞれ、それでかというように瞬く。
この三月近く一緒に旅をしてきたものの、郷里に戻ってを開く理由については“以前から決めていた”とし
か教えていなかったため、ようやく府に落ちたといった感じなのだろう。
「この女の正体知ってる奴は多いが、基本的に他言無用だ」
「あぁ…まあ、フツーそうだよな」
「りょーかい」
ちなみに『火竜のカマド』の女将は、女の素性について何となく予想がついているもよう。
何しろ竜は人間とは桁違いの寿命の長さを誇る生き物。何十年も同じ姿でそこらを歩き回っていれば、それとなく気付く人間が現れるのも当然の事。
跡取り娘の女将がヨチヨチ歩きの赤ん坊の頃からこの姿で店に出入りしているとあっては、気付かれぬ筈も無い。
「―――そう言えば自己紹介もまだであったな。童よ、妾の名はディアドラじゃ。厳密にはもっと長ったらしくて面倒臭い発音なんじゃが、普段はこれで通しておる」
せっせと食事を口に運びながら女が目で笑う。
「こいつらはうちの従業員でタマとミケ。三か月位前に路上でスカウトしたばっかりだ」
「なんとまぁ…、ほんに偶然かや?」
「あ、いや。それ以前にも何度か――――」
女の詰問するような口調に男はこれまでの経緯を簡単に説明した。
ここ数年で自分が何度も一方的な遭遇をしていた事や、たまたま最後に請け負った仕事先で二人を見掛けて声をかけた事。
―――命の危険を示唆されて危うい局面を回避した一件も含めて。
「ふむ…、聴力視力に加えて勘の良さ、か。ほぼ決まりじゃのー」
「…さっきの話か?『幻妖』がどうとかいう」
「うむ。―――ちと話が長くなるが聞くか?」
自分達の出自に関わる話題とあって二人の子供も興味津々の表情をしており、揃って首を縦に降り下ろした。
*
「『幻妖』は別名を『解語花』とも言うて、皆揃いも揃って浮世離れした美貌の持ち主ばかりの種族でなぁ。男女共に華奢で何とも儚げな風情の姿に加えて、髪の色が何とも特徴的じゃった」
ディアドラはふと目を細め、何かを思い浮かべているかのような表情で語りだした。
「火炎木の紅、薔薇の薄紅、菫の紫、野ユリの橙―――ひとりひとり色味は微妙に異なっておったが、全員鮮やかな花色をしておったわ」
タマとハイネがミケの頭にチラリと視線を向ける。
なるほど解りやすい目印だ。
「それで『花』に喩えられてたんだ?」
ミケは伸ばし放題になっている自分の髪の毛先を目の前で繁々(しげしげ)と眺めた。
左右の手には白とオレンジの房があり、目の前にはピンクの前髪がピコピコと揺れている。
「―――まぁの。じゃがそれ以外にも由来はある。幻妖は成人した後は寿命を迎えるまでそのままの姿を保つのじゃ」
「「マジ…?」」
「この世の者とも思えぬ美貌を終生保ち続ける幻妖は、老いて死ぬ人間どもからすれば驚異的な存在であったろうよ。美しい不老の一族を躍起になって追い求めた者がどれだけいたことか。―――事実人間に捕らえられ、命を落とした幻妖は数知れぬ」
「…っ!」
「―――」
同じ人間同士でありながら、奴隷が当たり前に個人の財産として罷り通っている世の中だ。
誰も異種族に対する禁忌など欠片ほども抱きはしないだろう。
「人間側は愛玩奴隷として愛でるつもりであったのだろうさ。中には本気で惚れ込んで誠心誠意を尽くした者だとていたやも知れぬ。じゃが、捕らえられた幻妖は全員あっという間に弱り、皆一年と経たずに命を散らしてしまいよる。―――それこそ『花のような』呆気なさでな」
どれほど身の回りに気を配り環境を整えたとしても、人間の手に落ちて命を永らえた幻妖は一人もいない。
だからこその『花』。
けして手の届かぬ幻の花と謳われる。
「危害を加えられて、とかじゃねえんだな…?」
男の気遣わしげな問いに、女は小さな溜め息を落として言葉を重ねる。
「……元来あの種族は弱くてなぁ。寿命はそこそこ長いが些細な病や怪我でも直ぐ様命にかかわる程での。持ち前の勘の良さと優れた五感を駆使して、徹底的に危険を避けて流れ暮らしておったのよ。発達し過ぎたそれらをもって人間の間で暮らすことは、苦痛以外の何物でも無いだろうさ」
そのくだりを聞いたタマとミケはどこか納得の表情を浮かべた。
「そーそー、特に街中は雑音多過ぎだよな。あと匂いが」
「意識して必要な音だけ拾ったり、感覚遮断したりするのってスッゲー疲れるし。死因てストレスなんじゃねーの」
「……お主らは逞しいのぅ。かつての幻妖にその図太さが有れば滅びたりはせなんだろうに」




