BAR「MoonLovers」
電話を切った後、何となく会議室に戻りたくなくて、自然と更生施設に唯一ある空き個室に足が向いていた。
FBI本部と更生施設、渡り廊下で繋がってるからね…
その空き個室…今は遠藤さんが使ってるんだけど。
ミツはああ言ったけど、オレには…メイを抱く資格なんてない。
だってオレは…メイのことを全て知っていると…思い込んでいたのだから。
…彼氏にあんなことをされているなんて、思いもしなかった。
あんな暴行を受けているって知らないまま、メイに明るく電話したりして…
オレは…なんてバカなんだよ。
あの空港で会ったとき…何でオレは話を聞いてやることしかできなかった?
…ただ…抱きしめてやることしかできなかったんだよ…っ…
ダンッ!!
イライラの捌け口がわからなくて、壁に思いきり…拳をぶつけた。
「ダメだよな、オレ…」
好きな女1人…守れないなんてさ…
ハナを好きなときから成長していない、自分が情けない。
…そのとき、ふいに靴音が響いた。
「何がダメなんだ?」
その声の主は…この部屋を使っている人。
……遠藤 周作さん。
精神科医とカウンセラーの資格を持っている。
…!?
いつから…いたの?
…オレだって、ハナを抱いたから…さ。
人のオーラくらいは、少しだけだけどわかるようになってるんだよ?
魔導師の男女が身体を重ねた場合、お互いの能力が移ることがあるらしい。
だけど…遠藤さん…全くオーラを感じなかった。
…何でだ?
もしかして…精神科医ってオーラを消せたり…するのかな…とか…思ったりする。
…遠藤さんには…何もかもバレている気がする。
ハナを抱いたことから…今、メイを好きなことも…
抱きたいって思っていることも…全て。
もちろん…今、散々自分を情けなく思って、自分に八つ当たりしていたことも。
「今のオレには…メイのいる会議室に戻る資格なんてありません。」
「そうか。
…なら、来るか?
オレらの2番目の仕事場。」
「え?は…はい…。」
遠藤さんの後をてくてくと歩いてついて行った。
エレベーターに乗って、地下のフードコートへ。
その先にあるのは…暗さが逆に印象的な空間。
…ここか。
…村西さんと遠藤さんがバーテンダーを務める
Bar「MoonLovers」。
仕事疲れの同僚とか、その彼女とかがよく来るのだそうだ。
仕事歴が浅いというが、なかなかサマになっている。
手際よく、村西さんがメイに作っていたのと同じノンアルコールのカクテルを作っていく。
「レンとかメイとか…それから、お酒が呑めない人のために、ジュースを3分の1ずつ、ミックスして作ってある。
だけど、心が落ち着く…というか…溜まっているものがラクになるような気がするのは、アロマを焚いている側で作っているからだよ。
……どうぞ。」
スッ…
遠藤さんがオレの前にカクテルを差し出す。
「…美味しい。」
「……オレ、ただ、メイが好きっていう気持ちを自覚するのが怖くて…ハナに逃げてただけだったんですよね。
…だから、ハナを抱くことで…その罪悪感を消そうとしたけど…出来なかった。バカですよね。
…そんなオレが、今更純情ぶってメイを抱きたい、なんて…
…だけど、オレ…今回のことで散々傷ついて泣いているメイを見て…
メイはやっぱり、オレがずっと守ってやりたいって…オレじゃなきゃ…守ってやれないって…
思うんですよね。
現に、オレがこっちに来てまだ2日くらいしか経ってないけど…メイが笑ってくれることが…増えた気がするんです。」
…やっぱり。
このカクテルには…魔法がかかっているんじゃないか…っていうくらい、自分の胸につかえていた気持ちがあっさりと言葉になる。
…バーテンダーとカクテルの力、恐るべし…
「これからのことは、半分聞き流してくれても構わない。」
「…あるところに、1人の検事がいた。
…被告人を有罪にするためなら、証拠品のねつ造や改ざん、証人や証言の操作まで…何でもした。
そんな人に唯一、ある弁護士との法廷で、40年間無敗の経歴に傷が付いたんだ。裁判には勝ったが、証拠品がねつ造されたものだと…証明されてしまった。
…その人は、その後、その弁護士を殺害した。
…その事件は、時効の日に解決した。
その検事の娘は…父のように…法廷で戦ってきたが…この間…日本での法廷の後、心苦しかったそうだ。
その裁判の証人は…心の病を抱えていて…
その検事は…
"証言をしないと病気のことを法廷中にバラす"
と言って…
勝訴はしたが、閉廷後、証人の家族に怒鳴り散らされたそうだ。
『あんな勝ち方をして嬉しいか?
…お前は…最低な検事だ。…そんな奴が、正義を語るなんてどうかしているっ!!』
と。
それ以来彼女は…必死に自分と向き合って考えている。
"法の世界"でしか生き方を知らない彼女なりの…正義とは…法とは…検事とは何なのか…をね。」
「メイのこと…ですね…
そんなことまで…話していたんですか…
何で…何でオレじゃなかったんだよっ…」
オレ…お前のこと…好きだから。
…何でも受け止める覚悟はあるよ?
「…どうしても…どうしても……話すことが出来なかったみたいですよ。
あなたの傷をえぐるんではないか…ってね。」
……!!
遠藤さんが急に敬語になるときは…
相手の弱点を見抜いたとき…なんだよな。
〈メイside〉
はぁ。
…蓮太郎…どこ行っちゃったんだろ…
皆、犯人の情報探しに夢中になって、会議室には、私と村西さんの2人きり。
……何、話そう…
「……ラブラブできたか?昨日は。」
えっ!?
えっ…ちょっ…///村西さん…フツー、そんなこと聞きますか?
意地でも、昨日、蓮太郎のシャワーシーン(ドア越し)にドキドキして、抱かれてもいいかもなんて思ったことは、言わないつもり…だったのに。
シャカシャカシャカシャシャカ…
キュッ。
スッ…
私の目の前に差し出された1杯のカクテル。
昨日も呑んだ、あのカクテルだ。
…でも、どうしてこんなところで?
「このカクテルだけは…ここで作ることを許されているんです。
ノンアルコールですから、仕事中でも呑めますし。」
急によそよそしい敬語に変わった村西さんが気になったが、仕事モードなのだと気にしないことにした。
カクテルを1口、味わった瞬間、なぜか涙が溢れてきていた。
「私…ねっ…ホントは…期待してたのっ…昨夜…蓮太郎に…抱かれるんじゃないかって…
だけどねっ…宝月主席検事さん…の…名前を出した途端に…考え込むように…黙っちゃってっ…」
「蓮太郎…まだ…あのことを気にされているのですか…」
「あのこと…って?
主席検事さんと何かあったの?
お願いっ…話してっ…
全て…知りたいのっ…蓮太郎のことっ…」
「本当に…お好きなんですね…蓮太郎様のこと。」
「ご存じですか?"TMー10号事件。"
連続殺人だったんですが…その犯人はもちろん、今は既に刑に処されていますが…その事件の法廷で提出されなかった証拠や、ねつ造されたものがあったそうです…」
「ねつ造した証拠で…?
もしかしたら…じゃあ…無実の人間だったかもしれないのに…?」
自分では、分かっていなかった。
この発言をしたときから…自分の中での"検事像"に…答えが出始めていたことに。
「そうですね…さらに、そのころの主席検事は…上司に脅迫されていたそうです。さらに、TMー10号事件の現場でさえ、その上司によってねつ造されたものであったと聞いています。」
「さらに…その3年後…警察局で殺人事件が起きた際、主席検事さんが"自分が殺した"と自供したのです。
後の法廷で、主席検事を脅迫していたその上司が真犯人だと…わかったそうなのですが…」
「主席検事さん…ウソの自供をさせられたんだね…
その上司によって。」
「蓮太郎は…事件の真相を…事件ファイルを見て知ったそうです。
…御剣検事様の。
ですから…巴様が直接、蓮太郎様に真相をお話ししなかったことがかなりショックだったようで…
それ以来、蓮太郎様は…巴様との連絡を経ち…日本に帰って姉たちがパーティーを開いてくれたときも…最低限の挨拶しかしなかったらしいですよ?」
そんなことが…あったんだ…
私…蓮太郎のこと…全然知らなかった…
「さらに、蓮太郎は一時期、カガク捜査官になる意義がわからなかった時期があって…その時期に警察局の事件が起きたものですから…
ですが蓮太郎様は、この事件で…目標が出来たそうです。
"姉さんを助けるんだ!
もう…二度とこういうことが起きないように…
…だから、絶対、カガク捜査官になるんだ"
って…」
〈レンside〉
「メイ様は…薄々勘づいておられたようです。
…ねつ造の件で…蓮太郎様に…わだかまりがあるということを。
だから…話すことが出来なかったのです。
メイ様は…自分の発言で傷付く蓮太郎様を…見たくなかったのでしょう。」
「…マ…マジかよ…」
オレの態度が…メイの心を更に重くしていたのか?
「よろしいのですか?
帰国パーティーでも、お姉さまとは最低限の挨拶以外、全く話をしなかったのでしょう?
…自分の愛する方が尊敬している方とそのような状態で。」
…オレが…アメリカに渡って数カ月後、何の意味もないような勉強ばっかして…オレがカガク捜査官になってどうしたいんだっていうのが…わからなくなった時期があった。
そのとき、ビックリしたんだよ。
巴姉さんが事件の被告人になったって聞いて…
その頃、かなり冷静で…昔みたいな優しい姉さんではなかったけど…
オレは、絶対、姉さんは殺人なんかしない!
って思っていたのに自供をしていたから…
姉さんが信じられなくなって…
日課だったTV電話も、全て無視して、連絡を絶った。
姉さんからもかかってこなくなったけど…
だけど…事件の真相くらいは話してくれるもんだと思っていた。
だけど…連絡なんてなかったことがショックで…全く姉さんと口を訊かなくなった。
だけど…仲直り…したいな…
カクテルを少し呑んで、答える。
「それは…嫌です。
…カガク捜査官になるキッカケを作ってくれたのも…巴姉さんですから。」
〈メイside〉
「あ…ほ…宝月主席検事さんっ…!」
「久しぶりね。
裁判所の控え室で少し…話したくらいかしら。」
「そ…そうですね…」
いきなりこんな場所で憧れの人に会えるなんて思っていなかったから、かなり緊張する…
いつの間にか巴さんの目の前にも私のと同じ、カクテルが…
それを口にしながら、ゆっくりと私と村西さんに話していく。
「ホントは…仲直りしたいのよ。
…蓮太郎と。…だけどね、あの子には…私のことで心配させたくなかったの。
幼なじみのことで頭いっぱいだったでしょうから…」
「幼な…なじみ?」
そんなこと…私…全然知らなかったぁ…
「アメリカで生活するうちに…だんだん分からなくなっていったそうよ。…自分の気持ちが。
…結局は、告白して玉砕したみたいだけどね。」
「今、"良かったぁ…"って…思ったのではありませんか?」
横からそんなことを言ってくる村西さん。
「えっ!!
そ…そんなっ…///」
そぉ言ってはみたものの、声が裏返っていたことには気付いていなかった。
…でも多分、気付いていなかったのは私だけで、巴さんも村西さんも気付いていたと思う。
だって、必死に笑いを堪えていたもん。
「あら、そうなの?笑…でも、そういう信頼できる人がいるって…いいことよ?
私も…あの事件で検事をやめようかって思ってたけど、怜侍がいろいろ…話を聞いてくれたからね。
だから今も…検事を続けていられる。
…私にとって、怜侍がそういう存在であるように…メイちゃんにとっては…蓮太郎がそうなのね。
…ウチのバカな弟で良ければ…よろしくね?」
巴さんの言い方は、まるで…私が蓮太郎のことを好きだって…知っているような言い方だった。
そんな…あなたの弟さんは、バカなんかじゃなく…かなり頭よくてカッコよくて優しい…とってもとぉーっても…いい人ですよ…
「…知ってる?検事の在り方ってね、人に教えられるよりも…自分で見つけたほうがいいのよ?
…だけど…どちらにしても…検事と弁護士…どちらが欠けても、事件の真実には辿り着けない、ってことね。
検事と弁護士がお互い…相反する立場から主張を続けることで…たった1つの真実が導き出されていくの。」
その言葉には…かなりビックリだった。
だって、小さい頃からパパに"弁護士など相手にするな"
って言われていたから。
「あなたの父親も…素晴らしい人だった。
だけど…何かが…足りなかったのかもしれないわね。」
「何か…?」
私がそう言って巴さんを見上げると、
…彼女は、私の胸元を指さした。
「……ここに、ちゃんとあるはずよ。
父親にあって、メイちゃんにあるもの。」
それだけを言うと、村西さんにカクテルのお礼を言ってから、ニッコリ笑って去っていった。
レンside〉
オレは、2番目の姉、茜に憧れてカガク捜査官を目指した。
まぁその後に、あの、例の魔導学校の諸費盗難事件があって…
そしてオレは、カガク捜査官になるため、アメリカに渡って勉強したんだけど、あまりにも難しすぎて勉強してもしても分からなくて…諦めようかと思ったところにあの、姉さんが被告人になった事件を知った。
2度とこんな事件に姉さんを巻き込まないためにも、勉強を頑張って、証拠品のねつ造、隠ぺいを許さない捜査官になると心に誓った。
そのことを、散々遠藤さんに語ってしまっていた。
「きっと…仲直りできますよ。
蓮太郎様がお姉さまを大好きなように、お姉さまもきっと…大好きなはずですよ。」
「…仲直りしたら…姉さん連れて…ここに来ようかなぁ…」
「お待ちしておりますよ。
…さて、そろそろ会議室のほうに戻りましょう。
…私も、村西に伝えることがあるのを…すっかり忘れていました。」




